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卵の殻の上を歩く、真夜中の「あうんの呼吸」。 

        'ROUND ABOUT MIDNIGHT     MILES DAVIS

           

                  'Round Midnight
                 Ah-Leu-Cha
                 All Of You
                 Bye Bye Blackbird
                 Tadd's Delight
                 Dear Old Stockholm
                 Two Bass Hit ※
                 Little Melonae ※
                 Budo ※
                 "Sweet Sue, Just You" ※
                              ※ オリジナルLP未収録
                PERSONNEL
                 Miles Davis (tp)
                 John Coltrane (ts)
                 Red Garland (p)
                 Paul Chambers (b)
                 Philly Joe Jones (ds)


     『 あんたは白人であること以外に何をしたんだ?
        オレかい? そうだな、音楽の歴史を5回か6回は変えたかな 』
 

 長く休んでる間、聴いてた音楽の半分以上は、実はJAZZでして。
 ロックやポップやブラックも当然耳にしてましたし、アーカイブ物も勿論好んでましたが、
 自然に"この耳”を惹きつけたのは、意外にもJAZZ。  それもベタなモダン・ジャズ。

 何を今さら。  でも合ってきたのかな。  このグルーヴに。   ようやく。

 何でか分かんなくも、今まで「知ってるつもり」まではいかなくも、「知ってるようなつもり」で、
 済んでた"とこ”なんですよ、JAZZって。  ホントいうと全然知らんし、理解できなかった。
 今でも、正直よくわかんない。  私とってJAZZってそんな音楽です、いまだに。
 ただ分かったのは、「全然難しくなくて、楽しい音楽」だってことくらいで。

 いきなり冒頭にマイルスの名言をアップしたのは、この人を知る、いや“通っておくと”
 ロック、ブラックは当然、現在に至るポピュラー音楽の歴史、流れが劇的に面白くなってくる。
 深入りする必要はありません。  チラッと通るだけでも十分ですから。

 私を含め、そんな方の入り口になればと、ロックやポップスしか知らない“一見さん”にも、
 すんなり入っていける、マイルスのベタな一枚を再復帰第1弾で行こうかと。
 今宵は、マイルス1stクインテットによる名曲名演がひしめき合う、ハード・バップ期の傑作
 「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」で真夜中を囁きます。  よろしくお付き合いを。

     

 1955年9月に始まるクラブ出演の契約を済ませ、もう少しで本番という時になって、
 ソニー・ロリンズ(ts)が行方をくらました。  ドラッグ過多のため、レキシントンにある
 麻薬更生施設に自ら入所してしまったのだ。  

 「 オレはどうしてもテナーが必要だったから、ジョン・ギルモアという奴を試したりもした。
   奴はたいしたサックス吹きだったが、やりたかったことには合わなかった。
   次に'フィリー'ジョー・ジョーンズが、ジョン・コルトレーンって奴を連れてきた。
   トレーンのことは以前から知ってはいたけど、あの頃スゴかったのは、
   ソニー(ロリンズ)のほうだったから、あまり期待はしていなかった。

   短いツアーや何度かリハーサルをしたがうまくいかなかったのは、奴(トレーン)が
   どういう演奏をしたらいいか、悪いかといちいち聞いてきたからだ。

   そんなことにかまってられるか?  そうだろ。  プロなんだから。

   誰だろうとオレとやる奴は、自分で自分の居場所を音楽の中に見つけなきゃだめなんだ。
   オレの無口と不快そうな目つきに、トレーンはたぶん"やる気”をなくしたんだろう。  」

 やれやれ。  
 どうやらコルトレーンも、マイルスは「気難しい人物」と映ってしまったようだ。

 「 マイルスは変わった男だ。 もともと言葉数は少なく、
   音楽の話をすることなどめったにない。  いつも気分悪そうにしていてるし。
   他人が気にすることに一切関心を示さないし、ビクともしない。
   そうだから、俺は自分が何をすればいいのかわからなかったんだ。
   だから最終的に、自分のやりたいようになったんだと思うよ     」

 「 マイルスの反応は、全く予想不可能なんだ。
   突然、何小節か吹いてみせたかと思うと、"後はお前らで勝手にやれ”と放っておかれる。
   音楽のことを質問したとしても、それをどうマイルスが受け止めるかも予測がつかないんだ。
   だからいつも彼と同じ気分でいられるよう、注意して耳を澄ませていなければならなかった。 」

 この後コルトレーンは、ジミー・スミス(org)との演奏のためにフィラデルフィアに帰ってしまう。

 マイルスは、1955年7月のニューポート・ジャズ・フェスティバルでの演奏で注目を浴び、
 大手のコロンビアから契約を持ちかけられた。 (もう既にプレステッジと契約していたが)
 そして同時に、マイルスは自分のグループを結成しようと画策中であった。

 しかし前述通り、ソニー・ロリンズはマイルスの元を離れており、次に目をつけていた
 キャノンボール・アダレイ(as)という大男もフロリダに帰ってしまっていた。
 そしてコルトレーンはというと、マイルスの大嫌いな、いわゆる"指示待ち族”だった。

 一方コルトレーンは、フィラデルフィアでジミー・スミスから彼のバンドへ誘われていた。
 それでも、以前トレーンと共演したことのあるレッド・ガーランドやポール・チェンバースらの
 推薦もあり、マイルスは、'フィリー'ジョー・ジョーンズを通して入団を懇願するに至る。
 この"指示待ち”だが、無骨で生真面目な若造の可能性を信じて。 
 いや、すでに見抜いていたのだ。    鋭い眼力で。
 
 1955年10月コルトレーンは晴れて、第1期マイルス・デイヴィス・クィンテット(5人奏)の
 正式メンバーに大抜擢される。   
 それは、マイルス自身初のレギュラー・グループの結成でもあった。

     

 タイトル曲"'Round Midnight”。  冒頭からいきなりのハイライト。
 まるで真夜中の暗黒、静寂、怖さをシンクロさせるようだ。
 その真夜中の暗闇をマイルスのミュートが、繊細かつ官能的にテーマを這わせていく。
 まるで"卵の殻の上を歩くように”、まるでデリケートに女性の身体をなぞっていくように。
 まるで洩れる喘ぎを押し殺すかのように・・。

 そして静寂な夜の闇を突き破る強烈なブリッジの後、無骨で荒々しいコルトレーンの
 テナーが、不慣れな手付きで"愛撫”するのだ。  このコントラストが実に素晴らしい。
 このセロニアス・モンク(p)の超有名なナンバーを、タイトルからイメージされる
 "真夜中の静謐な時間”を堪能するかの、この雰囲気は言葉に表現できない至上の悦楽だ。

 私はこのマイルス・バージョンを聴いてから、慌ててモンクのオリジナルを聴いたが、
 勿論メロディは"'Round Midnight”なんだけど、全く違う楽曲といっていい。
 確かにピアノとホーン・アレンジという違いは大きいけれど、この"悦楽のアレンジ”こそ、
 "'Round Midnight”。  モンクにゃ悪いけど、これは完全にオリジナルを超えてる。

 ソフト&メロウ。
 1956年9月10日、タイトル曲と同じ日に録音された、コール・ポーターのミュージカル曲である
 小粋な"All Of You”や、6月5日録音の過去の映画にもよく歌われた有名なスタンダード曲
 "Bye Bye Blackbird"でも、マイルスのミュートはエレガントで美しく優しい。

