ROCKでもない奴。

  40歳音楽バカ。 通称たか兄。 ここは、洋邦、ジャンルを問わず音楽を語る場所。  

土に撒かれた起死回生の花。

       FLOWERS IN THE DIRT     PAUL McCARTNEY

                     amazonへ

                    My Brave Face
                    Rough Ride
                    You Want Her Too
                    Distractions
                    We Got Married
                    Put It There
                    Figure Of Eight
                    This One
                    Don't Be Careless Love
                    That Day Is Done
                    How Many People
                    Motor Of Love 

 今宵は、久し振りにポールのネタでお付き合いを。

 なんか、ポールがあのスタバが新しく設立するレーベルと契約して、
 過去の作品も含めて、今年発売予定の新作も発売されるというニュース。
 なんかヤダ。 
 コーヒーのメニューと一緒に、ポールのアルバムが店頭に並べられるのかなぁ。
 ますますヤダ。
 前作「CHAOS 〜 BACKYARD」と、昨年のビートルズの「LOVE」に対する、
 EMIのプローモーションを含めた仕事のやり方に不満を持ったみたいだけど。
 なんか寂しいなぁ。 
 ポールには、あの“Parlophone”レーベルの称号が一番相応しいと思うんだけど、
 これはどうなるの。 まぁ、EMIを離れるのなら、なくなるんだろうなぁ。
 でも、ポールが決めたことなんだし、 仕方ないんだけど・・。

 さてあなたなら、 ポールのアルバムを3枚選んでと聞かれたらどれにします?

 私としては、デビュー作と「RAM」は、もう永遠不滅の作品なんで、
 あと一枚を何にするかなんだけど・・・。 (たぶんこの意見の人多いかも)
 ウィングス時代の最高傑作「BAND ON THE RUN」も素晴らしい出来だったし、
 ジョンの死後、自らの音楽に真摯に向き合い、S.ワンダーとの出会いも功を奏し、
 ジョージ・マーティンと再び取り組んだ会心作「TUG OF WAR」も捨てがたいし、
 近作としては、アンソロジー・プロジェクトで信頼を勝ち得たジェフ・リンの力も得て、
 完成した“枯れた名作”「FLAMING PIE」も悪くない。
 でも、“生まれるべくして生まれた”、’89年のこの奇跡の大傑作を迷わず選ぶ。

 前にも書いたけど、ポールという20世紀が生んだ奇蹟のメロディーメイカーは、
 過去に珠玉の名曲を数多く生み出してきたんだけど、その人間性もあってか、
 波もあって、時には目も当てられない駄作も作ってしまう。
 (それも、なんか人間臭くて、憎めないんだよなぁ・・。)
 だから、“良い曲”がどれだけそのアルバムに詰められたかで、
 ポール本人も含め、評価されてきたと思う。

 「RAM」は、ほぼ捨て曲なし。 ビートルズ以降の彼の音楽スタイルの、
 プロトタイプともいえる基本の曲群で固められている。
 逆に「McCARYNEY」は、どうでもいい曲が散りばめられている中でも、
 その穴を埋めて余る珠玉の名曲3曲がその存在感を決定づけている。
 そして、この奇跡の大傑作「FLOWERS IN THE DIRT」は、
 エルヴィス・コステロとの“化学反応”の凄まじさが顕著だけども、
 ポール単独の作品も、甘さ控えめで、レヴェルの高い曲がズラリと並び、
 複数のプロデューサーを使い分けるも、バラつきがなく統一感があるのは、
 とにもかくにも、すべて“良い曲”で埋め尽くされているからだ。

 ポールにとって、80年代は不遇の時代だと世には言われているけれど、
 私は、“ビートルズへの回帰”のための試行錯誤の時代だと思ってる。
 やっぱ、この人には真のパートナーがいないとダメ。
 キチンとモノが言える人がいないと。 ジョンみたいな。
 そんな意味でも、エルヴィス・コステロとの出会いは本当に大きかった。
 (おまけに、2人ともリヴァプール出身だし)
 互いに顔を突き合わせて、意見しアイデアを出し合い、そして笑い、
 又は衝突したり、そして盗んだりと。
 このセッションで生まれた11曲は(その内4曲がこのアルバムに)、
 その後の2人のアルバムにそれぞれ収められることになるけど、
 “仮想ジョン・レノン”という言葉は、コステロには失礼なくらいに、
 ポールに刺激を与えてくれたことが、この大成功に繋がった。

