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フロイドを葬り損ねた男の悲しい“鎮魂歌(レクイエム)”。 

        THE FINAL CUT     PINK FLOYD

          

          The Post War Dream
          Your Possible Pasts
          One of the Few
          When the Tigers Broke Free (*)
          The Hero's Return
          The Gunner's Dream
          Paranoid Eyes
          Get Your Filthy Hands Off My Desert
          The Fletcher Memorial Home
          Southampton Dock
          The Final Cut
          Not Now John
          Two Suns in the Sunset
                           (*)リマスターCD収録曲

 ブログ再開して、1年2か月ほど経ちました。
 いつも立ち寄っていただける方々には、熱く熱く感謝いたします。

 再開前より、記事の容量をかなりアップしたのにも関わらず、
 なんとか、筆を置かずに続けてられるのは、皆様のおかげと、
 「あくまでマイペース」で進めたからなのかなと思ってます。

 月3~4回のペース。 まぁ、こんなもんなのかな。
 よく書けた方じゃないかと思うくらいです。

 再開後に、カテゴリーに分けたアーチストも一通りは書けたかなと思ってましたが、
 (邦楽の記事は、まだ手つかずの状態ですが・・)
 大事な大事な、最後の大物アーチストを忘れてました・・。

 ピンク・フロイド。   いかんいかん。
 
 え~と、前の記事の日時が・・、2006年7月16日。 ほぼ4年前・・。
 シドが亡くなった頃か・・。 追悼記事のつもりで書いたんだっけ。

 じゃあ今宵は、ピンク・フロイドを“超ご無沙汰”で参りたく思います。
 が。 久々に棚から引っ張ってきたのは、実は、当時“大嫌い”だったコレ。
 しかし、27年経った今現在聴くと、かなり印象が違うんですよ。

 私も年をとったし、父親も亡くしてるし・・。  
 当時ガキだった私では、この世界は全く理解できませんでした。

 “フロイド最後の一枚”となるはずだった、ロジャー・ウォーターズの
 亡き父への鎮魂歌でもある「ファイナル・カット」に、よろしくお付き合いを。

   

 「THE FINAL CUT」。 映画の編集段階での最終作業のことを意味するが、
 (このアルバムでは、裏切りや“最期の切り傷(自殺)”も意味する)
 ロジャー・ウォーターズが、前作「THE WALL」プロジェクトの“最終章”として、
 世に送り出したのは、“超私的”かつ哲学的で難解なメッセージ集だった。

 サブタイトルはこう。
 「 ロジャー・ウォーターズによる偉大なる夢への鎮魂歌
                       演奏 ピンク・フロイド 」

 “演奏”って何。  事の内容はこうだ。

 ロジャーの元々の考えは、今作を82年に公開した映画「THE WALL」の
 サウンドトラック盤として発売する予定で、“Your Possible Pasts”など
 数曲はその対象だった。 実際にマスコミには、アルバムの仮題は
 「SPARE BRICKS (スペア・ブリックス)」であると発表しており、
 シングル“When The Tigers Broke Free”のジャケットにも既に記載されていた。

        

 しかし、映画「THE WALL」の監督だったアラン・パーカーとの確執で揺らぎ出し、
 当時のイギリス首相サッチャーへの絶望、そして、勃発した「フォークランド紛争」。
 (英国とアルゼンチンが、マルビナス諸島の領有を巡り、3ヶ月に渡り激しく衝突した)
 これに触発され、それに抗議する意味もあって、当初の構想を方針転換。 
 これが、他のメンバーと意見が対立するはめになってしまう。
 
 実際にリリースされたのは、全く別のコンセプトを携えたアルバムだったワケです。

 テーマは、「反戦」。
 それは、第二次世界大戦に出兵し、戦死したエリック・フレッチャー・ウォーターズ。
 ロジャーの父親に送った鎮魂歌(レクイエム)集だった。

 ロジャーは、既にバンドが辿りついたフロイドとしての姿にうんざりし、
 この作品が自分が参加する最後のアルバムだと考えていた。
 それゆえに「THE FINAL CUT」を、言わば“別れ”のアルバムとして書いたのだ。

