スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/-- --. --:-- [edit]

Category: スポンサー広告

TB: --  /  CM: --

top △

アメリカの至宝の“先の長さ”とは裏腹な重苦しさの中で。 

          THE LONG RUN    EAGLES

         

          The Long Run
          I Can't Tell You Why
          In The City
          The Disco Strangler
          King Of Hollywood
          Heartache Tonight
          Those Shoes
          Teenage Jail
          The Greeks Don't Want No Freaks
          The Sad Cafe

 先日、偶然にテレビをつけたら、某国営テレビでやってる、今現在日本の放送局で
 最もクオリティの高いと思う音楽番組「SONGS」で出てました。

 イーグルス。    大好きなバンドだ。  

 失礼を承知なんだけど、“信じられないこと”に、
 いまだに現役バリバリのアメリカン・ロックの雄であり“至宝”でもある彼ら。 
 そういえば、この3月に3大ドームでの来日公演も行われることもあり、今回の
 プログラムにスポットが当たったワケでしょう。  ただ・・、う~ん・・。
 大好きなバンドなだけに、現在のイーグルスには、ちょっと思うこともありまして・・。
 今宵は、久々にイーグルスの話にしようと思います。
 よろしくお付き合いを。

 私が、ロックを意識して学んでいき始めた頃、もうイーグルスは解散していた。

 82年だった。 フロントマンである2人はソロ活動をスタートさせてた。
 グレン・フライ(g,vo)は、1stソロ・アルバム「NO FUN ALOUD」を発表。
 カントリーとR&Bのフレーバーが合わさったソフト・ロックの好盤だったし、
 ドン・ヘンリー(ds,vo)も、1stソロ・アルバム「I CAN'T STAND STILL」を発表。
 シニカルで重みのある渋めのロックを追求していた。 完成度はイマイチだったけど。
 (彼のソロの真骨頂、完成度の高さは、84年の2ndから発揮される)

 なので、私も全盛期のイーグルスは、完全後追い。 後から学んだバンドだ。
 (94年に彼らが再結成して、4つの新曲+ライヴ音源の「HELL FREEZES OVER」発表時が
  私にとって、初のリアル・タイムでのイーグルス体験になった)

 72年のデビューから初期は、カントリー・ロックを背景に美しいメロディとハーモニーを
 武器に、ドン・フェルダー(g)加入後の中後期は、エッジの効いたロック的ダイナミズム
 を追求した、アメリカの夢と相反する黄昏や荒廃を表現した“現実派集団”が、イーグルスだ。

    

 とかく、彼らは76年の彼らの代名詞である「HOTEL CALIFORNIA」が引き合いに出される。  
 当然だろう。  誰の目から見ても、彼らの最高傑作だし、私も5年以上前にコレを
 書いたが、アメリカン・ロックの不滅の金字塔であることは間違いない。

 ただ、なぜか一番印象に残るのが、この事実上のラスト・アルバムだ。
 「THE LONG RUN」。  「まだ道は長いさ」  なんて皮肉なタイトルなんだろう。
 重苦しさ。  倦怠感。  哀愁。  自己批判。
 余分なまでに、“暗さ”が全体を覆う。
 前作「HOTEL CALIFORNIA」での“ロスト・パラダイス概念”を見事に結実させて、
 音楽的にも商業的にも大成功を収めた後、彼らは、周りの過度の期待とプレッシャーに
 打ちのめされながら、3年の歳月をかけて完成にこぎつけた、
 まさに“鷲のスワン・ソング”である。

 リアル・タイムで、このアルバムを手にした当時のファンの期待はハンパではなかった
 でしょう。  待ちに待った、あの「ホテ・カリ」の次回作です。 レコードのA面に、
 針を落とすまでの期待感はマックス・レベルだったに違いありません。

 しかし、ショボいんですよ。  アルバムのタイトル曲でもある“The Long Run”。
 「エッ、これなの?」 期待値の針のレベルがみるみる下がっていったのでは・・?
 とは言っても、さほど悪い曲ではない。 でも、平均点並ほど。
 イントロからジョー・ウォルシュ(g、slide g)のスライドとドン・フェルダーのオルガンが
 実にいい雰囲気を出してて、ポップなメロディーとコード進行で、ドン・ヘンリーのボーカル
 もなかなかのマッチしているし、さりげないホーンの効果もいい。  でも・・。
 これをオープニングに持ってくるのは失敗だったのではと、今聴いても思ってしまう。
 
     

 つくづく、AとBのトップを入れ替えるべきだったのではと思うんですよ。
 オープニングは、グレン・フライをフューチャーした後期のイーグルスらしい軽快な
 ハーモニーと、(クレジットにはないが、あのボブ・シーガーもコーラスで参加)
 ジョーのスライドの絶妙なバランスが素晴らしい、全米No.1ソングにも輝いた
 B面トップのハード・ブギー“Heartache Tonight”を、アルバムの頭に据えるべきだった。
 そうすれば、ネガティブなこのアルバムの印象もかなり変わったと思うのだが・・。

 前作の大成功から、トップ・バンドとしての重圧とツアーの過酷さから、オリジナル・
 メンバーだったランディ・マイズナー(b)が突然脱退してしまったが、その後任には
 POCOのティモシー・B。シュミットが加入する。 2曲目には、彼の澄んだセンシティブ・
 ヴォーカルが堪能できる名曲“I Can't Tell You Why (言いだせなくて)”が座る。

        

  「 僕が出て行こうするたびに、何かが僕を振り向かせ、引き止めるんだ。
    今までうまくやってきたのに、今は問題をややこしくしてるだけ。
    わからない。  なぜだか理由がわからないんだ・・。        」
    
 シンプル・イズ・ベスト。   素晴らしい。  泣きの極みが冴え渡る。
 良い曲には、余計な装飾は必要としないことを証明しているような曲だ。

 ジョーのオルガンと、フライのフェンダーの旋律に、ドン・ヘンリーの重めの“刻み”に
 ティモシーのベースラインを這わすだけのシンプル構造。  他には何もいらない。
 あの印象深いギター・ソロは意外にも、グレン・フライが弾いてる。
 変に“泣き”が入らないとこも含めて、このチープさ、ドライさ、、危うさが実にいい。
 (ビデオ・クリップやライブでは、ドン・フェルダーがプレイしているが)