 復調の兆しを感じたのは、87年のシングル“Once Upon A Long Ago”の、
 B面になった“Back Of My Feet”を聴いた時だった。 
 コステロとの共作が初めて世にお披露目した曲でもある。
 おまけに、なんとプロデュースはあのビリーを手掛けたフィル・ラモーン。
 “Once Upon A Long Ago”なんかベストに入れないで、
 こっちをベストに入れるかA面にしたら良かったのにと思うくらいに、
 躍動感いっぱいの元気が出てくるような良い曲だった。
 (現在は、このアルバムのボーナストラックで聴けますぞ)

 第1弾シングルの「マァ〜ブレ〜・マァ〜ブレ〜♪」のかけ声一発、
 コステロに進言されて再び握ったヘフナーのベースがグイグイ引っ張る、
 “My Brave Face”を聴くたび、曲展開もアレンジもだけど、
 ミドルエイトでのマイナー進行の部分なんか、「これビートルズじゃん」と、
 思わずニンマリしてしまうし、(おまけにギターもリッケンバッカーだ)
 “You Want Her Too”なんて、コステロとの立位型ヴォーカルなんて、
 まるで現代版“She's Leaving Home”みたいだし、
 (最後にビッグバンド風で終わるとこなんて、もろコステロのアイデアだろうなぁ)
 “Don't Be Careless Love”みたいな屈折ポップやニッキー・ホプキンスが、
 ピアノで参加した“That Day Is Done”のクラウディな雰囲気など、
 化学反応の凄まじさを感じさせられる。
  
 ポール主導で共同プロデュースしたトレヴァー・ホーンやミッチェル・フルーム、
 デヴィッド・フォスターらを曲ごとにうまく使い分けたことも成功。
 特に、うまくまとめたエンジニアのニール・ドフツマンの技量は大きい。
 (フォスターとやった“We Got Maried”は素晴らしい出来。
  スパニッシュ風からシンセ展開、そして、デイヴ・ギルモアのギターが、
  曲全体の空間を覆う構成なんか見事。)

 そして何といっても、ポールにとって一番大きかったことは、
 ロビン・マッキントッシュ(g)やヘイミッシュ・ステュアート(g、b、vo)らといった、
 信頼できるバック・メンバーと出会えたことだと思う。
 このワールド・ツアーの大成功(やっと、初来日公演も)は当然だった。
 (第3弾シングルの“Figure Of Eight”は、トレヴァー・ホーンとやった、
  やや無機質なアレンジよりも、このバックらと録り直して、
  ボブ・クリアマウンテンがリミックスを手掛けた、
  シングル・ヴァージョンの方が、数倍カッコイイ。)
 
 なんか全曲解説みたいになってきてしまったんだけど、
 こういった様々な要素がプラスとなって、ポールは、
 「いいアルバムを作り、いいバンドを組んだ。」
 この意義は大きい。
 私は、このアルバムがなければ、現在も意欲的に新作を発表し、
 ツアーに出て、70年代には、あれほどためらっていたビートルズの曲を、
 惜しげもなく披露する姿などなかったのではと思っている。

 あれほどの才能を持ちながら、これほどアップダウンのある人もいない。
 しかし、栄光と挫折を繰り返しながらも、己の才能だけで切り抜けてきた、
 とてつもないモンスターでもある。

 ビートルズへの回帰の下、生まれるべくして生まれた大傑作。
 モンスター伝説は、今も現在進行形だ。  

“なすがまま”のありのまま。

      LET IT BE (映画) <1970年 英>    THE BEATLES

                       
 
 やばい。 なぜか、ビートルズ熱が冷めない。
 なんでだろ。 なんで今?
 来日40周年が近いとか、CAPITOLシリーズの第2弾とか、
 未だに話題は尽きない彼らだけど、これらにソワソワしてるワケじゃないんだけど。
 なんなんだ、一体。

 ということで、今回もビートルズで参ります。

 ただ今回は趣向を変えて、彼らの公式フィルムの中で、唯一絶版になって久しい、
 映画「LET IT BE」を取り上げてみたい。
 (現在は、ブートで比較的楽に入手することができますが・・)
 たぶん、ロック史上最もバンドの人間関係を露骨にさらけ出した映画だろう。
 これは、マジに涙出てきそうになる。
 悲しくて。 
 あんなに輝いてた彼らが、なんでこんなになっちまったのかと。
 