 幸せの「青い鳥」に対して、不幸せの「黒い鳥」。     
 「僕はこれから彼女のもとに行って幸せになるんだ。 だからもう君とはお別れだね」と、
 ここでのミュートは、クールかつ意味深でビター・スウィートなタッチで這わせる。
 コルトレーンのテナーも粒が粗くて、迷いつつも、いたって伸びやかで朗々としている。
 (ここでの"Blackbird"はチャーリー・パーカー(as)のことを指してるのかも。
  彼の誘いから、この世界を歩み始めたが、1955年3月に"バード"は他界している)

 そして何といっても、ガーランドの奏でるセンス抜群の旋律が軽快で、実に心地よく響き渡る。
 マイルスの"お叱り”覚悟で言うならば、キュートで可愛らしいこと。 まさに甘美の極み。  
 いやぁ~、 「あれだけ悦ばせといて、その後、優しくキュっと抱きしめる」なんてねぇ。

 マイルスの師匠でもあるチャーリー・パーカーの名前を逆さ読みにした意味不明な
 "Ah-Leu-Cha”や、バップ期のアレンジャーであるテッド・ダメロンの作品を取り上げた
 "Tadd's Delight”といったアップテンポな曲では、マイルスもミュートを取り去って、
 オープンに、若造とアドリブを競うような流暢な"師弟の追っかけっこ”も聴きどころだ。

 ラストは、ブルー・ノートでのリーダー作以来の再演となる、スウェーデンのトラディショナル
 民謡"Dear Old Stockholm"。 ブルー・ノート作では、くすんだムードを彩っていたが、
 チェンバースの長尺なベース・ソロが、更に効果的に哀愁を漂わせて、当時のオープンから、
 ここではミュートを這わせて、哀切感を煽りまくるのだ。 これがたまらない。

 現行CDでは、同セッションで録音された4曲が続けてボーナス収録されてるけど、
 実にこれも名演なのだが、これはいらない。  オリジナル6曲の後、再び頭から
 ループさせると、まるで円(Round)を描き、エンドレスで演奏されるような錯覚に陥る
 実に計算された構成になっていることが台無しになっている。 
                 
 全体を通して聴いても、JAZZにありがちな、ソロを受け流し合い、アドリブがせめぎ合う
 ダラダラとした長ったらしい演奏(これが醍醐味?)がなく、コンパクトに計算されて
 構成している面でも、JAZZに慣れてないロックやポップ愛好者や、私のような初心者でも
 非常に聴きやすく、「ちょっと入ってみようかな」と入り口には最適なのではと思う。

 「JAZZ」という音楽 = 高品質な大人の夜の音楽 
 という多くの人がイメージを重なり合わせる最大公約数。 
 数ある「JAZZ」と呼ばれる作品で、一番"分かりやすい”パブリック・イメージ。
 これが「'ROUND ABOUT MIDNIGHT」ではないだろうか。

       

 マイルスのトランペットの美しさは、時代を経るにつれ、表現もスタイルも劇変していくが
 基本は、ミュート(減音器を使った演奏)にあると思う。
 マイルスの繊細なミュート・プレイによる自信とメッセージは、どの時代も、どのスタイル
 にも、楽曲の隅々まで行き渡り、満ち溢れている。  
 そしてリスナーは曲を聞き、それを愛し、生きている喜びに感謝し、幸福を感じるのだ。
 そこには"自由"があり、"情感”があり、声に出さない"歌心”があるのだ思う。
 
 これが私素人が思う、これが「JAZZの真髄」なのではないかと。

 しかし、マイルスを「JAZZ」で括ってはいけない。  絶対に。
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2013/02/17 Sun. 21:12 [edit]

Category: マイルス・デイヴィス

Thread:JAZZ  Janre:音楽

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勝手に断筆。 こっそり確信犯復活!? 

 皆様、お久し振りでございます。
 またしても勝手にペンを置いて“空き家”にしてました。
 オーナー不在にも関わらず、ご訪問頂いた方々には大変感謝致しております。
 特にリンクしていただいている方々には、御心配おかけしていると思います。

 またですか。  何の知らせも報告もなく。  
 それが僕の悪い癖。   ・・・。  申し訳ありません。

 ただ今回は「あえて」というか。  「意識的に」というか。
 「絶対的確信犯」でありました。

 確かに少々面倒になった気分になったこともありはしたものの、 これといって、
 嫌になったワケでもなく、ネタが切れたワケでもなく、疲れたワケでもなく。
 心が折れたワケでもなく。   何となく・・。

 思うに。

 この「家」では、あくまで主役は「音楽」であります。
 この素晴らしき音楽の魅力や私の思うことを、ひたすらペンに綴ってきた
 「クソ真面目な音楽ブログ」であると、今でも自負しております。
 なので、私個人のプライベートな部分などは、あえて書き控えるようにしておりました。

 ただ。  もちょっと肩の荷を楽にしてもいいのではと思いまして。
 もっと自分のこと書いたり、つまんないことネタにしてもいいのではとも思ったり。

 振り返ってみると、段々重くなってきて、分厚い解説書みたいなこと書いてるし、
 少なからず記事の内容も当時の私の“心情”が見え隠れしてる感じですね。
 何か「書かなきゃいられない」って感じで。 暗い記事ではなくも、どうも息苦しい。
 もっと肩の力を抜いて、軽く書いた方が自分に合ってるんじゃないのって。

 だから、書きたくなるまで置こう。   置いちゃおう。
 これが、あえて黙ってペンを置いた理由です。

 前にも似たような事を書いて復活しましたが、
 それ故、「またいつもの癖が出てしまったな」程度でお許し頂けたらと思っております。
 前回の記事から、まだ2年たってないじゃないですか。   早い早い。
 前は丸2年、丸放置でしたから(笑)。

 音楽は書くことより、聴いている方が楽しいに決まってます。
 この休んでる間、書いてた時の10倍以上は、いい音楽が聴けました。
 これは、きっと今後の記事のプラスになると思ってます。

 ただ前のような分厚い記事にはせずに、気軽でコンパクトな記事にしてアップして
 いこうかなと。

 ただ「全開宣言」とは言えません故、近況報告程度のご挨拶でございます。

 こっそりと。

 ボチボチ書こうかなって気持ちが戻ってきたんで、お伝えいたしたくペンを持った次第です。

 お約束はしませんが、近いうちに記事アップする予定です。  しばしお待ちを。  
 今後もよろしくお付き合いいただければ幸いであります。         
                                      たか兄

 

2013/02/03 Sun. 16:50 [edit]

Category: ごあいさつ

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売られたケンカは“音”で買う。 (改訂版) 

        SOME GIRLS  THE ROLLING STONES

         

          Miss You
          When The Whip Comes Down
          Just My Imagination (Running Away With Me)
          Some Girls
          Lies
          Far Away Eyes
          Respectable
          Before They Make Me Run
          Beast Of Burden
          Shattered


 少々間を開けましたが、遅きの“マイ・ストーンズ・ムーブメント”中ゆえ、続けて参ります。

 先日届きました。  シングル・ボックス1971~2006。

 凝ったイラストを施した、重厚なパッケージングの中には、45枚の紙ジャケ化したシングル
 がギッシリ。  「おお、これだぜ・・。」  この“作り”に、この私も久々ご満悦。
 この45枚ってのは、シングル盤(ドーナツ盤)の回転数とも掛けてんですな。 芸が細かい。

          