 しかし、ラストを締める“The Sad Cafe”こそ、このアルバムのベスト・トラック。
 ドン・ヘンリーの説得力のあるボーカルと、シンプルなメロディに美しいハーモニー、
 エレピとアコギの自然な響きが印象的で、(アコギは、ドン・フェルダーが弾いてる)
 曲のエンディングでフューチャーされてるデヴィッド・サンボーンのサックス・ソロが、
 更に洒落た雰囲気を醸し出している。 当時の彼らが最後の力を振り絞った力作だ。

 自由や希望にあふれたアメリカで、いろんな意味で“夢破れた”かつての若者たちが、
 「俺達は、サッド・カフェに集まる孤独な群衆の一部だったんだ」と過去を振り返る。
 それは当然ながら、「結局は、巨大な音楽産業の一部に過ぎないんだろう」と自らを、
 自虐するメンバー自身にも重なっているワケだろう。

 それ故、楽曲レベルは高い。
 バンドの安定した演奏技術と全員がヴォーカリストであることの強みだ。
 ただ良くも悪くも、この都会化した味わいが、当時のAOR化したドゥービーと揶揄して、
 「イーグルスよ、おまえもか」との声が聞こえてくるほど、見事に洗練されている。


 イーグルスというバンドは、ここで終わって正解だったのだと思う。
 各ソロになっても、イーグルスのスピリッツは継承されていったのだから。


 しかし、94年に彼らは再結成する。   正直、当時は嬉しかった。
 ライブも素晴らしかった。 
 
 アメリカの“伝説(レジェンド)”が生き続ける意味。
 それは、消失した“大いなるカリフォルニアの夢”を再確認して、
 その魂(スピリッツ)を受け伝えていくことだ。

 この「THE LONG RUN」時のメンバーで、彼らは現在も活動している。
 でも今は4人しかいない。  ・・・。  ドン・フェルダーがいないのだ。

   

 残念だ。   これは痛い。  痛すぎる。

 彼は2001年にクビになり、これが、現在まで訴訟問題に発展してしまってる。
 イーグルス側の理由は、「音楽的に貢献していない」という何とも“不可思議”な
 理由だけど、ガマンならないホントの理由は“ギャラの配分”だ。

 どうも、再結成後のイーグルスってバンドは、フライとヘンリーが支配していて、
 ギャラの配分も、解散前は全員均等の5等分だったのに、印税やライブ等のギャラは
 フライ、ヘンリーの3分の1しかないらしく、フェルダーは準メンバー程度にしか考えて
 ないらしい。(ジョーはもう少し取り分があるだろうけど、ティモシーも同等なんだろう)

 コレ、ほんと悲しい。  バンド内のこういう話はよくあるけど、やっぱ悲しい。

 イーグルスは、バーズやバッファロー・スプリングフィールドから始まったカントリー・
 ロックの流れを受け継いだ最後の直系のバンド。  そこに、3rd「ON THE BORDER」から
 フロリダ出身のドン・フェルダーが加入して、カントリー・ロックだったイーグルスに、
 サザン・ロックのテイストを持ち込んで、スケールの大きいアメリカン・ロックに
 押し上げた立役者で、マンドリンやペダル・スティールに、スライドやアコギまで
 自在に操る職人的ギタリストだ。 (バーニー・リードンを追いやった男?でもある)

 様々なギター・スタイルに通じ、計算されたメロディックなフレーズを生み出す
 ドン・フェルダーと、ジョーのスライドをフューチャーさせて、ヘヴィーなリフと 
 ドシンと重たいビートで、メリハリの効いたロックのダイナミズムが増したサウンド
 で固めるという、(後期のエッジ・ロックを確立させたビル・シムジクのサウンド・
 メイキングはもっと評価されていいと私は思うが)
 これは、初期にグリン・ジョンズが残響効果を多く使ったエフェクト処理をしていた
 アコースティックでナチュラルなカントリー・ロックとは、真逆のサウンド。
 だから、後期のイーグルスを“別のバンドだ”と批判する諸氏も多い。

 しかし、あまり知られてないけど、あの“Hotel California”の実質的ソングライターは、
 フェルダーなのだ。  故に、どうも過小評価されていることが解せないのだ。
 
 再結成後は、ライブ中心に活動していたが、2007年になんと28年ぶりの新作もリリースした。
 「ここで新作を出す意味があるのか」とも思ったけど、2枚組の力作だし、良質の安定した
 円熟味、貫禄と余裕にあふれるアメリカン・“オヤジ”・ロックが堪能できる。

  eagles long

 でも言いたくないけど、あれは“駄作”。  全く必要性を感じない。
 悪いアルバムではないけど、いらないアルバムだ。

 楽曲レベルが平均的なのは許すが、1曲でもいいから“キラーチューン”が欲しかった。
 足らない。  フェルダーの必殺リフや印象的フレーズがないのだ。 
 いかに彼が大事だったのか、皮肉にも証明したようなアルバムになってしまってる。
 4人のソロの寄せ集めみたいだし、富も名声も築き上げた晩年のイーグルスには、
 緊張感も切迫したメッセージもない。  コレは仕方ないんだけど。
 
 
 その時、その時代の風潮に、自分達の人生や生き様に決して背を向ける事なく、
 “音楽”を通じて世に説いてきたイーグルス。

 人間や社会の、そして自分達の“内なる無常”を見据えてしまった彼らは、
 その“やりすぎ”なくらい音楽に真摯な態度で向き合い、こだわり、
 そして、生きていく勇気を与えてきた。  それは、単なるアメリカン・ロックの
 雄としてではなく、その事実が、別格な存在にまで高めた最大の要因であり、
 いつまでも、人の心や魂を打ち続ける原動力となっているのだ。

 だから、再結成は意味があったと思う。  が・・。

 イーグルスは、「THE LONG RUN」で、終ったことを忘れてはいけない。
スポンサーサイト

2011/01/19 Wed. 14:03 [edit]