 この映画は、ホワイト・アルバム製作の際バラバラになった彼らの心を取り戻そうと、
 ポールが「結成当時のシンプルなロックン・ロールに立ち返ろう」を旗印に、
 ライブ一発録りで、オーヴァーダブやエフェクトは一切なしで、
 再び結束を模索した、いわゆる“GET BACK セッション”を淡々と記録したもの。
 
 しかし、ポールの思惑とは裏腹に(空回りというか)、残念なことに、
 メンバーの協調性を欠いた、感情のもつれを描いたドキュメントになってしまった。
 ただ唯一の救いは、アップル・ビル屋上でのルーフ・トップ・コンサートだが・・。
 (結果として、4人最後のステージとなってしまった)

 まずは、69年1月2日から14日までのトゥイッケナム・スタジオでのセッションだ。
 これは、いろんな意味でも“凄い”セッションだ。
 ポールが、全然ノリ気でないジョンとジョージらを無理やり参加させて、
 だだっ広いスタジオの中央にセットを組んで、リハを始めるが、
 レパートリーをただ爪弾くだけのダラダラとした演奏が延々と続けられた。

 映画は始まってすぐ、やばい空気が漂い出す。
 ポールの“Maxwell's Silver Hammer”を繰り返すとこなんて、
 ジョンもジョージもそっぽ向いて、全くやる気なしだし、
 “Two Of Us”の初期ヴァージョンはロックン・ロールだけど、
 一つのマイクでジョンとポールはただふざけてるだけだし。
 “I've Got A Feeling”のアレンジにイラつくポールの、
 強引な進め方に、リンゴなんてムクれちゃって、ドラムに八つ当たりしてるし、
 挙句には、ジョージの“I Me Mine”には興味がないジョンは、
 演奏そっちのけで、ヨーコと踊り出す始末。

 “Two Of Us”のギターの方法論で、あの有名なポールとジョージの口論なんか、
 見るたび、こっちがつらくなってくる。 いや、泣けてくる。
 ジョージのプレイにイラつくポールに、ジョージが、
 「わかったよ。 君の言うとおりに弾くよ。 それでいいんだろ。」
 ・・・。 
 世界一のロック・バンドが、世界中の劇場でバンドの恥部をさらけ出した瞬間だ。

 しかし、“凄い”瞬間もある。
 どんなにムカついていても、苛立っていても、あの4人はただ者じゃない。
 リンゴは、八つ当たり気味(怒りを込めて)でも、タイトに刻んで、
 どんな時でも、絶対リズムを崩さない。
 だから、ポールのベースは自由奔放に独創的プレイができるし、
 ジョンとジョージは、打ち合わせなんてしてないのに、適当な入りからでも、
 絶妙に絡み合ったアンサンブルを生み出す。
 やっぱ、上手いわ。 
 さすが、“腐っても、ビートルズ”なのだ。 

 ただ、今はわかるんですよ。
 一生懸命にビートルズをまとめようとするポールの心意気も、
 その態度をシラけた目線で見るジョージとリンゴの気持ちも、
 リーダーの座を完全に奪われ、ビートルズを諦めてしまったジョンも。
 このトゥイッケナムのセッションは、ただ当時の“ありのまま”を淡々と記録している。

 嫌気がさしたジョージの一時的脱退から復帰した1月22日からは、
 アップル・ビルの地下スタジオに場所を移して再開される。
 そして、ゲストにビリー・プレストンを迎え、トゥイッケナムより、
 遥かに、“実の入った”セッションが伺える。
 しかし、ポールはライブにこだわり、他のメンバーとの折り合いのつく案として、
 アップル・ビル屋上でのライブを提案する。

 これは、いわゆる“ゲリラ・ライブ”の元祖だ。
 さぞかし、寒かったでしょう。
 ジョージやジョンなんて、手がかじかんで、まともにギター弾けてないですもん。
 (“Get Back”のジョンのソロなんてヒヤヒヤもの)
 ただ、条件的には最悪でも、さすが、素晴らしいパフォーマンスだ。
 1月30日の寒空の下のランチ・タイムに、オフィス街の屋上で、
 大音量でヤリだしたら、そりゃ警察沙汰ですよ。
 それで、お開きとなる。
 (これは、確信犯だね。 上手い演出です)