 フロイドとの出会いは、このアルバムでした。
 正直、全然わからなかった。 難解の極み。 理解不能。 
 むしろ暗くて、なんかぼそぼそと囁く歌と、やたら効果音だけしか耳に残らず、
 (時折、空間を切り裂くように鋭角的なギルモアのソロには、ゾクッとしたが)
 私に「これが、あのピンク・フロイドなの・・?」と、フロイド入門者の私に
 大きな誤解を招いた作品で、初めは、彼らの中で一番嫌いなアルバムでした。

 ( このアルバムはホロフォニック・サウンドという、
   音を三次元的に捕らえる特殊音響効果(立体音響)で録音されており、
   ヘッドフォンで聴くと、SEが効果的に楽しめる。
   曲の合間に聞こえる様々な効果音が、フロントの2つのスピーカーの外側から
   聴こえるくるような臨場感があった。 突然、飛んでくるミサイルの音を
   最初に 聴いたときは思わず、その方向に顔を向けてしまうほど
   リアルな音場感があった。                       )

         

 今までのフロイドにあって、ここにないもの。 唯一欠落しているもの。
 それは、「大衆性」と、サウンドからイメージを想起させるスケールの大きさだ。
 屈折した空間に、心地よい浮遊感。 これが、「ピンク・フロイド」だろう。
 これがない。  あるのは、ロジャーの私的な空間のみだ。
 そんなフロイド最大の持ち味を、“頭脳”であるロジャーが無視したこと。
 これが、なかなか好きになれなかった。

 実際、「狂気」以降は、フロイドの“頭脳”として、コンセプト・メーカーとして、
 フロイドを全権支配していたロジャー・ウォーターズ。
 だが、フォークランド紛争と、第二次大戦で戦死した自分の父の個人史をリンク
 させる内容は、あまりに悲痛で、プライヴェートで、重苦しい雰囲気だ。

 ピンク・フロイドといえば、芸術性の高いアルバム・ジャケットが印象深いけど、
 例の「ANIMALS」のジャケットに、“Sleeve design by Roger Waters Hipgnosis”
 と勝手に表記して、激怒させて以来、付き合いのないヒプノシスではなく、
 (ロジャー脱退後のフロイドからは、再び復活して素晴らしい作品を提供する)
 ジャケット・デザインはロジャーと、妻のキャロラインの兄弟である
 ウィリー・クリスティによるもので、全体の黒いバックは将校用軍服、
 下段はすべて第二次世界大戦の軍功勲章である。 そして内ジャケにある
 “ロジャーが軍服を着て、映画のフィルム缶を抱えて肩口にナイフが刺さっている”
 写真は、アラン・パーカー監督に対する皮肉だと言われている。
 
      

 ロジャーの色がますます濃くなった、いや、ほぼソロ・アルバムの内容となって、
 プロデューサーには、ロジャーと、「THE WALL」でオーケストラを率いて指揮をして、
 ストリングス・アレンジを担当したマイケル・ケイメンと、スタジオのエンジニア
 だった、ジェイムス・ガスリーの3人がクレジットされた。

 ( このアルバムには、キーボードの故リック・ライトの名前がクレジット
   されていない。 後になって知ったことだが、既に「THE WALL」制作時に
   リックは、ロジャーにバンドを辞めさせられていたようで、
   制作メンバーには、ロジャーとデイヴ・ギルモア、ニック・メイスンの
   3人だけがクレジットされていた。                  )

 「ああ!辞めてやるよ! 俺の名前もクレジットから取ってくれよ!」

 あの温厚なデイヴがとうとうキレた。
 ロジャーの“独裁体制”を嫌って、このコンセプトを激しく非難した。
 「狂気」の頃から、度々音楽的意見の違いでぶつかっていたロジャーとデイヴだが、
 遂に、というか、とうとう激しくスタジオで言い争いになった。