Category: アメリカン・ロック

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

TB: 1  /  CM: 4

top △

テンガロン帽子にサングラスとヒゲの、荒くれ者3人組。 

             ELIMINATOR    ZZ TOP

           

            Gimme All Your Lovin'
            Got Me Under Pressure
            Sharp Dressed Man
            I Need You Tonight
            I Got The Six
            Legs
            Thug
            TV Dinners
            Dirty Dog
            If I Could Only Flag Her Down
            Bad Girl

 突然ですが、私は“3ピース・バンド”が大好きだ。

 ロックで言う、いわゆる3人組。 (パワー・トリオなんて言い方もされる)
 ギター、ベース、ドラムスを各自担当し、それにヴォーカルも兼ねる。
 必要最低限のバンド編成だ。   

 好きな理由は、各自の技量、テクニックを出し合い、音像を築き上げていくという
 実にスリリングなとこ。 3人の責任が明確なんだ。 それもギリギリで。
 ごまかしが通用しないし、プレイヤーの表現能力によって、カッコよくもダサくもなる。 
 音に隙間が出来やすくなるけど、この“せめぎ合い”が、バンド・グルーヴを生み出す。
 難しいんだけど、“一番バンドっぽい”じゃないですか、トリオって。

 好きな3ピース・バンドは、古く遡ると、クリームに、ジミヘン・エクスペリエンス、
 ベック・ボガート&アピス。 ポリス、ジャムに、ラッシュ。 変則だけどEL&P。
 ダンサブルなとこじゃ、シック。 ヘヴィーなとこなら、モーターヘッドもそう。
 みんな凄いバンドでした。 とにかく個性的で、めちゃくちゃ“上手い”奴らばっか。

 でも、私がイチオシするのは、テキサス出身の荒削りなロックンロール・ブギー3人組。
 ZZ TOP。  テンガロン帽子にサングラスに長いヒゲ。 
 胡散臭くも、このオヤジども“タダもの”じゃありません。
 今宵は、この“Rough Boy(荒くれ者)”に、よろしくお付き合いを。

  

 ZZ TOPの凄さを説明するのは本当に難しい。  伝わるかなぁ・・。

 結成は古く1969年。 テキサス州ヒューストンで活動していたローカル・バンド
 「THE MOVING SIDEWALKS」のギタリストだったビリー・ギボンズは、新バンドの
 オーディションを繰り返していた。
 ある日、同じくテキサス州ダラスでは、少し有名だった「THE AMERICAN BLUES」のドラマー、
 フランク・ベアードがオーディションに参加し合格。 フランクは、元バンドメンバーの
 ダスティ・ヒルをベーシストとして薦めて、ダスティも加わり、3人が揃った。

 こうして揃った3人は、初セッションで意気投合。 ブルース・ジャムを繰り返し、
 それが延々2時間以上も続き、その音楽性と人間性、そしてジョークセンスに多くの
 共通点を見出していった。
 ビリーが「この時、ただならぬものを感じた」と語られた、このセッションにより
 「ZZ TOP」が誕生。  40年以上経った今でも、メンバーチェンジすることもなく
 活動を続けている。

    

 彼らが広く注目され始めたのは、73年の3枚目のアルバム「TRES HOMBRES」あたりから。
 “La Grange”が全米41位のスマッシュヒットとなり、初のプラチナアルバム(最高8位)
 になった。 ちょうどその頃から、 ストーンズのツアーの前座を務め、そのブルースベース
 のハードブギーが多くのロックファンの目に止まり出したのもヒットの要因だろう。

 同アルバムは、今でもライブの定番となっている “Waitin' for the Bus”や、
 “Jesus, Just Left Chicago”を収録しており、ビリーはこれを「一番好きなアルバム」
 と語ってることから、 「TRES HOMBRES」は、これからのバンドの方向性をも決めた
 重要なアルバムとなった。

 (初期のビリーのレスポール・サウンドも一筋縄ではいかないトーンだ。
  特にあのパーリーゲイツ(59年製レスポール・スタンダード)の音が凄まじい。
  アンプは何か分からないけど、チューブアンプに直で繋いだレスポールの音が堪能できる)

   

 勢いに乗る彼らは、75年の「FANDANGO!」で、初期の彼らを代表する曲 “Tush” を
 初のシングル・トップ20にチャートインさせ、ツアーでは、テキサス大学記念スタジアムに
 おいて80000人(!)という観客を動員して、大成功を収める。
 他にもLAやアトランタ、ニューオリンズなどで、数万人規模のスタジアムを次々と
 ソールドアウトにし、ZEPやストーンズの持つ動員記録を次々と塗り替えていった。

 ZZ TOPは、偉大なる“ライブ・バンド”であるとも言われる。
 ライブで最も収益をあげたバンドとも言われているし、それまでにライブで共演したバンド
 たちも、前座時代は、ジミヘン、ジャニスやアリス・クーパーに、スライ、そして、
 ストーンズでドカ~ンと注目されて、メジャーになってからも、ディープ・パープル、
 サンタナ、エアロスミス、ボン・ジョヴィと凄い顔ぶれであるけれど、 彼らの前では
 “色褪せて”見えてしまうということで、そのために、トリを務めることが多かったらしい。  
 これも凄い話だ。

 正直、日本じゃ想像が出来ないくらいに、彼らの人気は当時から凄まじかったワケです。

 ただ、悲しいかな、これだけライブで大成功しても、全米を股にかけるような
 メジャー・バンドとしてよりも、当時は“サザン・ロック”の旗手という程度の認識で
 片づけられがちだったのも事実。 サザン・ロックは、イーストやウエスト・コースト・
 サウンドと比べられると、ローカルで、どうしてもマイナーなイメージということで、
 日本での“取扱い方”も薄いモノだったのも、我が国での“認識不足”に影響してるのだろう。

 しかし、83年に発表した「ELIMINATOR」は、そういった状況を打破したアルバムでもあり、
 無骨な感じを受ける“テキサス・ブギー”とポップ・センスを融合させて、新境地を開いた
 という、彼らがメジャー・バンドとしての地位を確立したアルバムでもある。