 ただ・・。 100点満点はつけられないなぁ。  75点。  それでも甘めですが。

 1枚目の“Brown Sugar”のピクチャー・スリーブの復刻は見事なんだけど、基本的には、
 当時の英米のシングルのジャケットのフォーマットに忠実に再現している形になってるんで、
 次の“Wild Horses”から、9枚目の“Hot Stuff”まで、あのベロのイラストのスリーブなのだ。
 この辺、何とかなんなかったかなぁ・・。 惜しい。  確かに当時の英米のシングル盤では、
 ピクチャー・スリーブはあまりなかったけど(日本盤では有り得ない)、この辺のシングルは
 日本盤も独自のスリーブで発売しているし、ヨーロッパの各国ではセンスのいいジャケットが
 沢山あったのに・・と。 (日本盤の“Wild Horses”や“It's Only Rock'n Roll”なんか見事な
 センスだったし、フランス盤の“Fools To Cry”は、別アングルの写真で、なかなかのモノでした)
 でも、作り的には問題なし。 さすがは“Made In Japan”。 日本製です。

 では肝心の音源はというと・・。 皆さん思われてる通り、“ここまでやるんなら”感強し。
 企画当初は、全てオリジナル・シングル音源を採用して復刻する予定だったのに、なぜか、
 (この“文句”でオーダーしたというマニアも多いでしょう。 私もその一人です)
 発売が近づいてくると、初期のMONOミックスは、どんどん“通常テイク”に変更されていき、
 (シングル盤発売当時は、4枚目の“Happy”までがMONOミックスでした) 残念ながら、
 結局MONOミックスは“All Down The Line”の1曲のみの収録となってしまった。 ただ、
 この曲のMONOミックスは、別ミックスでは特に際立っていたので、これは大いに評価したい。
 (“Sway”は、当時のシングル盤に合わせて、リマスター音源を当時のエディットに加工してる)
 
 そんなボックスの中でも70年代後半に突入すると、12インチ・シングルなるものがシーンを席巻
 し始めることになり、7インチ・シングルのエディット・バージョンとは逆になる形で、リミックス
 やダブなどを多用したエクステンテンデット・バージョン(ロング・バージョン)が出現してくる。

             

 その12インチになるが、“Too Much Blood”は入れるべきだった。 これは大きなマイナス。
 ストーンズの12インチ・リミックスだと、“Undercover Of The Night”の出来が秀逸だけど、
 “Too Much Blood”のアーサー・ベーカーが施した、過激で大胆なダブ・ミックスは凄かった。
 何で“Too Tough”なんか入れたの?  これがシングルカットされてるの知らなかったし。
 枚数合わせなのか、7インチにこだわるのか。 でも12インチ・シングルも45回転なのにね。

 マニアの端くれの私ゆえ、重箱の隅をつつくような“モノ申す口調”で申し分けありません。
 言い出したら、キリがありませんし、真のマニアは、当時のアナログ盤で既にゲット済みのはず。
 (私は、貴重なアナログ盤は、かなり昔に売却してしまい、今はほとんど手元にはありません)
 しかし、これは言いたい。 「よくぞ出してくれました。 ユニバーサル、あんたはエラい!」
 ユニバーサルのアーカイブ企画の本気度が良く分かる、極上のブツであることには違いありません。

 ただ喜んでるのは、コアなストーンズ・マニアだけだろうなんだろうなぁ・・とも。  
 
 今宵は、このブログで2005年9月に書いてる「SOME GIRLS」の話がしたくなりました。
 一度取り上げている78年の傑作ですが、加筆改筆した改訂版にて、よろしくお付き合いを。

      

 77年3月、カナダのエル・モカンボでのギグ(ライブ盤「LOVE YOU LIVE」のC面でお馴染み)
 に向かったトロントで、キースがヘロイン所持のために税関に引っ掛かり、逮捕されてしまう。
 エル・モカンボのギグは無事に終えたものの、キースは1ヶ月近くカナダを出国できず、
 出国後も裁判処理やドラッグ治療に取り掛かり、ストーンズどころじゃなくなってしまう。
 (保釈の条件のひとつに、目の不自由な人のためのチャリティ・コンサートを行う約束をされた)
 キースは心身ボロボロ。 この一件で、ストーンズは危機を迎えてしまっていた。 
 
 対して、当時の音楽シーンは、パンク・ムーブメントが主流に躍り出て、ニュー・ウェイブの
 嵐が吹き荒れた頃。  ZEPやフロイドと並んで、ストーンズも“ロートル”の筆頭と揶揄され、
 「もう古い。 お前らはもう要らない」と、奴ら(パンク勢)の格好の攻撃材料とされていた。

 当時ミックとキースは、丁度ニューヨーカーになってた頃。 当然こんな雑音は耳に入ります。
 黙ってられるワケがありません。  生意気なガキどもには、キッチリ“おとしまい”を
 つけなきゃいけない。  ましてや“流行りモノ”好きな彼ら(特にミック)ですし。
 キースは保釈中の身であり、状態も芳しくなく緊迫した中でも、己の存在感と真の“パンク・
 スピリッツ”を突き付け、奴らに対する“意地”と“返答”する必要があったワケです。

 69年から長年連れ添ってきたビリー・プレストン(Key)やニッキー・ホプキンス(key)に、
 あまりにダラダラした曲調に嫌気がさして、スタジオを去った“6人目のストーンズ”である
 イアン・ステュワート(p)など、このレコーディングには参加せず、新たに呼んだのは、
 元フェイセズのイアン・マクレガン(Key)と、シカゴで発掘したブルース・ハープの名手
 シュガー・ブルーに、元キング・クリムゾンのメル・コリンズがサックスで加わった。
 
 過去にあった独特のグルーヴ感が後退してしまうも、音像に隙間ができたスペースを
 キースとロニーに、ミックも積極的にカッティングしてギター・アンサンブルで絡ませる
 “トリプル・ギター”で、荒削りでラウドなギター・オリエンテッドなサウンドに仕上げ、
 シンプルでスピーディーなパンク要素も取り込んだエネルギッシュなアルバムになった。

 ゲイになった事をバカにした奴らには、「運命のムチが振り落とされる」と警告する
 “When The Whip Comes Down”に、「嘘」を攻め、騙され、嘆き、陥ることを叫ぶ“Lies”に、
 当時、浮気疑惑の渦中だったミック夫人のビアンカに「尊敬すべき女だが、不愉快な奴」と
 キレまくる“Respectable”と、3本のギターの絡み具合が今までとは違ったグルーヴ感を
 生みつつ、突っ走っていくロックンロール・スタイルは、3コードで一夜漬けの“ポッと出”
 の野郎どもには、到底真似出来ない緻密な音なのだ。

     

 とはいえ。 ただの“ストーンズ流パンク・アルバム”に成り下がらないのが、
 彼らの“したたかな”ところ。

 当時隆盛を極めていたディスコ・ビートに迎合してしまったと一部では批判された、
 彼らの代表曲でもある“Miss You”だが、これはストーンズなりの“時代への目配せ”と
 捉えた方がいいだろう。 何度も書くが、彼らは“流行りモノ”が好きなのだ。
 悪い曲じゃない。 むしろちゃんと聴くと、ビルのベースはいつになくブンブン刻んでるし、
 チャーリーのハイハットさばきは絶妙。 ミックのファルセット・コーラスもセクシャルだ。
 しかし、スカスカな音の隙間をギター・カッティングが瞬間を切り裂くタイミングや、
 シュガー・ブルーのハーブとメル・コリンズのサックスの絡ませ方なんて、ジャズっぽい。
 完全なディスコ曲になるなど、彼らのプライドが許すはずがないのだ。