 デイヴが特に気に入らなかったのは、「THE WALL」で出来が悪くてボツにした曲を
 収録しようとした事だった。 しかし、ロジャー自身、前作「THE WALL」で、
 “あまりにも妥協していた”ことから、今回は誰の意見も全く受け付けない姿勢で、
 デイヴやニックも“セッション・ミュージシャン”扱いに・・。
 “performed by pink floyd”(演奏 ピンク・フロイド)ってことです。
 更にデイヴは、最終的にプロデューサーのクレジットも削除されてしまう。


 はっきりいって、ロジャーの個人的アルバムに、無理やり付き合わされていた。
 おまけに、名義は“ピンク・フロイド”にして、勝手に幕を下ろそうとしたワケです。
 

 アルバムが、あるコンセプトで貫かれているならば、全曲を解析の対象にするべきだ。
 とはいえ、実は「THE FINAL CUT」は複数のドラマが交錯する奇妙なアルバムなのだ。
 (当時、全4曲の「VIDEO EP」という19分のショート・フィルムも発表されている。
  監督はウィリー・クリスティで、他のメンバーとの温度差が証明された形となった)

           


 「THE FINAL CUT」は、ロジャー自身が、誕生の直後に戦死した父親に捧げられた
 という名目ながら、奇妙なのは、主人公は戦争を生き残り、帰還した退役軍人である。
 さらに奇妙なのは、そのフィルムの退役軍人を演じた俳優は映画「THE WALL」
 の悪役教師と同じ人物。 それが意味するのは、あの憎まれセンコーの真実の
 私生活を暴くことなのか? 酔っては権力者を皆殺しするさまを思い浮かべたり、
 夜な夜な戦争体験の悪夢にうなされるという実態をさらすのである。

 彼は古女房の尻にひかれ、青年(たぶん息子)の写真をサカナにギネスビールを飲む。
 青年がロジャーに似ていることから、ロジャー自身が父親に代わって戦死し、
 残された父親の気持ちに自分を置くというシチュエーションなのだろうか。

 さらに彼は、“The Gunner's Dream”の中で娼婦を戦死した息子と見間違ったり、
 (この曲は、81年にハイドパークで発生した軍楽隊への爆弾テロについて言及してる)
 “Not Now John”では、日本の少年が自殺するのを目撃してしまったり、
 “The Fletcher Memorial Home”では、歴代の大統領らがゲートボールする屋敷に
 迷い込んで全員射殺したり・・。 
 ( この曲は、ロジャー版“エリナー・リグビー”だ。 亡き父に敬意を表し、
   世界中の無能な政治家を、昔のナチスがユダヤ人にした事と同じように、
   収容所に集めようと提案している。 ここでのデイヴのギター・ソロは秀逸だ。
   アルバム中、唯一デイヴ本人が認めている曲でもある。            )
 全体として、どうも夢遊病者の妄想のようだ。

 しかし、“The Final Cut”で、絶望的現実に気付かされるのだ。
   「 剥き出しの感情をさらすべきだと思った。 
     カーテンを取り壊すべきだと思った。
     震える手でナイフを握り、死ぬ覚悟をした。
     でも、ちょうどその時、電話が鳴った。
     ファイナル・カット(自殺)する勇気は、オレには無かったのさ・・。 」

 戦後の夢のなれの果てを見て彷徨う退役軍人。“英雄の帰還”と戦後の夢は、
 今となっては、すっかり裏切られてしまうのだ。

 戦死したロジャーの父親は教師だった。
 だから、その父親と「THE FINAL CUT」の退役軍人教師を、同一視しているのだろう。

 ひょっとして、幼きロジャーはその軍功勲章を並べて遊んだのではないか。
 父の遺品を発見して、おもちゃにして・・。
 そして、英雄の帰還(The Hero's Return)を、夢見たままのだろう・・。


         

 このように、退役軍人の教師という架空の(または生き残った父親という)キャラクター
 を設定して、その目を通した裏切られた戦後の夢、フォ-クランド紛争をリンクさせて、
 ピンク・フロイドの崩壊を語ってるのである。