 でも、これって今後、公式リリースされるんかな。
 亡くなったジョンとジョージはともかく、ポールとリンゴは、
 OK出すのかな。
 (「NAKED」リリース時、一度噂になったけど)
 ひょっとしたら、今後もリリースされることはないのかも。

 ロック史上、最高の遺産である「ビートルズ」の痛々しい過去を、
 ありのままにさらけだした真実を公開することなんて、
 本当に必要なのだろうか。

彼らが“FAB4”だったあの頃。

       A HARD DAY'S NIGHT       THE BEATLES 
              
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         A Hard Day's Night (ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!)
         I Should Have Known Better (恋する二人)
         If I Fell (恋におちたら)
         I'm Happy Just To Dance With You (すてきなダンス)
         And I Love Her (アンド・アイ・ラヴ・ハー)
         Tell Me Why (テル・ミー・ホワイ)
         Can't Buy Me Love (キャント・バイ・ミー・ラヴ)
         Any Time At All (エニイ・タイム・アット・オール)
         I'll Cry Instead (ぼくが泣く)
         Things We Said Today (今日の誓い)
         When I Get Home (家に帰れば)
         You Can't Do That (ユー・キャント・ドゥ・ザット)
         I'll Be Back (アイル・ビー・バック)

 なぜか、無性に“ビートルズ”が聴きたくなる時ってありません?
 理由なんてないんだけど、しばらく耳にしてないと、意味もなくなぜか。
 (なんか、夜中に急にカップ麺が食べたくなることがあるみたいに)
 そんな衝動に駆られた時、あなたは何を聴きます?

 私は、ビートルズの中〜後期の作品にある、レコーディング・アーチストとして、
 成熟していく過程や、悲しくも崩壊していく美学に魅力を感じているんで、
 愛聴度としたら、圧倒的に中〜後期の作品なんだけど、
 こんな衝動の時って、大体、初期の作品が多いんだよなぁ。

 でも気づくと、初期のビートルズの最高傑作と誉高いこのアルバムをよくかけている。
 またこれが、よくできてんだ。
 映画の企画にかこつけて、やっつけ状態でレコーディングして、
 ただ雑然と曲が並んでるアルバムなのに、この統一感と創造力は何なんだろう。
 これは、ただの勢いやムーブメントだけじゃ片付けられない。

 思うに、ビートルズの“歴史と永遠”が決定付けられたのは、
 彼らの初のフル・オリジナル・アルバムであり、
 おまけに全アルバム中、唯一全曲レノン/マッカートニーのペンによる、
 このアルバムがあったからじゃないかなぁ。

 またこれは、ジョンの“ビートルズ”としての最高傑作だ。
 全13曲中、ジョン主導(中には、実質ほぼ単独も)の曲が10曲と、
 彼の頑張りとリーダーシップが冴え渡っていた。
 しかし、いわゆるジョンとポールのお互いの要素がうまく混ざり合っている、
 自然なソングライティングの形の最高傑作ともいえる。
 
 目の覚めるような12弦の「ジャ〜ン!」の不協和音の一発で、
 幕開けるタイトル曲も、サビの「When I'm Home♪〜」からの部分は、
 ジョンの声域じゃキツいんで、ポールにまかせちゃったけど、
 このメロディは、ポールっぽいフレーズに感じるし、
 ポールによる“And I Love her”は、サビは意外にもジョンのアイデアだったりする。
 これらの曲は、移動の合間やホテル、スタジオといった些細な時間の中で、
 生み出されたもので、ジョンの言う“ちょっとした競争”が垣間見れる。
 
 一曲ずつ取り上げて書いていったら、キリがないんだけど、
 ソングライティングの方法論は、バンド・アンサンブルの妙と絡んで、
 このアルバムから、革新的に飛躍していく。 
 半音(セブンス)をうまく使ったコード進行、
 (“I Should Have known Better”、“Things We Said Today”とか)や、
 メジャーとマイナーがころころ変わる“I'll Be Back”など、
 当時のポップスの常識を覆す、ジョンとポールの創作力と革新性の凄まじさを、
 今も感じ取ることができる。