 シングル・エディット・バージョンと12インチ・リミックス・バージョンを担当したのは
 当時は新人だったボブ・クリアマウンテン。 この曲で初めて彼らの曲を手掛けることになる。
 この凹凸度とメリハリの効いたミックスは実に刺激的に仕上げられている。
 アルバム・バージョンがショボく聴こえてしまうほどだ。 ぜひ聴き比べていただきたい。

    

 その“Miss You”の裏にカップリングされたのが、カントリー・ホンクな“Far Away Eyes”。
 ディスコ調のシングルの裏がカントリー曲という、振り幅の広さが彼らの真骨頂だろう。
 ワザと南部訛りに似せたミックも、ロニーのペダル・スティールもいい雰囲気を醸し出す。
 ベイカーフィールドへの思いに乗せた詞も、亡きグラム・パーソンズへのオマージュだろう。

 ミディアム・ナンバーも実に味わい深い。  この懐の深さは、さすがだ。
 シュガー・ブルーのハーブをフューチャーしたモダン・ブルース“Some Girls”に、
 (歌詞がヤバくて・・。 女性を何だと思ってんだか。) それと、カーティス・メイフィールド
 の影がちらつく、キース主導で書かれたミディアム・スローの傑作“Beast Of Burden”だ。
 ミックのファルセットを使い分けたシンコベートとキースとロニーの粘っこいカッティングが、
 チャーリーのスネアとビルのベースに上手くフィットした、哀愁漂うストーンズ流R&Bに。
 (この左下ジャケットは、アメリカ盤初回プレスですが、女性蔑視の疑いで発禁になったもの。
  やはり今回のシングル・ボックスでも残念ながら、これは実現されませんでした。)
 
    

 “Shattered”は、何だろう・・。  何か変な曲っていうか・・。  やっぱ変。
 「この街には、欲望と汚れた夢とセックスばかり。 もう心は粉々に砕けちまった。」と、
 どうしようもないニューヨークの荒廃したアンダーグラウンドな部分をさらけ出した佳曲だが、
 疾走する変速16ビートに、ロニー自身が弾くベースの上に乗っかってるけど、曲の骨格となる
 クネクネしたクセのある歪んだロニーのリフが曲をリードして、ミックの声もストリートを
 意識したラップ気味のボーカルが混沌度を増して、曲をより複雑にして進んでいく。
 (B面にカップリングされた“Everything Is Turning To Gold”は、「SOME GIRLS」の
  アウトテイクだが、何故外されたか疑問を抱くほど、実に良く出来たルーズなロックンロール。
  チャーリーのやたら音数の多いハイハットでリードして、メル・コリンズとシュガー・ブルーと
  いったセッションメンのプレイが印象的だ)
 
 先に書いたキースの逮捕劇からの再出発宣言ともいうべき、“Happy”と並ぶ、
 ライブでのキース・タイムの定番になった“Before They Make Me Run”にも触れておこう。
 二日酔いやドラッグの覚醒から目を覚ますような5弦ギターのキックからスタート。
 ドラッグ治療のせいで、声変わりする前の、か細いボーカルが今では懐かしい感じがするが、
 「人に走らされる前に、俺から歩き出すのさ」と再出発を誓う姿が頼もしい。
 キースは、ジャンキーなのだ。  しかしドラッグはもう足を洗った。 
 “ロックンロール・ジャンキー”なのだ。  ロックンロールに侵されきった男。
 そうあるべき。  これこそ、キース・リチャーズであるべき姿。
 キースの精神力と頑張りが、どれだけ、このアルバムのテンションを高めてることか。

         

 この曲は、アメリカでプロモーション・シングル盤が制作されている。
 やたらベースがブンブン唸って、メリハリがあるなぁと思ってたら、ミックスは
 ボブ・クリアマウンテンが担当していた。 歌詞も途中で違うし、ギター間奏部分も
 フレーズが変えてあるという、とても興味深いリミックス・バージョンだった。
 今では、なかなか聴くことはできないかと思うが、私はこのバージョンが好きで、
 アルバムに差し替えて聴いていたくらいだ。

 このように。
 「金と女とシャンパンに溺れ切った空虚なロックスター」と血気盛んなパンクスに罵倒されるも、
 この「SOME GIRLS」でのキレのある鋭い一撃が、奴らの頬を張り倒して、黙らせることができ、
 成熟や貫禄にドップリ浸かることなく、来るべき80年代に臨戦態勢を整えることができたのだろう。

 とは言うものの。
 そんなパブリック・イメージを逆手に取ったような(茶化したような)派手でゴージャスな
 ジャケットや、(やはり肖像権の問題でモメて、2ndプレスから著名人がカットされてしまう)
 グルーピーとの“交遊録”ともいえるタイトルから、悦楽と酒池肉林のデカダンスの匂いを
 プンプンと漂わせる、マガマガしさと言ったら・・。

 ストーンズほど、図々しいバンドはいないだろう。  もちろん、最高の褒め言葉であるが。

2011/05/03 Tue. 19:36 [edit]

Category: ローリング・ストーンズ

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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冒険心と死の香りにイキリ“勃つ”、「右曲がりのダンディ」。 

      STICKY FINGERS    THE ROLLING STONES

         

            Brown Sugar
            Sway
            Wild Horses
            Can't You Hear Me Knocking
            You Gotta Move
            Bitch
            I Got The Blues
            Sister Morphine
            Dead Flowers
            Moonlight Mile


 1970年7月に英デッカとの契約が切れて、兼ねてから構想中だった自身のレーベル設立を
 実現すべく、(レーベル立ち上げのきっかけは、「BEGGARS BANQUET」のジャケット問題
 だと思われる。 デッカが、あの“トイレの落書き”にケチをつけ、白地の無地で発売するのだ)
 経済学に長けたミックは知恵を働かせ、悪徳敏腕マネージャーのアラン・クラインを切り、
 ビートルズの「APPLE」に続けとばかりに、ビジネス面をマーシャル・チェスに任せて、
 (チェス・レコードの設立者の息子)、レーベル・ロゴは、ポップ・アートの奇才である
 アンディ・ウォーホルのアート・デザインによる、あの“舌のロゴ・マーク”で、
 1971年4月6日に、自身のレーベル「ROLLING STONES RECORD」をスタートさせた。

 あれこれうるさい規制や注文してくるABKCOの束縛から離れ、ストーンズはこの作品から、
 とうとう創作上の自由と権利を手にしたのだ。

      

 まさに、ストーンズというバンドの歴史や性格、音楽性を反映し、ミック・ジャガーの
 口元の“タラコ”具合や舌の特徴も見事に表現した、もう今では見慣れてしまったものの
 素晴らしいアート・ワークの大傑作だ。

 あれから丁度40年経った今。  
 さて今年に入っても、ユニヴァーサル・レーベルでのストーンズ・アーカイブ祭りは
 止まることはありません。  遂にというか、まさか“マジ”で出してくるとは・・。

 実は待ってたんです。 「こんなん出たらなぁ・・」って。  ずっと思ってました。
 それは・・。
 商魂たくましいABKCO(デッカ/ロンドン時代)は、シングル・コレクションやシングル盤
 をボックスにまとめたセット(全3巻)を過去に発売してました。  が。 
 「ローリング・ストーンズ・レコード」設立40周年を記念してか、ベロ・マーク以降の
 最新シングルまでのシングル盤、合計45枚をセットにしたシングル・ボックスが、
 遂に4月20日に日本発売されるのだ。

    