 初期の作品は主にブルース寄りで、ギターにもそれほどエフェクトはかかっていなかった。
 それはそれで渋くて良かったけど、「ELIMINATOR」からサウンドが劇的に変化する。
 昔ながらの“ブルースをベースにしたハード・ドライヴィング・ブギー”のスタイルに、
 シンセを絡めて、シーケンサー(シンセを自動演奏する装置)も導入して、
 良くも悪くも、万人受けするポップ寄りな“80'sロック”で、MTV戦略も利用して、
 “売れるハード・ブギー”で大盛り上がりするワケです。

  

 アルバム・ジャケットや、謎の美女軍団で疾走するPVでもお馴染みだったのが
 この33年型のフォードの3ウインドウズ・クーペをベースにしたカスタムロッダーだ。

 コレ、憧れたなぁ。  カッコよくて。  これを“廻して”ハイウェイかっ飛ばせたら
 なんて思ってたっけ。
 まさに、最高のホッドロッド・サウンド。 ハード・ドライヴィング・ブギー。
 ドライバーの為のアルバムといっていいくらい、
 その爽快で小刻みなビート感とハードな疾走感のハーモニーはアクセルを全開にさせる。

 (当時このアルバムは、全米で600万枚ともいわれるくらいに売れまくったけど、
  そのセールス内容は、ハイウェイにあるドライヴ・インやガソリン・スタンドで
  販売してたミュージック・テープ(カセット)で、セールスの半分以上を占めていた)
  
 まずオープニングの“Gimme All Your Lovin'”が、このアルバムの魅力を凝縮した曲だろう。
 個人的には、ビリー・ギボンズのキュンキュンと響かす、独特のピッキング・ハーモニクスや
 フィンガリングのタッチがもろに伝わってくる感じが、アルバム中、一番堪能できる曲だと
 思うけど、フランク・ベアードの躍動感あふれる粒の整った正確なドラミングと、
 ダスティー・ヒルのタイトで重戦車のようなリズムを刻むベースも凄い。
 これぞ、スリー・ピースの醍醐味。 分かりやすいんですよ、彼らって。
 
 続く“Got Me Under Pressure”に、2ndシングルの“Sharp Dressed Man”と立て続けに
 豪快なノリとパワフルなブギー・チューンで、フル・スロットルで快走する。

          

 そして、初の全米チャートTOP10入りして、ビッグヒットになった必殺キラー・チューン
 “Legs”だ。  シンプルなロックンロールを基本にしたストレート・ブギーなんだけど、
 めちゃくちゃカッコいい。 ズバリ、“踊れるホットロッド”として、ダンス・ミックス
 もあるが、私はシンセを強調して、ギターをリアレンジしたシングル・バージョンより、
 軽快な3ピース・アレンジのままの荒削りなアルバム・バージョンの方が好きだ。
 毎日イジメられてた健気な女性を、ZZ TOPとカスタムロッドで現れる謎の美女軍団が
 “お助け”するという、なんともベタで超お約束的な展開なんだけど、ついつい
 見入ってしまうPVも、MTVでヘビー・ローテーションで頻繁にかかっていたのを
 覚えている。 
 (やたら脚の綺麗なお姉ちゃん達ばかりじゃなく、彼らの演奏場面で、毛皮で覆った
  ギターやベースをクルリと回す、お得意のパフォーマンスも印象的だった)

      

 マイナーな曲もあなどれない。
 ダスティがリード・ヴォーカルをとるスピード感あふれる“I Got The Six”、“Bad Girl”、
 シンセで泥臭さを消して洗練させ、ビリーのギター・エフェクトが絶妙な“TV Dinners”、
 4曲目でスピードを安定させる、アルバム中、唯一彼らのブルース魂が堪能できる
 “I Need You Tonight”、“If I Could Only Flag Her Down”でテキサス・シャッフル炸裂
 など、スピード狂、ドライヴ好きのご用達満載の曲で埋め尽くされてる。

 あと、バンド誕生以前から、彼らに深く関わり、彼らを知るにおいて忘れてはならない、
 もう1人の人物が、プロデューサーのビル・ハムだ。
 彼は“4人目のZZ TOP”とも呼ばれ、ファースト・アルバムから、97年の「RHYTHMEEN」まで
 のアルバムのプロデューサーであり、初期には作曲者としてもクレジットされている。
 バンドを売り込むために、地道なライブ活動がベストと考えて、地元テキサスを中心とした
 連日連夜のクラブサーキットを決行し、大物バンドの前座にも売り込んでいったもの彼だ。

 恐るべき“不変魂”。
 このアルバム以降、シンセやテクノ・ビートを多用し、打ち込みが目立つ作品があるも、
 このオヤジどもにとっては、何の変化でもなく、根本的にはたったの3人で地を這う
 グルーヴを生み出し、鉄板のごときタイトさで最高のブルースやドライヴィング・ブギーを
 繰り出し続けているだけなのだ。

 今年6月に行われた、クラプトンが主催する第3回目のクロスロード・ギター・フェスティバル
 に、“トリ”を務めた2004年以来出演し、未だにその影響力は絶大だ。

  zz-top 4

 泥臭いテキサス魂と、ライブで培われた男気に満ちた圧倒的パワーを感じろ。
 
 やっぱ、このアルバムは、エンジンがかかってるのか分からないような静かで大人しい
 プリウスみたいなエコカーじゃ、似合わない。
 排気量がデカくて、燃費の悪そうな車で、エンジン音とアクセル音が適度に混じり合った 
 シートの中でのBGMが一番よく似合う。
  
 でも高速道路を走る時はコレを聴いちゃいけません。 事故ったら元も子もありませんし。
 ただ、コレ聴いて、スピード上げるなってのが無茶ってもんですけど。

2010/09/12 Sun. 09:59 [edit]

Category: アメリカン・ロック

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

TB: 0  /  CM: 6

top △

天高く駆けるスライドの遠吠えと、ちらつくマイルスの影。 

      AT FILLMORE EAST  
           THE ALLMAN BROTHERS BAND        


         