 超難解。 複雑だ。  難しいこと書いてしまいました。

 曲そのものは、細かいところまで配慮した丁寧な音作りは評価できる。
 ロジャーの書く曲って、けっこう親しみやすくて、口ずさむことだってできる。
 「難解なコンセプトに、分かりやすい曲の組み合わせ」。
 これも、ピンク・フロイドを“肥大化”させた大きな魅力のひとつだろう。

 ほぼロジャーの私小説で通されてる中でも、唯一バンド・グルーヴが聴けるのが、
 シングルにもなった“Not Now John”だ。 このアンサンブルはさすが。
 ギルモアもリード・ヴォーカルをとって、ロジャーも囁きと絶叫を繰り返す。

 ギルモアの鋭いギター・エッジに、ニックの4分の1拍遅れるモタついたドラム。
 ロジャーの単音で刻むピッキング・ベース。 リックの幻想的な旋律はないけど、
 大袈裟な女性コーラスで固め、“3ピース”でもフロイド・グルーヴは健在だ。
 ただこの曲は、私たち日本人からすると、“日本蔑視”も甚だしいのだが・・。 

         

  (アルバムからのカットで、シングルではリミックスされていて、
   SEと効果音が短くカットされて、歌い出しの最初の歌詞が変更されている。
   「Fuck All That・・(みんなクソくらえ)」から、
   「Stuff All That・・(みんなくだらねぇ)」にイジってある。     )

 これほどの私的内容でも、これを“フロイドの最終章”と認知されてしまった感がある。

 しかし所詮、私的レクイエムということで、ロックらしい高揚感は全くない。
 これが、フロイドのアルバムとしての、最大の“悲劇”。
 「これで最後。 全部出し尽くした」と渾身の力を振り絞ったいうロジャーの思いと、
 言いなりのまま動かされ、不完全燃焼な「まだまだできる」という他のメンバーの思いは
 全く噛み合わない。 ワンマン否定派ではないけど、グルーヴ感はマイナスである。

 そのため、泥沼の“ピンク・フロイド使用権”の裁判に勝利した、ギルモア中心になった
 「鬱」以降のフロイドをロジャーの言う「精巧にできたニセモノ」という印象、発言を
 ファンに与えるには、充分な説得力、影響力を持っていたのが、的を得てるのも確か。
 (私は、少々違った意見を持ってるんですが、その辺はまたの機会で)
 
 フロイド史上、“最高傑作”と“最低駄作”の2足のワラジを履いたアルバム。

 どちらに転ぶか、感じるかは、ファンである我々が、それぞれの思いで決めればいい。

 私は、その“理解”と”誤解”を補助したにすぎないのだから。
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2010/06/06 Sun. 23:29 [edit]

Category: ピンク・フロイド

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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...あなたはここにいなかった。 

    WISH YOU WERE HERE       PINK FLOYD
              
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      Shine On You Crazy Diamond (Part.Ⅰ~Ⅴ)
                (狂ったダイアモンド 第1部)
      Welcome To The Machine (ようこそマシーンへ)
      Have A Ciger (葉巻はいかが)
      Wish You Were Here (あなたがここにいてほしい)
      Shine On You Crazy Diamond (Part.Ⅵ~Ⅸ) 
                (狂ったダイアモンド 第2部)

 7月7日、シド・バレットが他界した。 享年60歳だったそうだ。
 熱心なフロイド・マニアやサイケデリック・ロックが好きな方々は、
 大いにショックを受けたことでしょうが、
 悪いんですが、私はさほどショックは感じませんでした。(シド、ごめんね)
 人間としての命はあっても、ミュージシャン、クリエイターとしてのシドは、
 悲しいかな、もうとっくに死んでしまってた。
 でも彼の場合は、何か後になってジワジワと影響してきそうな感じがするなぁ。