 基本的にストーンズってバンドは、レコード会社ってのを信用してないんだろうと思ってる
 んですが(巨額の移籍金の魅力もあるでしょう)、 EMI、ソニー、Virgin、そして現在は
 ユニヴァーサルと、配給元をジプシーの如く転々としているから、移籍するたびに、
 過去のアルバム・カタログが再発される。 レコード会社が一番欲しい“ドル箱”だからだ。
 しかし、過去のシングル盤ってのは、言ってみれば、レコード会社にしたら「時のモノ」。 
 “出し捨て”の存在。 売れたら“もうけもの”。 悲しいけど、シングルってそんなモノ。
 なので、過去の配給元は、こんな企画すら頭になかったと思います。

 ただ今回のユニヴァーサル移籍後のアーカイブ・プロジェクトの“本気度”は本物。
 だって、ストーンズ・マニアが望んでる音源や映像を確実に順を追いつつ、丁寧に
 オフィシャル化していってる。 過去の配給元とは、“気持ちの入れ方”が違うから、
 ミックもキースも当然OKするワケだ。 だから今後も、“アッと驚く”音源や映像などが
 どんどんオフィシャル化されるのではないかと期待してしまう。

        

 1971年4月16日。  今から丁度40年前のことだ。
 新しく立ち上げた「ローリング・ストーンズ・レコード」からの第一弾シングルとして、
 “Brown Sugar”が英国で発売された。 この曲は、当時裁判で係争中だったアラン・クライン
 にも版権を押さえられていたため(“Wild Horses”もそう)、以前のABKCOレーベルからも
 編集盤に収められるという微妙な立場にある曲にも思うが、やはり“ニュー・ストーンズ”の
 実り多き70年代への華々しい船出として、新たに、“(I Can't Get No)Satisfaction”や、
 “Jumpin’Jack Flash”に続くパブリック・イメージを決定づけた超重要曲になった。

 1969年の全米ツアー中に、マッスル・ショールズで録音された。(“You Got A Move”と共に)
 キースの5弦ギターによる歯切れのいいオープンGとミック・テイラーの骨太いカッティングで
 始まるイントロがあまりにカッコ良過ぎて、ノッケから“ロックの王道”を突き付けられ、
 グイグイと引っ張られてしまう。

 ストーンズの南部志向は顕著で、当時南部でまだ残っていた黒人奴隷制度の事を揶揄して、
 黒人女性(奴隷)を夜な夜な乱暴する、極めて悪趣味で猥褻な詩だが、ライブ演奏では、
 スピード感とストレートなロックンロールに圧倒されっぱなしで、痛快な気分になる。
 ただスタジオ・テイクの方は、実に混沌とした独特のバンド・グルーヴで熱気ムンムンだ。
 (たぶんスタジオはマリファナの煙が立ち込め、ヘロインでハイになったまま録音してたのだろう)
 ミック・テイラーの陰で、キースのアコギや故イアン・ステュワートのピアノが更に泥臭さ
 に拍車をかけ、間奏をギターにせず、ボビー・キーズの目の覚めるようなサックス・ソロに
 したことが面白く、マラカスやカウベルも交えて“乱交騒ぎ”如く、ラストまで盛り上がっていく。  
 あまりの自信作だ。 この曲で、70年代のストーンズの“成功”は決まったも同然だった。
 (とはいえ、案外、波乱万丈だった70年代ではあったが)
 
 しかしココにきて、このボックスの最も“肝”であった目玉が白紙になってしまった。
 このボックスでは、その当時発売されたカップリングでオリジナル盤のモノラル・バージョン
 での待望の復刻が予定されていたが、残念ながら見送られてしまったのだ。 ショック・・。
 (“Wild Horses”、“Tumbling Dice”、“Happy”も通常バージョンにされてしまっていた)
 唯一オリジナル盤“Happy”のB面に収められた“All Down The Line”だけは、ミックス違いの
 ド派手なモノラル別バージョンで収録されているようだ)

 その“Brown Sugar”発売から一週間後の4月23日に、自らのレーベル初のアルバムである
 「STICKY FINGERS」を発表する。 プロデュースはジミー・ミラー。 「BEGGARS BANQUET」
 から「GOATS HEAD SOUP」までのストーンズ史上最重要期のアルバムは、彼が手掛けたものだ。
 エンジニアはグリン・ジョンズと弟のアンディ・ジョンズ。 “南部魂”炸裂の傑作に仕上げる。

  

 そしてジャケット・デザインは、先に紹介したポップ・アートの奇才アンディ・ウォーホル。
 Gパンの股間部分をアップにしただけのシンプルかつ卑猥なインパクトは、一度見たら忘れない。
 (実際Gパンのジッパーのついたジャケで、それを開くと、“モッコリ”ブリーフがお目見え)
 ストーンズというバンドのイメージにぴったりのデザインとセンスに、素晴らしいアイデアが
 結集した、ロックの歴史を代表するアルバム・ジャケット・アートである。

 しかし、マニアの方はご承知でしょうし、既にコレクトされている方も多いと思いますが、
 上の右写真が、ジッパー・ジャケが“猥褻”だという理由で、スペイン盤のみ差し替えて、
 発売されたジャケット。 でも、私はこっちのジャケの方が問題あると思うんだけど・・。
 中味も歌詞がアブナイ理由で“Sister Morphine”に変えて、シングル“Brown Sugar”の
 カップリング収録された71年3月のリーズ大学にてライブ録音されたチャック・ベリーのカバー
 である“Let It Rock”が、なんとリアル・ステレオ・バージョン(!)で収録された。 
 (欧州向け輸出仕様の2ndプレスは割に見つかるけど、初回盤はかなり貴重だ)

 ジミー・ミラーとのコラボレートした名作群の中でも、自身のレーベルの“売り出し”も
 意識してなのか、キャッチーでバラエティに富んだ曲が次々と飛び出してきて、最も
 コマーシャリズムな方向でまとめられているアルバムだ。
 よくストーンズは、黒人音楽のコピーからスタートしたと言われているが、ルーツである地で、
 (マッスル・ショールズは、サザン・ソウルのメッカでもある)様々なジャムを繰り返す中で
 ようやく血肉化し、黒人への憧れや“パクり”から抜け出し、ビートやリズムなど感覚的部分
 まで肉体に宿すことができたことが大きい。 もちろん敬意と懐の深さも兼ね揃えて。
 今後、ストーンズの音楽は、その“肉体”から生み出されていくことになる。

 特にミック・テイラーが、完全にストーンズに馴染んでハマってるとこが一番の肝。
 テイラーのヘヴィーなリフに縦横無尽に弾き倒すブルージーなギターと、キースのカッティング
 が対照的なギタリストが織り成すルーズなバンド・グルーヴこそ、ストーンズ最大の武器だ。

   taylor jpg

 シングル“Brown Sugar”のB面に、派手なブラスホーン隊をバックにするようなスタックス系の
 ファンキーな音にテイラーのリフとキースの絶妙なカッティングでヘヴィーに展開する“Bitch”や
 このアルバムで、最もテイラーのギターに注目すべき曲は“Can't You Hear Me Knocking”。
 右のスピーカーから、テイラーのメイン・リフを鋭角なカッティングでグイグイ曲をリードして、
 左のキースのカッティングも絡めながら、スリリングに曲が進んでいく7分強の大作だ。
 中盤以降はラテンやカリブ風に展開して、コンガやチャーリーのドラム・アンサンブルに乗って、
 テイラーのサンタナを意識したようなアドリブ満点の湿ったトーンが冴え渡るギター・ソロに、
 ボビー・キーズのサックス・ソロが見事にプラス。 緊張感あふれるジャム・セッションだ。