       Statesboro Blues  ステイツボロ・ブルース
       Done Somebody Wrong  誰かが悪かったのさ
       Stormy Monday    ストーミー・マンデー
       You Don't Love Me  ユー・ドント・ラヴ・ミー
       Hot 'Lanta       アトランタの暑い日
       In Memory of Elizabeth Reed
                  エリザベス・リードの追憶
       Whipping Post    ウィッピング・ポスト

 
 もし神様が、一人だけギタリストを生き返らせてくれるという願いを
 叶えてくれるとしたら、あなたは誰を願うだろう。


 数多くの偉大なる天に召されたギタリストがいる中でも、
 私は、迷うことなく彼を神に願う。  

 デュアン・オールドマン。 
 史上最高の天才“白人”スライド・ギタリストだ。
 ロック・シーンにおいて、スライド・ギターに確固たる地位を認識させ、
 定着させて、多大な影響を与えたのは彼だろう。

 
   
 通称“スカイ・ドッグ”。  まさに“空に吠える犬の遠吠え”の如し。
 デュアンがセッション・ギタリストだった時、そのギター・プレイを見た
 ウィルソン・ピケットがこのアダ名を付けたという。
 エルモア・ジェイムス譲りのセンスを、黒人ブルースマンに全く負い目を
 持つこともなく、ハードに、ヘヴィーに、ノイジーにブチかましまくる。

 微妙にフラットした音程で絶妙な指さばきでの、音の溜め方といい、
 低音から高音へと、グイ~ンと競り上がる瞬発力といい、これが妙技。
 キュィ~~ンと上げといて、ピークのとこでスロー・ダウンさせるような、
 「究極のジラしテク」なんかたまりません。 “快感”そのもの。 

 しかし反面、表現豊かに緩急つけて、そこはかとない哀愁も漂わせつつ、
 直径3センチ、長さ6センチの風邪薬の瓶を自在に操る“魔術師”だ。
 その天才プレイは、“神様”と呼ばれることに苦悩していたクラプトンに、
 更なる大きなプレッシャーをかけ、極度のスランプに追い込んだほどだ。

  デュアンとクラプトンは相思相愛でした。 しかし、運命のいたずらか、
  あの悲劇の名盤「LAYLA」の誕生に繋がっていくわけです。 
  その辺の話は、近いうちに、またじっくり書きたく思っております。     


 ちなみに、スライド・ギター(ボトルネック奏法)とは・・。
  普通右利きの人がギターを弾くには、ネックに沿わせた左手の指で
  弦を押さえ、右手でピッキングします。(ピックや爪弾きで) 
  で、問題は左手です。 
  普通は指で出したい音、コードを選んで弦を抑えるんだけど、
  昔ブルース・ギタリストの多くが、ガラス瓶やバーボンの酒瓶の
  首の部分を切り取って指に差したり、ナイフなんかで滑らせて、
  弦の上の抑えるべき場所にスライドさせて弾きました。 
  これを、スライド・ギター(ボトルネック奏法)と呼びました。
  つまり、ブルースマンご用達のアイテムと奏法で、名手も多い。

     

  70年代以降、数々のロック・ギタリストが、こぞって取り入れて、
  70年代のロック・シーンはまさに、“スライド天国”だった。
  ロックならではのフル・ヴォリュームに、エレクトリック感覚を加えた
  豪快な奏法は、ミュージック・シーンに革命を起こすワケです。


 47年12月8日、テネシー州ナッシュビル生まれ。ギターを手にしたのは
 弟のグレッグで、最初はバイクに夢中だった。 でもすぐに弟に影響され、
 12歳でギターを握り、ブルースのコピーを始める。 すぐに才能が頭角を現して、
 強烈なボトルネック奏法を武器にセッション・マンとして下積みを経た後、
 69年に弟らとオールマン・ブラザーズ・バンドを結成。  メンバーは、

 Duane Allman デュアン・オールマン / ギター
 Gregg Allman グレッグ・オールマン / キーボード、ヴォーカル
 Dickie' Betts ディッキー・ベッツ / ギター、ヴォーカル
 Berry Oakley ベリー・オークリー / ベース
 Butch Trucks ブッチ・トラックス / ドラムス
 Jai Johanny Johanson ジェイ・ジョニー・ジョンソン(ジェイモ)/ ドラムス

 

 スゲえ6人だ。 ツイン・ギターにツイン・ドラム。 最強の布陣。
 (この編成は、デュアンが傾倒してたグレイトフル・デッドに倣ったものだろう。
  それに、デュアンから見た、CREAMでの“失敗”も反映されているのでは。
  頭数を倍にして、簡単に“空中分解”しにくく、音にも厚みを増すことができる)

 11月に同名タイトルでデビュー後、70年末に「IDLEWILD SOUTH」を発表するも、
 スタジオ録音では充分な真価が発揮できないと、大きな不満を持ってた彼らは、
 「ライブこそ俺たちの真骨頂。 ライブこそ本来の居場所。」と、
 レーベル側の反対を押し切り、3枚目はライブ・アルバムを制作する。

 そして、ロック史上最強最高のライブ・アルバムが誕生するわけです。
 
 まず、このジャケット写真。  これが、またいいんです。
 オールマンズのむさ苦しい服装、長髪、ヒゲ、そして、モノクロに隅のレタリング。
 やたら豪快に「ワッハッハ」と親しげに笑う、いかにも南部野郎な面々。
 やっぱ、時代ですねぇ。 独特の雰囲気がここからもプンプン匂ってくる。
 男。男三昧。男だらけ。 これだけ汗臭いジャケ写もあまりないんじゃないの?