 また、ヴォーカル・ハーモニーの成長も、このアルバムの特徴だ。
 主にジョンとポールのユニゾンだった旋律が、ジョージも絡めて、
 コーラス・ワークも満喫できる曲が増えてきた。
 特に、“If I Fell”なんか、メロディなのか、ハーモニーなのか、
 わかんないくらい幾何学的だ。
 (ジョンのリードから入り、「If I Give My♪」の所で、
  二人は平行に同じ方向に進み、
  「Heart♪」でポールは下、ジョンは上に行き、
  「To You♪」でポールは上、ジョンは下へ行き、
  「I Must Be Sure♪」で合流して、ユニゾンになる) 

 バンド・アンサブルもビート一辺倒から、独特のグルーヴが出てきた。
 いきなり“サビ”をガツンと言い切る“Any Time At All”、
 ポールの生きのいい“Can't Buy Me Love”や
 通受けするジョンの“You Can Do That”、“When I Get Home”など、
 どれも強烈なビートとリズムを絡めたロックン・ロールだ。

 あ〜、キリがない。
 それほどに、このアルバムの充実ぶりは素晴らしすぎ。
 映画については、ほとんど触れてこなかったけど、
 当時の彼らの躍動感あふれる姿がコミカル・タッチで描かれている。
  
 それは、彼らが“FAB4”(Fabulous 4=素晴らしき4人)だった瞬間だ。
 これを、ピークに“ビートルズ”は成熟と進化を遂げていく。
 “世界のアイドル”のビートルズはここまで。
 リアル・タイムで経験したかったなぁ。 

遊び心に溢れた才気と夫婦愛。

               RAM       PAUL & LINDA McCARTNEY
            
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           Too Many People (トゥー・メニー・ピープル)
           3 Legs (3本足)
           Ram On (ラム・オン)
           Dear Boy (ディア・ボーイ)
           Uncle ALbert/Admiral Halsay 
                  (アンクル・アルバート/ハルセイ提督)
           Smile Away (スマイル・アウェイ)
           Heart Of The Country (故郷のこころ)
           Monkberry Moon Delight (モンクベリー・ムーン・デライト)
           Eat At Home (出ておいでよ、お嬢さん)
           Long Haired Lady (ロング・ヘアード・レディ)
           Ram On (ラム・オン)
           The Back Seat Of My Car (バックシート)

 たぶん、世界一“間”の悪い名盤だ。  時期が悪かったよ、ポール。
 つくづく、これがソロ・デビュー作なら、印象が違ってただろうと思う。
 “Maybe I'm Amazed / Every Night”の強力なカップリングのシングルか、
 これに、“The Lovely Linda”、“Junk”、“Teddy Boy”を加えたEPか10インチで、
 ソロ・デビューして、“Another Day”の第2弾シングルの次に、
 待望のフル・アルバムが、「RAM」だったらなぁ・・。

 発表は71年5月。 70年後半に入って元ビートルの面々が、
 個性ある作品を発表した。 ジョンは、あの自己内面の嘘偽りのない真実を吐露した、
 歴史的名盤「ジョンの魂」を。 そしてジョージは、隠された才能を見事に開花させた、
 これも歴史的名盤「オール・シングス・マスト・パス」を。 
 リンゴも、大好きだったカントリー&ウエスタンで好評を得た、
 「カントリー・アルバム」を発表。
 皆、独得のカラーでそれぞれの道を歩み始めた。

 一足早く(フライング気味・・)ソロ・デビューしたポールだが、
 好調なセールスとは裏腹に、マスコミや批評家には、完全に悪者扱い。
 “ビートルズ解散のA級戦犯”のレッテルは貼られっぱなし。
 おまけに「McCARTNEY」で肩透かしをくらい、信用もガタ落ちのポールに、
 名誉挽回とばかりに、この「RAM」はかなりの自信作だったそうだ。

 しかし、評判は“散々”だった。
 他のビートル達と比べられるのは(特にジョンと)、運命として仕方ないとはいえ、
 当時のロック・シーンでの時代背景では、あまりに緊張感がなく開放的な作品では、
 ロック・スターの道楽や暇つぶしにしか聴こえなかったんだろう。
 ほんとに、要領の悪い奴です。 ポールという人は。

 この「RAM」は、後のウィングスや再びソロとして現在も活躍している、
 ポールの音楽史のすべてが詰まったプロトタイプともいえるし、
 遊び心満載のアイデアと才気が冴え渡った悶絶ポップ・ワールドだ。
 こんなアルバムが作れるのは、世界でポールただ一人だろう。
 