 そんな派手さの中にも、「死」の匂いが、所々に漂っているアルバムでもある。

 “Brown Sugar”の第一弾に続いて、ストーンズ流カントリー・ロックの名バラードである
 “Wild Horses”がシングル・カットされた。 この曲は、カントリー・ロックの先駆者で
 あったグラム・パースンズとの交流によって導かれた、あまりに悲しい友情の曲だ。
 
 「 命が果てた時。 あの世で一緒に暮らそう。  野生の馬に、ふたりで乗ろうな 」

         

 この曲の誕生については、色々と諸説あるが、やはりキースがグラムとの親密な関係が密接
 に関わっているに違いない。  グラムは、カントリー界の新鋭として期待されたが、
 ドラッグ過多によって、26歳の若さで生涯を終えてしまう。  グラムがバーズ加入後
 すぐに、ロンドンでミックとキースに出会ってから、彼はストーンズとの交流を深めていく。
 当時のストーンズには“ドラッグ”は必需品だ。 グラムも彼らと“つるんでる”うちに、
 ドンドン堕ちて行ってしまったのだろう・・。  キースは、今でも嘆いているのだ。
 「奴(グラム)と一緒に座って、この曲を演ったのを覚えてる。 いろんな事を思い出すよ。
  悲しい曲だしね。  あの時は本当に大変な時期だったんだ・・。 」
 キースとテイラーの2本のアコギのコードを縫うように、オーヴァーダブした2本のエレキと
 ジム・デッキンソンのピアノが浮遊する。(彼はFBBのプロデューサーでもあった)
 ミックの表現力豊かなヴォーカルも絡んで、ルーズさと美しさが醸し出すコントラストは見事だ。

 グラムの死にまつわる曲として“Dead Flowers”も、彼に捧げられた曲だ。
 グラムがバーズ脱退後の68年に結成したフライング・ブリトー・バンド(FBB)のファンが、
 彼らに薔薇を贈ったのだが、それが飛行機で輸送中に凍って枯れてしまったことを歌った。
 
 「 毎朝、死んだ花を贈り届けておくれよ。 俺はおまえの墓に薔薇を置いておくからさ。」
          
 “死の香り”は、悪魔(ドラッグを意味してるのか)に左右された生活の苦痛を歌う“Sway”
 や、ミックの当時の恋人だったマリアンヌ・フェイスフルが“モルヒネ狂いの嬢”と、自ら
 の麻薬の禁断症状の様子を詞に書いた、ミックとキースとの共作の“Sister Morphine”と
 (ライ・クーダーのスライドがむせび泣く・・)、プンプン匂わせて繰り返される。

 当時のストーンズには、やたらと“死の香り”が漂っていたのもそのまま反映されたのだろう。

 ドラッグ中毒に陥ったため、バンドの創設者でリーダーだったのに、クビにされて、あげくに
 廃人になったブライアン・ジョーンズは、その後間もなく、自宅のプールで変死してしまうし、 
 イーストコースト(東海岸)で多大な影響とムーブメントを起こした「ウッドストック」に対抗して、
 西海岸でも、大規模なフリー・コンサートを演ろうと立ち上げたら、暴力沙汰になり、遂には、
 殺人事件にまで発展してしまったりする(“オルタモントの悲劇”と言われる)。

 何かやるたび。 何か動くたびに。 犠牲者が出てきてしまうのだ。 さすがに“へこむ”。
 (“オルタモントの悲劇”は、映画「ギミー・シェルター」でドキュメントされているが、
  この事件での、ストーンズのへこみ方や沈痛な表情がはっきりと映像で残されている)
 当時のストーンズには、彼らの野心や冒険心とは裏腹に、混沌と“死の香り”が渦巻いていたのだ。
 彼らが野心や冒険心に忠実であろうとすればするほど、混沌と“死色”は色濃くなっていった。

   

 しかし彼らは、そうした逆境に打ち勝って、キャリアにおいて最高ともいえるアルバムを完成
 させるのだ。  何たる強固な意志だろう。  何たる勇気の持ち主なのだろう。

 見習わなければならない。   素晴らしい魂と冒険心だ。

 「手癖の悪い指」という意味深なタイトルは、あまりに的を得た見事なタイトルだが、
 この“絵”を見るなら、「右曲がりのダンディ」とでも勝手に題していいかな。

 40年前に書かれた、少々下品で泥臭いが、こんなに“深読み”が出来るロックの教科書であり、
 ブリーフの中に押し込められた“イキリ勃つ”、ロックの芸術の境地がコレだ。

2011/04/09 Sat. 19:56 [edit]

Category: ローリング・ストーンズ

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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永遠のエヴァーグリーンは、“魔法の鼻歌”。 

        A LONG VACATION     大滝詠一         

         

           君は天然色
           Velvet Motel
           カナリア諸島にて
           Pappi-doo-bi-doo-ba物語
           我が心のピンボール
           雨のウェンズディ
           スピーチ・バルーン
           恋するカレン
           FUN×4
           さらばシベリア鉄道


 1981年3月21日。 今からちょうど30年前のことだ。
 “BREEZEが心の中を通り抜ける”との帯を付けた一枚のアルバムが発売された。
 永井博のリゾート・イラストをパッケージングした忘れられないジャケット。
 「A LONG VACATION」。  通称「ロンバケ」。   
 これが、日本のポップスの永遠の金字塔となるとは、当時誰が想像できただろう。


 日本語ロックの草分け的伝説のバンド「はっぴいえんど」の一員としてデビュー。
 シーンに多大な影響を残すも3年で解散。 後にソロ・アーチスト、プロデューサーとして、
 75年にフィル・スペクターの「フィレス」をモデルにした、大滝の名前からヒントに、
 自身のレーベル「ナイアガラ」を設立し、当時の日本アングラ・シーンの中でも異彩を放つ。

 東京・福生の自宅兼スタジオに籠って、60年代ポップスへの愛情と知識をフル稼働しながら、
 数々の名CMソングを提供。 マニアックな洋楽やオールディーズをベースにしながら、
 音頭や民謡をも飲み込んだ日本の歌謡史に、それに融合させるという、あくまで日本人的視点
 から“趣味趣味音楽”を模索(?)。 誰も真似できない独自のポップ・ワールドを構築。
 日本ポップス界のカルト的存在で、一部のマニアから絶大な人気を博す。

   

 山下達郎や大貫妙子らによる「シュガーベイブ」をプロデュースし、自身も奇妙奇天烈な
 冗談なのか本気なのか理解に苦しむ“奇特”な音楽性のソロ作品を短期間に連続的に発表するも、
 到底一般的に認知されるワケがなく、ナイアガラの70年代は全く売れない“不遇の時代”だった。
 (初のレーベル配給元の“エレック”が倒産し、“日本コロンビア”に移籍がなされたが、
  16トラック・レコーダーを寄与する代わりに、1年でアルバム4枚するという契約で、
  「売れなきゃ作れ、数打て」という論理なのか、大量生産を余儀なくされた結果だという)

 この第1期ナイアガラ時代の終焉後、約3年のブランクをおいて、CBSソニーに配給元を移籍。
 膨大な時間と手間ヒマと手塩にかけて、練りに練られた“一世一代”の大傑作を生み出す。