 録音場所には、ニューヨークにあるビル・グレアム経営のフィルモア・イースト。
 映画館跡に築いた伝説のライヴ・ハウスで、68年の開店以来数々の名演を残した。
 (しかし、このライヴが収められた少し後の71年6月に閉店してしまう)
 71年3月11日から13日に出演したうちの、12日と13日の演奏が、彼ら一連の
 プロデューサーであるトム・ダウドの監督のもと、テープ収録された。

         

 ここにパッケージされた彼らの素晴らしい演奏は、デビュー以来、絶え間なく、
 休むことのないコンサート・ツアーの間に練り上げられ、磨き抜かれたもの。
 2年で500回以上のギグ。 時には一日4回のライブ。 最低2時間以上の長丁場。
 スゴい。 スゴすぎる。 まさに、叩き上げ。  
 
 この神懸かり的なテクを持つオールマンズは、ブッチとジェイモのドラムスの
 お互い違ったリズムをキープしながら、精巧なギアが絡みつくように刻み、
 独自のグルーヴを生み出し。 そこに、ベリーのベースが重機の爆音のように
 ドラムスを煽りまくり、そこに、デュアンとディッキーのツイン・ギターが
 即興性の高いリズミカルなアンサンブルで、ソロを自由に延々と弾き倒す。

 でも、デュアンのスライドは聴いてすぐわかるけど、スライドの独特な音色を
 はずすと、ディッキーかどちらかわからない。 ディッキーもそれだけすごい
 ソロを弾いてるんです。 そして、ファンキーで重奏なオルガンの音色に、
 まるっきり“黒人声”のグレッグのヴォーカルが、文句なくカッコいい。
 これは、毎晩毎ギグでメンバー間で相当に練り上げ、練習量をとらないと、
 こんな音は絶対に出ない。 芳醇な酒に酔う感覚に似ている感じだ。

 ディッキーは、彼らのライブの魅力をこう言ってる。

 「 俺たちのジャムは、誰が先にソロを取るかまでは決まってるんだ。
   でも、その途中には、何があるかわからないんだ。
   デュアンが弾いてる最中に、ひらめいたラインを思いつくと、
   3~4回は繰り返すんだ。 僕らはその上に何かを作り上げようとする。
   ソロを続けたり、対するラインを弾いたり、ハーモニーをつけたり、
   こんなマジックが生まれるんだよ。 ほんと素晴らしかったね。  」

 13日の2回目のセットは、明け方まで演奏されたという。
 午前4時半にいったん終了するも、アンコールを求め続けた観客に応え、
 またジャム演奏を延々始め、「もっともっと」と叫び続ける観客に、
 デュアンはこう締めた。
 「今晩はもうおしまいだよ。 ほんとにありがとう。
  でもいいかい。もう朝の6時だぜ。 今夜の演奏は全部録音した。
  これが次のレコードになる。 みんなも含んでるからさ。 ありがとな。」

  

 トム・ダウドによると、大半が13日の演奏であるそうだが、
 
 まずは、デュアンのスライドが爆発の“スティツボロ・ブルース”だ。
 冒頭からグレッグのハモンド・オルガンに、デュアンのスライド・ギターが
 粘っこく絡みつき、いきなりオールマン・サウンド全開だ。
 盲目のブルース・マンだった、ブラインド・ウィリー・マクテルの曲だけど、
 デュアンの演奏は神懸かっている。 レスポールとマーシャルが激しくスパーク!
 あのクラプトンさえも“ぐうの音も出なかった”すさまじいスライドだ。
 (エレキの経験があって、なおかつ、スライド奏法をかじったことのある方は、
  きっとこの“神業”に、あきれるか呆然とするに違いないでしょう)

 まるでギターが身体の一部であるかのように“歌っている”。
 ブルース・ハープを彷彿とさせる音色と、遠くにぶっ飛んでいってしまいそうな
 スケールの大きなフレーズの波。 豪快に空を駆けるかのようだ。
 デュアンの相棒のもう一人のギタリストであるディッキー・ベッツも、実は
 端正にラインを織り成してくる隠れた名手なだけに、善戦はしているけど、
 デュアンのスケールがあまりに大きいスライドの前では、影が薄くなってしまう。

 エルモア・ジェイムスの“誰かが悪かっただけさ”を、オリジナル解釈でアレンジし、
 ゲストのトム・ドゥーセットのブルース・ハープのソロがまた渋くキメる。
 T・ボーン・ウォーカーのブルース・カバー曲“ストーミー・マンデイ”も、
 激シブの演奏だ。 グレッグのオルガンも、ジャジーでいい味を出している。
 中盤のソロから、いきなり4ビートになり、本当にジャズっぽくなって、
 スウィングする部分もあり、このバンドの柔軟性とハンパじゃない演奏力が
 “タダモノ”ではないことを示す。

 

 アナログ片面すべて費やしての“ユー・ドント・ラヴ・ミー”では、20分の
 壮絶な演奏を記録している。 特に後半のギター・ソロの独り舞台に、
 ドラムスが乱入してきて、ギターとドラムスの一騎打ちが繰り広げられる。
 (CREAMの“Hideaway”を思い出すけど、コレはそんなもんじゃない)
 力と技のぶつかり合い。 熟練された発想力とアドリブ力。 ハンパない。

 ツアー初演がアトランタで、その日がメチャクチャに暑い日だったことから、
 “アトランタの暑い日”となった即興曲。 これも、それに負けない南部魂
 が炸裂する迫熱のインタープレイに、8分の6拍子の変拍子で畳みかける。

 そして、彼らのタダモノではない演奏力が大爆発するのが、
 インストゥルメンタルの傑作“エリザベス・リードの追憶”だ。
 マイルス・デイヴィス(マイルスもこの時代のフィルモアの常連だ)
 に捧げた演奏といわれているけど、真相はよくわからない。 
 ジャズの要素を取り入れた、この大作は、ロック史上屈指の名演のひとつ。
 オールマンズは、作曲者のディッキーとデュアンの鬼気迫るツイン・リード
 という必殺技で、当日の観客と聴き手である私を完璧にノックアウトする。

 そしてラストは、これまた必殺の“ウィッピング・ポスト”だ。
 デビュー・アルバムでは、約5分で収録されていたこの曲は、
 20分を超える大作として大化けして登場する。 これも完全“狂演”だ。
 やはりスタジオで5分でまとめ上げるなんて土台無理だったんです。
 そして、この「フィルモア」でこの曲は、またもやマイルス・デイヴィスの
 大きな影響が聴き取れる。