 ポールとリンダに加え、デヴィッド・スピノサ(g)、ヒュー・マクラッケン(g)に、
 後にウィングスに参加するデニー・シーウェル(ds)をゲストに迎えて、
 引き締まったアンサンブルを聴かせてくれる。

 曲も粒揃い。 アルバムというのは、とにもかくにも、どれだけ優れた曲があるかだ。
 まずノッケから、フックの効いたドタバタ・ロック“Too Many People”で始まる。
 転調の連続とチューニングの微妙に合ってないギター・ソロも強烈だが、
 明るい中にも、“ジョンに一言物申す”的屈折ナンバーでもある。
 「やたら説教じみたことを言う奴らがいる」とか「ぶち壊したのは僕じゃない」とか・・。
 これは、ジョン怒るよ。 当然、倍以上にしてやり返されたけど。

 次のポール風エセ・カントリー・ブルース、“3 Legs”でもブツブツ・・。
 これも陽気だけど、3 Legsとは、当時のビートルズのこと。
 3本足の犬に喩えて、「3本足の犬なんて、走れっこない」とか、
 「友達だと思ってたのに、がっかりだよ」と皮肉たっぷり。

 ビートルズ・ファンとしたら、少し複雑な思いにさせられるが、
 (ジョンの“How Do You Sleep?”もそうだけど)、
 当時の険悪な関係だったら、仕方のない現実で、
 こうでもしないとストレスの出所がなかったんだろうなぁ・・。
 曲としては優れているだけに、客観的にみたら、いいアクセントになってる。

 他の曲も聴きどころだらけ。
 ウクレレで不思議な世界へ誘う“Ram On”、ブライアン・ウィルソンの影響が大の、
 これもジョンを批判した曲だが、リンダとのコーラスの絡みが見事な“Dear Boy”、
 ポールのメドレー好きが効を奏した“Uncle〜Halsay”は、SEやストリングスなど、
 アレンジが素晴らしいし、のどかで牧歌的な“Heart Of The Country”もいい。
 ニセ・プレスリーに成済まし笑い飛ばす、“Smile Away”も、
 中間部をマイナー・コードに転調するノリノリの“Eat At Home”も、
 ロックンローラー・ポールここにありといったところだ。
 
 思わず全曲書いてしまう勢いになってしまったが、
 なんといっても、ラストの“The Back Seat Of My Car”こそ、
 このアルバムのハイライトだ。
 ドラマチックこの上ないメロディと大げさな展開で盛り上げまくり、
 アルバムを締めるなんて、はまったら最後。
 この“クドさ”がたまらなくなってしまうのだ。

 ただ中には、リンダが居ない方が・・、という人もいるみたいだが、
 アルバム全編に響き渡るリンダのコーラスも「RAM」の大きな魅力の一つ。
 リンダのコーラスは楽器の一つというより、ポールの音楽の重要なファクター。
 やっぱリンダがいない「RAM」じゃ味気ない。
 ジョン&ヨーコに対抗むき出しだけど、このアルバムはポール&リンダで大正解。

 そんなリンダも、98年に癌で他界。
 ポールとの絶妙なコーラス・アレンジはもう聴くことはできない。
 しかし、「泣いてばかりいた」というポールも、人前ではいつでも笑顔を、
 絶やさず、音楽活動も衰えることなどなく、今もなお活躍し続けている。
 ほんとに偉い人だと思う。
 
 今は新しい幸せを掴んでいるポールだけど、
 リンダなくして「RAM」はなし。
 “The Back Seat Of My Car”で「僕たちは間違っちゃいないんだ!」と、
 連呼する二人。 それは、悪者にされた二人の心の叫びでもある。
 
 これは、誤解の多い二人のあまりにもタイミングが悪く、
 時代的にも不運な名盤でもあった。
 それも、ポールらしいっていえば、そうかもしれないんだけど・・。

凶弾に砕け散った願いの鐘。

       DOUBLE FANTAGY      JOHN LENNON & YOKO ONO      
                   amazonへ

            (Just Like)Starting Over (スターティング・オーヴァー)
            Kiss Kiss Kiss (キス・キス・キス)
            Cleanup Time (クリーンアップ・タイム)
            Give Me Something (ギブ・ミー・サムシング)
            I'm Losing You (アイム・ルージング・ユー)
            I'm Moving On (アイム・ムーヴィング・オン)
            Beautiful Boy(Darling Boy) (ビューティフル・ボーイ)
            Watching The Wheels (ウォッチイング・ザ・ホイールズ)
            Yes,I'm Your Angel (あなたのエンジェル)
            Woman (ウーマン)
            Beautiful Boys (ビューティフル・ボーイズ)
            Dear YOKO (愛するヨーコ)
            Every Man Has A Woman Who Loves Him (男は誰もが)
            Hard Times Are Over (ハード・タイムス・アー・オーヴァー)