 当時信濃町にあったCBSソニーのスタジオに約1年籠って、レコーディングをスタートさせる。
 ただ、今まで“まともに売れたことがなかった”御隠居に、印税収入などあるわけがなく、
 福生スタジオの機材を売り払ったとはいえ、高価なスタジオ経費を払う財力などある訳がない。
 疑問が湧く。  しかし、捨てる神がいれば、拾う神も当然いたのだ。
 音楽出版社の経営者の朝妻一郎氏(「ロンバケ」のエグゼクティブ・プロデューサー)だ。
 彼との出会いが“運命の出会い”だった。 彼がスタジオ経費を保証したのだという。
 朝妻氏もオールディーズの大ファンだったそうで、御隠居の夢の実現に手を貸した。

 「もう最後なんだから。  今までやってこなかったことをやろうと。」

 無謀ともいえる数々の失敗から裏打ちされ、“気が付いた”というメロディアス路線への転換。
 「今度こそはいける」という自信を持った稀代の才能と、敏腕経営者の勘がスパークし、
 共に背水の陣を敷いた“大きな賭け”。  これが「ロンバケ」の誕生に繋がった。

 結果は、野球通である御隠居からすると、センター前クリーン・ヒットどころか、
 150メートル級場外逆転満塁ホームラン。 第2期ナイアガラは、“奇跡”からスタートする。

 それは、80年代初めのバブル到達以前の若者のトレンド志向、AORやフュージョンの主流に
 合わせるように、「~しながら、音楽を聴く」という、BGMとしてのライフ・スタイルや、
 ウォークマンの発売やエアチェック、カーステレオなどの音楽環境の変化も相まって、
 このアルバムは、じわじわと若者を中心に浸透していき、空前のロングセラーを記録。

 土曜の昼間にAMラジオでやってた歌謡曲の電リク番組。 大好きでよく聴いてました。
 いつも通りに何気に聴いてると、ある曲が流れてきた。  すると・・。
 当時持ってた、ちっぽけなラジカセのモノラル・スピーカーでも分かる、聴いたことのない
 重低音がズンズン響く。 歌は鼻歌っぽく聴こえるけど、何だか耳に残る曲、いや、“音”だ。
 「君は天然・・ん?」  曲名はおろか、当然歌ってるのも誰だか分からずじまい。
 しかし、他の歌謡曲とは明らかに違う“音質”であったことは、当時のガキでも分かった。
 これが中1の私が聴いた、真の“初ナイアガラ体験”であった。
 (いや、テレビっ子だった私は、当時に御隠居が“食いっぱくれ”にしてた数々のCMソング
  を耳にしていたにも関わらず、当然気付くことなどなかったから、初体験ではないのだが)

 そんな、たかだか“ナイアガラ歴30年”の鼻タレ小僧であるこの私が、このアルバムを
 レビューし語るなど、生息も甚だしく恐れ多いんですが、あくまで我々はリスナーであり、
 ファンなのであります。 いくら送り手が“尊大”でも、受ける側はあくまで平等なはず。
 良いものは評価し、ダメなものはモノ申す。 100人いれば、100通りの“答え”がある。 
 いまだにビートルズやストーンズ、ディランを「あーだこーだ」言ってるのも同じで、 
 芥川龍之介や太宰治を読んで、感想文を書いてることと同じだと思ってます。  
 だから私も“単なる感想文”を書いてる一人であります。

 前振りが長くなり過ぎたましたが。
 日本のポップ・シーンのマエストロ(巨匠)であり、ポップス史の研究者であり、
 実証主義者であり、見識高い文化人でもあり、論客者でもあり、日本で最も偉大なる
 “音楽ニート”(失礼・・)と揶揄されるも、現在でも業界内やアーチストらに多大な
 影響を与える“福生の仙人”こと大滝詠一(御隠居と呼ばせて頂きます)が生み出した、
 30年経った現在でも、日本ポップスに永遠のエヴァー・グリーンの輝きを放ち続ける
 金字塔である「A LONG VACATION」の話によろしくお付き合いを。

   

 「いや、もうできあがったときは、これは10年、20年は軽く持つっていうふうに
  豪語したんだけど。  でも、わからないよ。  売れたことがないから(笑)。」

 「ロンバケ」生誕30年を記念して、30th Anniversarry Editionが、3月21日に発売された。
 1982年に邦楽初のCD第1号としてソニーが、「ロンバケ」(35DH1)を選択し発売以来、
 1889年に再発した際にリマスターし、“さらばシベリア鉄道”をカットして発売(27DH5300)、
 1991年3月(10周年にあたる)の“CD選書シリーズ”(薄プラケースで1500円)では、
 オリジナルの10曲に戻して、オリジナル・アナログ・マスターからは最後のリマスター。
 2001年の20周年記念盤は、ギターやオルガンでリードさせた限定インスト盤だった
 「Sing A LONG VACATION」を全曲追加収録して、念のために88年に作っておいたデジタル・
 マスターを利用した初の“デジタル・トゥー・デジタル”によるリマスターで、
 今回の30周年記念盤は、御隠居イチオシの純カラオケと“君は天然色”のオリジナル・
 トラックをボーナスで収録させた通算5代目になる「ロンバケ」のリマスター盤だ。
 
 私は、評論家でもプロのエンジニアでもございませんので、専門的な違いはわかりません。
 あくまで“素人耳”で30年間聴き続けてきた“感”だけでしか書けないのですが、
 20周年盤の時は、「おお、歌が前に出てるじゃん」と、デジタル・マスター効果による
 中域の幅を強調させたせいか、御隠居の“歌”を際立たせる感じで、大いに楽しめた。
 今回の30周年盤を初めて聴いた時の印象は、「全体のバランスが元に戻った感じ」だった。
 変化が大きかった20周年盤に慣れてしまっていたので、余計に印象が違ったように思うけど、
 今回のリマスター源は、なんと突然発見されたアナログ・マスター(2世代目だが極上モノ)
 かららしく、タッチが限りなくアナログの音感やバランスに近づいた「ロンバケ」に感じた。

 ただ劇的な音質UPとか変化があったかと言われれば・・。 「ない」と答える。
 普通の人が、今までの「ロンバケ」と聴き比べても、きっと「あまり変わらない」と
 感じるだろう。 元々アナログ当時から音質については群を抜いて優れた作品だったんで、
 あとは聴き手の“耳”の感じ方次第で、好きかイマイチかに転ぶ。 そんなものだ。

 内容については、改めて書く必要はないだろうが、恐縮ながら書かせてもらうなら、
 一般的にまず「ロンバケ」と言ったら、やはり“君は天然色”だろう。
 第1期から、時間をかけ実験を重ねたフィル・スペクターの手法、構造を、やっとモノにし、
 “ナイアガラ流”に発展させて、決定的な答えを導き出したのが、この曲だ。 
 この曲で「ロンバケ」の成功は確約されたのだ。 この曲のインパクトはもの凄い。

 煌びやかなポップ・ストロークから、ロイ・ウッドを彷彿させるような大編成された
 セッションが一気呵成に「♪ジャンジャン! スカジャンジャン!」と、ユニゾンする
 (同じ音を複数で同時に演奏)三連符と、残響エフェクトが素晴らしいイントロは、
 30年経った今でも、あのちっぽけなモノラル・ラジカセで聴いた感動を色褪せることなく
 鮮明に蘇らせて、私の耳と心にダイレクトに響かせる。  

        

 御隠居によれば、この曲は“一発取り”で、ミックスは、ソニー・デジタル・エンジニアの
 申し子である吉田保氏(あの吉田美奈子のお兄さんです)が2チャンネルでカラオケを
 作って、それをベースに音を重ねたり、SEを入れたり、歌を入れてるそうで。