    

 曲調は、明らかにマイルスの傑作「Kind of Blue」に収録されていた
 “All Blues”を意識したものだろう。 そして中盤では、当時のマイルス
 の最新作だった「BITCHES BREW」の冒頭部分を引用している。
 当時、彼らとマイルスの接点など、きっとなかったと思ってるんですが、
 おそらくステージで即興演奏を行うので、ジャズ系の音楽も好んで聴いていて、
 ヒントやインスピレーションを養い、ステージではアドリブで曲が展開して
 いったんだろう。  その瞬間を捉えた貴重なドキュメントだ。

 デュアンがギターを弾けばその空間には、強烈な磁場が生まれる。
 デュアン亡き後のライヴ盤「熱風」と聴き比べるとわかるけど、他のメンバー
 のテンションやプレイの密度が明らかに違うように感じてしまう。 
 みんなデュアンのギターに煽られ、ディッキーを始めとするメンバー全員が
 スタジオ盤の何倍もの迫力と集中力で、最高の演奏を聴かせてくれる。

 デュアンの放つオーラが全開となった、この「フィルモア」の誉れ高き理由は、
 決してデュアンのギターだけでなく、そこに核心があるんじゃないだろうか。


 92年になって、これに5曲も追加されて、ショート・バージョンに編集されていた
 曲もフル・バージョンになり、曲順も当時のセットの順に再現して、もともと
 80分だった収録時間が135分(!)になるという「完全版」である
 「THE FILLMORE CONCERTS」が世に登場。 ついでに言うと、現在では
 更に1曲追加されたデラックス・エディションまで発売されている。
 でも私には、このオリジナル・フォーマットがベストだと思ってる。
 

 デビュー以来、ライブに明け暮れ、休む間もなく演奏し続けたオールマンズだが、
 71年秋にようやくバカンスが与えられた。
 10月29日、ベリー・オークリーの奥さんの誕生日にメンバーはベリーの自宅で
 パーティーを楽しんだ。 夕方5時45分。 デュアンが一足先に帰途に着く。
 愛車ハーレー・ダヴィットソンに股がって。 悲劇はその直後だった・・。

 24才だった。  惜しい、あまりに惜しい。 
 誰もデュアンに「イージーライダー」なんて望んでなかったのに・・。
 デュアンの残した音源は余りに少ない。

 もいちど言おう。

 ジミも、ジョージも、ジェシ・エドも、ランディも、レイ・ヴォーンもいて欲しい。
 でも、デュアン。  
 私は一番あなたにいて欲しい。

2010/05/15 Sat. 22:27 [edit]

Category: アメリカン・ロック

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

TB: 0  /  CM: 0

top △

不器用な男の切実なラヴソング。 

      TUNNEL OF LOVE    BRUCE SPRINGSTEEN

            amazonへ

            Ain't Got You
            Tougher Than The Rest
            All That Heaven Will Allow
            Spare Parts
            Cautious Man
            Walk Like A Man
            Tunnel Of Love
            Two Faces
            Brilliant Disguise
            One Step Up
            When You're Alone
            Valentine's Day

 W杯での、SAMURAI達の“走れなかった”姿を観て、
 ほとばしる感情をむき出しに「走るために生まれてきたんだ!」と叫んだ、
 75年の傑作「BORN TO RUN」を書いていたんだけど、
 なぜか無性にこのアルバムが聴きたくなってきてしまい、方向転換。
 (どことなく、切ない気持ちになってきたのかな)
 このパーソナルで、切々と愛を希求する“大人の男”を綴ったこのアルバムを、
 書くことにした。

 星条旗をバックに「俺はアメリカに生まれちまった!」と拳を高く突き上げ、
 歌い叫んだ、力強いパブリックなイメージから一転、
 (この人は、Eストリート・バンドと一度“燃え尽きてしまう”と、
  必ず距離を置いてしまう傾向がある。
  「THE RIVER」(’80)とツアー → 「NEBURASKA」(’82)
  「BORN IN THE USA」(’85)とツアー → 「TUNNEL OF LOVE」(’87)
  「THE RISING」('02)とツアー → 「DEVILS & DUST」('05) )
 自宅にSONYのデジタル機材を持ち込んで、多重録音に挑んだ異色作だ。
 (Eストリート・バンドの面々もちょっと参加はしてるけど)
 
 このアルバムで、彼は主に“結婚生活の苦悩と葛藤”を言及している。
 当時38歳(今の私と同じです)で既婚した彼は、結婚生活という、
 「愛のトンネル」の中で関係を維持し模索していくことの難しさを歌い始めた。
 アルバム発表当時、彼はこう言っている。
  「自分の人生が相手の人生の一部であることがどういうことなのか。
   それは、疑問に満ちて恐ろしいことでもあり、素晴らしく美しいことでもある。」

 ノッケから、ボ・ディドリー・リズムとアコギ一本で、
 「金も名誉も手にしちまったけど、おまえだけをモノにしていない」と歌い、
 次では、「俺は他の奴らより、たくましいぜ」と誇らしげに歌うような、
 男の視点での切り口でアルバムはスタートするが、
 段々と疑念と不安を、切々と告白するような流れになっていく。

 比較的ロックしている「Spare Parts」は、結婚前に妊娠しながらも、
 男に逃げられた女のストーリーだし、次では、幸福な結婚生活を送っていながらも、
 不安に悩む男の話だったり、次でも、「一人前の男のように歩く」という、
 決意を結婚式当日に父に打ち明けるが、不安でいっぱいなのだ。

 タイトル曲のように、結婚生活ってジェットコースターみたいに起伏があり、
 浮き沈みも激しい。 歌詞のように「トンネルの中ではお互い見失ってしまう」ことが、
 多いように思う。 それが「Brilliant Disguise」のように、“仮面夫婦”を装い、
 「One Step Up」では、「一歩進んでも二歩下がってしまう」と反省してしまう。