 今日は、ジョンが凶弾に倒れて25年目の日。  やっぱ、特別の日です。
 ジョージの時も、何を書こうと、いろいろと迷ってしまったんだけど、
 今日は、変化球に頼らずに真っ直ぐで行くことにしました。
 やはり、このアルバムなくして、今日は語れないですから。

 オープニングは、ヨーコさんがウィッシング・ベル(願いの鐘)を奏でる。
 それは、1970年の名盤「ジョンの魂」での、テープ回転を落とした、
 重苦しい教会の鐘とは異なる、幸せを予感させる“希望の鐘”だった。
 「そう、俺達はまた生まれ変わるのさ」と、50’sロックンロールよろしく、
 エルビスを気取るジョンに、過去のしがらみやストレスにまみれた姿はない。
 まさに、“Starting Over”は、カムバックには、あまりにもふさわしい、
 快心のナンバーだった。

 オリジナルでいったら、「心の壁、愛の橋」以来、6年振りだってことだったが、
 いくら、主夫を5年もしたところで、彼の中に宿るロックンロールの魂が、
 萎えることなどないのだ。
 アール・スリック(g)、ヒュー・マクラッケン(g)、アンディ・ニューマーク(ds)、
 そして、トニー・レヴィン(b)などといった腕利きを従えて、1980年8月、
 レコーディング開始。
 
 ヨーコさんとの共同作業でなくては、絶対にアルバムは製作しないという、
 ジョンの強い主張をもとに、
 曲が、お互いに会話形式をとる形で、この「ダブル・ファンタジー」が誕生した。
 (ヨーコさんは、自分の曲がアルバムのマイナス要素になるのでは、と危惧していた。
  反面、ジョンは「お互いの曲を片面にまとめてしまうと、
  ヨーコの曲を聴かない人がいる」という、ジョンの意思もあったそうだ)
  
 ジョンの曲のキーワードは、“再出発”。
 毎度のあからさまなヨーコさんへの愛情を表現した曲もあるが、
 “Cleanup Time”は、荒れた過去を、さっさと掃除する時と宣言し、
 “Watching The Wheels”で、主夫時代を“怠け者”呼ばわりされたことへ回答する。
 そう、主夫の5年間が、ジョンを変えたに他ならないと思う。

 愛息ショーン君の誕生も大きかったであろう、主夫を経験することで、
 かってあったような、優しさの中にも、少しクセがあって、
 ひねくれて、かつ攻撃的だった彼に、
 ヨーコさんを通じて、偉大なる全女性に捧げる感謝と理解の念を唄った
 “Woman”など、書けなかったであろう。

 対して、ヨーコさんの曲は、あからさまな性的欲求を表現した曲もあるが、
 改めてジョンの曲とリンクさせて聴くと、ストレートな表現で解かりやすいのに気づく。
 すべて、ジョンと相反する形になってるのが、よくわかる。
 陽と陰。  表と裏。  主観と客観。  そして、男と女。
 「さぁ、飛び立とうぜ。」と言ったら、「抱いて」とすがりつくし、
 「君を失いたくない」と懇願しても、「私、もう出て行く」とそっぽ向く・・。

 男と女ってのは、永遠に相反する生き物なんでしょうなぁ。
 この私も、理解しあう、解かり合うってことの大変さを、日々感じてますワ。
 いやはや・・。

 ラストにヨーコさんが、ジョンにこう語りかける。
 「今までは、とても大変だったけど、これからは楽になるわ。
  辛い時期は、もう終わったのよ」と。
 今となっては、その歌声は、あまりにも辛く響き渡る。
 しかし、これも運命なのでしょう。

 あの世で、ジョージと冗談言いながらジャムってるのかな。
 「ポールの奴、またミスってやがるぜ」とか言いながら・・。

【ジョンレノン・ミュージアム】 

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たか兄

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