 今回の30周年盤のボーナス・トラックのオリジナル・ベーシック・トラックが、その
 一発取り2チャンネル版だ。  これが“君は天然色”の原型となってるが、
 なんと、「♪想い出はモノクローム~」からのサビは、一音上がりになっているのだ。
 御隠居によれば、イントロはAだけど、歌はG。 ということは・・、
 「一音下がった歌で始まってる訳。で、サビになると一音上がるのよ。(Aに戻る)
  つまり、サビ始まりだったんだよ。」  でも、御隠居のキーでは歌えないんで、
 オケはそのままにして、サビだけ、ハーモナイザーで一音下げたそうだ。

 「凄く悩んで。 もう、構成として大きくしたかったのね、曲は。
  Aで始まってGでいて、サビがAでいって、Gに戻ったら、
  また転調したサビになって戻ってっていう風に、デカイ構成にしたかったから。

  なんとしても一音上げのサビはやりたかったんだけども、「色を点けてくれ」とかさ、
  ほんどにもうダメになった中年が青春を回顧してる感じになっちゃって。
  しょうがないからさ、一音下げたのよ。

  トニック下げは珍していって、C、F、Gのトニック下げに結果的になったんだけど。
  で、ハーモナイザーで一音下げたのよ。 」
                      (サンデーソングブック 2011年新春放談より)

   ※ 専門用語ですが、トニックってのはトニックコード(主音階)のことで、
     曲の構成上、特にポップスなんかは耳さわりがいいんで、曲の初めや終り
     なんかによく用いるコード。 でも御隠居は、このコードでは歌えないんで、
     主音階を下げるなんてことは珍しいけど、ハーモナイザーで1音階下げたとのこと。
                      
 凄腕のミュージシャン達による(「20人くらいで、せ~のでやってる」との談)、
 個性もテクニックも剥ぎ取り、全て“音の壁”に封じ込めて、ひたすらギミックのみの
 道具に使用されて、2拍3連の連打や変拍子を繰り返すキック・ドラムとチョッパー・
 ベースの“キメ”とタイミングの妙が、この曲、いや、「ロンバケ」の“期待感”と
 “悦楽感”を呼び込んでいく。

 このアルバムで展開されるナイアガラ・ワールドは、“比類なき多重人格音楽家”である
 大滝詠一の歌手、作曲家、編曲家としての“メロディアス”・サイドの総決算だ。
 盟友松本隆に「言葉のプロデュース」を託し、ボーイ・ミーツ・ガール的な映画の
 ワンシーンみたいに鮮明かつメランコリックな叙情の世界に、御隠居の優しく柔らかい
 メロディに乗せるという全体的な音楽構造は、60年代から70年代のアメリカン・ポップス
 を基本に、歌謡曲やフォーク的テイスト、北欧エレキ・インストをもエッセンスして、
 ナルシスティックに酔いしれたかのような、とうとう歌心に目覚めた(?)御隠居の
 心地いい“魔法の鼻歌”が包み込み、過去のノベルティ・サイドでみせた遊び心やヒントも
 スパイスさせ完成させた、音頭を封印し、本気で“売りにいった“初のナイアガラ作品だ。

   

 「ロンバケ」は、先にも書いたフィル・スペクターの“ウォール・オブ・サウンド(音の壁)”
 のナイアガラ流のことばかりが特徴とされがちだが、その象徴的引用は、“君は天然色”に、
 “恋するカレン”と“カナリア諸島にて”の3曲くらいで、思っているほど少ない。
 最も“音の壁”を具現化できたのは、“恋するカレン”だろう。
 アコギにピアノにストリングス、カスタネットに女性コーラスを分厚く何枚にも重ね
 合わせた、壮大なポケット・シンフォニー。 もはやスペクターの模倣なんて次元ではない。
 しかし・・。  歌については御隠居いわく。
 「出来て、オケ作って、んでぇー“これはやった”と思ったわけよね、オケ作った段階で。
  で、オケ作った段階で廻りの顔色も違うわけよ。 
  これはいい作品になるって皆思ってたんだけど、いざ歌い出したらさ、歌えなかったのよ。 
  頑張って頑張ったんだよ。 何日頑張っても40点しか出ないんだよ~。
  最初に入れたのが20点。  ある日たまたま60点。  はぁ~、この程度かぁって。」
                        (サンデーソングブック2010年新春放談)

 それよりもアルバム全体を通して、アコースティック・ギターの音色を隠し味に多用してて、
 “Velvet Motel”や“雨のウエンズディ”や“恋するカレン”など、さりげなくも効果的だし、
 “雨のウェンズディ”では、ベースに細野晴臣、ギターに鈴木茂なので、変則的だけど、
 作詞の松本隆を加えれば、これぞ80's版「はっぴいえんど」が実現して、叙情感あふれる
 名曲に仕上がってるし、鈴木茂のギターをフューチャーしたワイルドな“わが心のピンボール”
 と、シンプルだが水彩画的情景が美しい“スピーチ・バルーン”のコントラストが実に見事。
 ラストには、多羅尾盤伴内楽団Vol.1での、北欧エレキ・インスト路線を継承した
 “さらばシベリア鉄道”のような曲もあって、実に“振り幅”の広い構成なのだ。

 さらに洋楽への深いオマージュと憧れと“悪ふざけ”の一歩手前のギリギリの展開が痛快な
 御隠居の相反するノベルティ・サイドの“いたずら心”も、うまくマイルドにブレンドしてる。
 アルバム中唯一御隠居の作詞曲“Pappi-doo-bi-doo-ba物語”は、ドゥー・ワップの魅力と
 テレビで何か聞いたことがいるようなフレーズを散りばめたユーモアがたっぷりで、
 ついつい口ずさんでしまうし、ビーチ・ボーイズやマニアックなオールディーズをパロッた
 お気軽ソング“FUN×4”の2曲がバランスよく配置されて、紳士的で清涼感あふれる印象が
 ある「ロンバケ」に小粋なアクセントを加えるとこは、クセモノである“御隠居”ならでは。
 
 しかし今でも思う。 実に意味深なタイトルだ。 タイトルから既に計算してたのかと。

 1984年の「EACH TIME」以来、オリジナルアルバムを発表していない。
 “長~~~~い休暇”のあと、1997年に突然シングルで“幸せな結末”を発表。 ドラマの
 タイアップも重なって大ヒット。 活動復活かと思いきや、また“長~~~~い休暇”に。
 すると、また2003年に突然シングルで“恋するふたり”を発表。  これが“最新曲”。
 「ロンバケ」20周年記念盤の時も、何らかの“動き”に期待したけど・・、無かった。 

 「90年代に頑張って2曲書いて。 あれ、A,B面書いてるから。 たいしたもんだよ。
  2000年代に1曲だから。 よく1曲できたなって。 さすがにね、2曲、1曲だから。
  2010年代はないよ。 2、1、0。 2010年代にはゼロということを暗示してるね、既に。」
                       (サンデーソングブック2010年新春放談)

         

 2021年3月21日発売予定(?)の「ロンバケ」40周年記念盤は、アナログ盤で復活ってのは
 どうでしょう。 御隠居。  アナログ盤で始まり、アナログ盤で締める。
 もう音楽活動に関しては“お終い”と示唆されてて、永遠の「ロング・バケーション」と
 なりつつありますが、いかがなものでしょうか?  期待しております。

2011/03/30 Wed. 00:12 [edit]

Category: ナイアガラ関連

Thread:CDレビュー  Janre:音楽

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