 この時期の彼の苦悩は、最初の離婚という形になってしまうんだけど、
 基本的に、男という生き物は不器用だ。(私もそうだ)
 自分勝手だしプライドも高いし、常に“上”にいたいし強くありたい。
 だけど、とてつもなく弱い部分もあって、いつもどこかに不安を抱えながら、
 生きている。 それをうまくバランスとってやっていくとこが下手なのだ、男って。

 とりとめのない話になってきてしまったけど、
 けっして結婚生活は苦悩ばかりじゃないし、幸福で素晴らしいものと思う。
 彼の音楽性が、労働者や若者の、あるいは社会の代弁的ロックンロールから、
 このアルバムを境に深みと人間味あふれる作風が増えてくる。
 
 確か、ディランも妻と別れた後、ラヴソングで占められた「血の轍」という、
 傑作があった。
 「DEVILS & DUST」での骨太で奥深い弾き語りを聴いて、改めて思った。
 “真のディランの後継者は、“ボス”だ”と。

2006/06/26 Mon. 15:26 [edit]

Category: アメリカン・ロック

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

TB: 0  /  CM: 2

top △

天才が築くハードな宇宙空間。 

        DON'T LOOK BACK    BOSTON

            amazonへ

             Don't Look Back
             The Journey
             It's Easy
             A Man I'll Never Be
             Feelin' Satisfied
             Party
             Used To Bad News
             Don't Be Afraid

 W杯ばかりに気をとられてないで、更新しないといけないんだけど・・。
 ほんと、マイペースなもんで、ハイ。 (申し訳ないっす)
 ただ、ロック界にもマイペースな人は多々いるんだけど、
 たぶん、この人ほどマイペースというか、とことん納得いくモノができない限り、
 絶対リリースしないという完璧主義者はいないだろう。 
 超寡作ロック・バンド“BOSTON”のトム・シュルツだ。
 (レコード会社に迫られ裁判を持ちかけられても、首を縦に振らなかったという)

 マサチューセッツ工科大出身でポラロイド社の研究員だった超インテリなだけに、
 全部一人でやらないと、気が済まない人なんでしょう。 
 BOSTONはトムのワンマン・バンド。
 曲はもちろん、ギター、キーボードをプレイし、プロデュースから、
 エンジニア、ミキサーまで、すべて彼のコントロールの下に制御されてる。

 これは、彼らのセカンド・アルバムで、私の中ではこれがベスト。
 なんか彼らをプログレ・ハードだの、産業ロックだの言われてるんだけど、
 私はアメリカを代表するギターで織り成すロックンロール・バンドの一つだと思ってる。
 だから、結構デビュー作がベストだっていう声が多い中、
 私は、ロックン・ロール中心に展開するこのアルバムの方が好きだ。

 彼らのベスト・トラックだと思う“Don't Look Back”の心地良いギター・イントロから、
 ハードなツイン・ギターのアンサンブルとブラッドのハイトーン・ヴォーカルで、
 宇宙空間を見事に演出し、“BOSTON号”は地球に帰還してきた。
 そして、ロックン・ロールが基本の爽快な旅が始まる。
 “A MAN I'll Never Be”のような、メロディアスな曲も織り交ぜて、
 このロックン・ロールの宇宙遊泳を堪能できるのだ。
 
 しかし、このアルバム以降は、ご存知の通り、
 リリース間隔が実に8年という超マイペースぶりだ。
 (W杯が4年に一度だから、2大会に一枚のペース!)
 そんなに間を開けたら、忘れられてしまうかと思いきや、アメリカじゃ、
 出せば、大ヒットするというとこなど、カムバック好きなアメリカならでは。

 まして、収録曲がどれも大体10曲程度。
 だから、いくら完璧主義でも、8年もかかるわけがないから、
 たぶん、トムは、レコーディング機材や設備、ギターの録音技術やエフェクトに、
 莫大な時間を費やして、BOSTONのサウンドを追求していたんでしょう。

 メンバーは、トム・シュルツを中心に、バリー・グドローとのツイン・ギターと、
 ブラット・デルプの伸びのあるハイトーン・ヴォーカルと美しいハーモニーとで、
 BOSTONのサウンドの魅力となる“宇宙空間”を創造してる。
 とにかく、さすがに凝りに凝ってるだけ、ギターのメロディアスなラインと、
 エッジに効いたリフの使い方や、アコースティックのさりげない絡み方や、
 キーボードの織り交ぜ方など(シンセはいっさい使用しない主義!)、
 よく聴くと、ハードなんだけど、荒っぽくなく実に繊細で計算され尽くしてる。

 トムの自宅のスタジオには、最新鋭のレコーディング機材が設備され、
 彼が開発した、ノイズを軽減し小音量でも深いディストレーションやコーラスを、
 得られる空間系エフェクター(ROCKMANっていう名称)によるシステムで、
 ツイン・ギターでの効果は絶大だ。
 (ELOでのジェフ・リンは、シンセで“空間”を築いてるのに対し、
  トムはギターで築いてる。 そこが、彼の非凡なとこ)

 話によると、スタジオの温度が常に保たれるような装置を開発したり、
 チューニングをしなくてもいいギターを発明したりしたとか、
 「そりゃ、8年もかかるわ! いいかげんにしなさい!」と、
 つっこみをいれたくなるくらいの、“博士”ぶりだ。

 そのBOSTONのデビュー作と本作が、トム・シュルツ監修によるリマスター盤が、
 ついに発売されることになった。
 あの“凝り性”のトムだけに、アナログ当時の音質がどれだけ変貌しているか、
 是非聴いてみたく思う。

 ロックなんて、“かっこよければ”スタイルや方法なんてどうでもいい。
 ただ長い歴史の中で、時代と共に廃れ、埋没してしまうものもある。
 デビューから約30年近く経とうとしてるのに(アルバムたった5枚だけ)、
 未だに、魅了させられるって、何なんだろう。
 ほんとに、奇特なロック・バンドだ。
 これが、BOSTONの独自性と“不変性”なのかな。

2006/06/16 Fri. 15:55 [edit]

Category: アメリカン・ロック

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

TB: 0  /  CM: 9

top △

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。