 このアルバム収録の“狂ったダイアモンド”と“あなたがここにいてほしい”は、
 シドへ捧げたレクレイムだ。
 シドがフロイドを結成し、デビュー当時、フロイドを仕切ってたのもシドだった。
 だから、ロジャーもリックもニックも、ましてやデイヴなんか、
 シドには頭が上がらないんだ。
 シドがいなかったら、“ピンク・フロイド”は存在しなかったのだから。

 サイケデリック・フロイド。
 シドがいた頃のフロイドは、プログレッシブ・ロックじゃなかった。
 私は、別のバンドだと思ってる。
 60年代後半の新世代ヒッピー・ムーブメントの先頭を走り、自由な発想と、
 即興演奏やエフェクトを多用し幻覚をもたらす(ドラッグに見立てる)、
 サウンドと、蛍光色や原始的色彩を融合した照明や映像、デザインなど、
 スウィンギング・ロンドンの“アンダーグラウンド”の雄であった。

 しかし、彼は去っていった。 いや、去らなくてはならなかった。
 ドラッグ過多や不可解な行動など、バンドにはいられなくなってしまったのだ。
 彼のフロイドの墓碑銘となった「神秘」のラスト曲、
 “ジャグバンド・ブルース”で、こう歌ってる。
  「僕のことを思ってくれてるなんて有難いことだよ。 感謝するよ。 
   もう僕がここにはいないってことを、はっきりさせてくれたことに。
   この歌は、いったい誰が書いたんだ・・」と。  皮肉なもんだ。
  
 しかしもっと皮肉なのは、彼が去っていってからのフロイドはロジャーを中心に、
 徐々に幅広い層に人気が出始め、「狂気」でピークを迎え、更にどんどんと、
 肥大化していくのだ。
 そんな「狂気」の爆発的大成功と達成感による、虚脱感とプレッシャーの中、
 この「炎~あなたがここにいてほしい」を苦労の末、完成させる。

 もともとは、シドに捧げるアルバムなんかではなかったと思う。
 偶然の産物というか、必然の流れだったのではないかな。
 「狂気」で、やりたいことをすべてやり切ってしまったら、
 したたかな彼ら(特にロジャー)でも、原点に立ち返るということは、
 ごく自然の流れであろう。
 ここでの、“シド”というキーワードは、進化、巨大化し続けてきた彼らが、
 初めて一歩後退し、自らを見つめ直したアルバムではなかろうか。

 この曲のミックス・ダウンの際に、シド本人がスタジオに現れるという、
 あまりにも、ドラマなエピソードが有名だけど、
 ギルモアのギターがむせび泣く“狂ったダイアモンド”は、ある意味では、
 疲労の極限まで達していたメンバーが、現実逃避するかのごとく、
 社会や外部とのプレッシャーに押しつぶされないように“逃げる”曲を、
 歌うことが必要だったと思うし、
 アコースティックのリフが印象的な“あなたがここにいてほしい”で歌われる、
 シドへの憧れは、今までの彼らとは違う、“人間味”があふれている。

 そういう意味でも、このアルバムは、“皮肉”のアルバムだ。
 これを境に、彼らはバランスを崩し始め、
 民主的なやり方を維持できなくなっていき、
 “ロジャー絶対主義”にシフトしていってしまうことになる。
 シドを完全に超えたロジャーはエゴと才能を糧にして、
 そして、ロジャーから引き継いだギルモアも絢爛豪華に、
 フロイドを、これ以降もますます肥大化させていくのだ。

 このアルバムの秀逸なヒプノシスのアート・ワークに反映されている、
 4元素(天、地、火、水)は、この場にはいない人間を象徴したものだ。
 表の握手している男は、燃えてても熱さを感じていないし、
 裏の砂漠の男は、顔や腕がないし、中のたなびくスカーフの下には、
 全裸の女性が隠れているし、絵ハガキのダイブする男は、水しぶきがない。
 
 もうあなたは、ここにいなかったのだ。
 シドへのレクレイムは、最後の決別の言葉だったに違いない。
 しかし、“本当に”決別してしまった今、
 直接ではなくも、ジワジワと彼が残した遺産の大きさがわかってくる気がする。
 
 ダイアモンドよ、永遠に輝き続け。

2006/07/16 Sun. 20:06 [edit]

Category: ピンク・フロイド

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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月の裏側で狂人は薄ら笑う。 

    THE DARK SIDE OF THE MOON      PINK FLOYD

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          Speak To Me (スピーク・トゥ・ミー)
          Breathe In The Air (生命の息吹き)
          On The Run (走り回って)
          Time (タイム)
          The Great Gig In The Sky (虚空のスキャット)
          Money (マネー)
          Us And Them (アス・アンド・ゼム)
          Any Colour You Like (望みの色を)
          Brain Damage (狂人は心に)
          Eclipse (狂気日食)

 1969年7月、人類は初めて月に降り立った。
 そして、アポロ11号は、世界の新時代を告げる幕開けとなった。
 しかし、人は皆こう思っていたのでは。
 「月の裏側には何があるんだろう」と。
 それは、月に未来への希望を抱いたと同時に、
 これから先の不安と恐怖の両面を感じていたに違いない・・。

 ジャケットには、タイトルもバンド名もない。
 ヒプノシスがデザインした不可解なカヴァーは、シンプル・イズ・ベスト。
 暗い月の写真や絵など、ありきたりなイメージは避けたかったそうだ。
 プリズムを通した虹の7色の内6色(紫は見にくい理由でカット)は、
 不思議な磁力と謎めいたオーラを、30年以上たった今でも放ち続ける。

 ストレスと疲労。
 現代人が、生きていくためには必ずつきあっていかなくてはならないもの。
 生きる意味、老い、死、労働、戦争、そして理性を失った心・・。
 ロジャー・ウォータースは、月の暗黒面を人間の深層に例えて、
 心の奥底に潜む裏側を探求して、見事に暴きだす。

 今までのフロイドにあった、幻想的かつ難解な構造美とは違い、
 曲は、至って分かりやすく親しみやすい。 限りなくポップだ。
 聴き手は、簡単な英単語で提示させるため、イメージが喚起しやすいし、
 効果音とエフェクトを含めた音像処理によって、
 よりイメージは、具体化される。

 「I've been mad for fucking years・・」
 (もうずっと前から、狂っちまってるのさ・・)
 心臓の鼓動に混じった、このつぶやきを耳にした時から引きずり込まれ、
 すべての神経を集中して、最後の鼓動まで聴き入ってしまう。
 この傑作は、曲を粒単位ではなく、全体で一曲と考えた方がいいだろう。

 追い詰められるように宙を舞うシンセループは、駆けずる足音や、
 プロペラの音を絡めて、脳の中をグルグル回り、
 絶妙のタイミングで鳴るけたたましい目覚し時計から、
 アナログ・リズム・ボックスによる秒針音は、置き去りにするように、
 老いるまで刻々と時を刻む。
 そして、死を恐れるのか、発狂したかに女性は叫びまくる。

 巨万の富を得ても、人間なんてまともなものに使うことなどなく、
 とどのつまり、人もお金も戦争に使ってしまう始末。
 そう、狂人は誰の心にも宿るもの。 
 だが、皆太陽の下で調和が保たれているのだ。 しかし・・。

 このコンセプトに基づいたトータル性、歌詞、演奏、効果、
 アートワークを含めた、誉れ高き完成度は、奇跡といっていい。
 そして、「狂気」はロック史上最大の総合芸術となったのだ。

 予想以上の大成功と、あり得ないチャート・アクションは、
 未だにロックの金字塔として君臨したままだが、
 これは、「終わりの始まり」でもあった。
 “プレッシャーと疲労”  
 歌った本人自らが、これを実践してしまう結果になってしまうことに。
 何たる皮肉なんだろう。
 太陽も月に侵されていることを・・。

 最後の鼓動に混じって、こうつぶやく、
 「月の裏側なんてありっこないさ・・ 元々真っ暗なんだから」
 こんなオチまでつけて。
          

2005/12/19 Mon. 13:57 [edit]

Category: ピンク・フロイド

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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