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完璧と倦怠へのカウントダウン。 

            GAUCHO      STEELY DAN 

             

               Babylon Sisters
               Hey Nineteen
               Glamour Profession
               Gaucho
               Time Out Of Mind
               My Rival
               Third World Man

 今宵、秋の夜長。 妙にコレが聴きたくなりまして・・。 
 「GAUCHO」。  時に、この空気感にすごく浸りたくなるんですよねぇ。
   
 かなり前に「AJA」をレビューしたことがあるんですが、あれはマニアックすぎて、
 いけませんでした。 (曲ごとに全部ドラマーが違うって話で終わってしまった・・)
 そんな反省を踏まえて。 今宵はスティーリー・ダンの話によろしくお付き合いを。 

 前作「彩~AJA~」を彼らの最高傑作に推す声が多いんだけど、実は、
 聴いた回数、愛聴度を比べると、本作「GAUCHO」の方なんだよねって声が
 案外多かったりするんですよ。    

 なんで何だろう・・。

 私も、そうなんです。 断然コレ。 彼らをたまに聴きたくなるのが、やっぱコレ。
 (でも、フェイゲンのソロを入れたら、コレの倍は聴いてるのが「THE NIGHTFLY」)
 究極の破綻の無さといい、楽曲、アレンジ、演奏、音質、ミキシング、共に完璧。 

 思うに、「AJA」は、緻密で洗練されたサウンドの中にも、“ライブ”の匂いがする。
 楽曲ごとに違うミュージシャンがプレイしていても、それは、アルバム全体が
 ひとつのバンドとして見事に整合されてるのは、ほんとに奇跡的。 超名盤だ。

 対して、「GAUCHO」は、ライブの匂いが全くしない。 むしろ息苦しいくらい。
 まるで、ピカピカに磨き上げられて誰も触ることを許さないクリスタル彫刻のよう。
 なんか聴き手にも妥協を許さないっていうか、聴き手を選んでるというか、
 敷居がもの凄く高いんですよ。 「一見さんお断り」のような緊張感。
 ただ、その敷居をまたいで、その官能世界を理解すると、これが病みつきに。
 しばらく聴いてなくても、そのうち疼いてくる感覚に陥るような。

 だからじゃないのかなぁ・・。  

 彼ら特有の複雑な和音はジャズからのもの。 しかしベースにあるのは、
 R&Bを含めて、黒っぽい要素もファンクっぽいのがうまく溶け合ってる。
 初期はラテンっぽいのも、エスニック風もカントリーっぽかったりするのもあった。
 ロックじゃないね。 ジャズでもない。  クロスオーヴァー? (もう死語です)
 AORって言い方なら、的を得てるけど、もっと都会的でシュールというか・・。
 そう簡単に言い切って終えない難しさが彼らの音楽にはある。
 しかも退廃的で難解な歌詞が、それに輪を掛けて複雑にしている。

 ちなみに、“Time Out Of Mind”に出てくる歌詞 「chase the dragon」は、
 隠語で「ドラッグをキメる」という意味。表面的にはファンタジーっぽい歌詞だけど、
 実は… という深読み、裏読みの出来る歌詞。 ベッカーが麻薬中毒だったんで
 彼らって、クスリを連想させる曲が多い。 しかし、寓話的で回りくどい。
 私の乏しい想像力では理解不能な曲ばかりで・・。

        

 時間も費用もミュージシャンも、贅沢を極めたレコーディングも困難だったようだが、
 それは、「AJA」を更に(それは過敏なほどに)、研ぎ澄ませ、突きつめた結果、
 バンドとは形骸的なもので、思い描く音像に磨き上げるためには、部分的に
 ミュージシャンの微妙なセンスやタッチの違いで当てはめていくしか方法はなく、
 レコーディングの複雑さは尋常ではなかったらしい。

 彼らの屋台骨(核となる)リズム・セクションは前作より強力と言えるかもしれない。
 まずドラマーは前作ほど使い分けてはない。 (とはいえ4人の凄腕が連ねる)
 バーナード・パーディ、リック・マロッタ、スティーヴ・ガッド、ジェフ・ポーカロの4人。
 ベーシストは、ベッカーに、チャック・レイニー、アンソニー・ジャクソンの3人。
 しかし、「AJA」ほど楽曲の起伏が激しくないんで、緩急によりコンビを組み替えて、
 繊細にグルーヴ感やリズムタッチを変えて、全体のマンネリズムを抑止している。

 何と言っても、”Babylon Sisters”のイントロ45秒。 音数は少ないが、
 この張り詰めた緊張感がたまらない。 贅を極めた100万ドルのイントロだ。

 バーナード・パーディのフィル・インから始まり、チャック・レイニーのベースと
 ドン・グロルニックのエレピが加わり、左からカーンの小さいリズム・ギターを配置。
 1回パーカッションが鳴ってから元に戻り、今度は、ランディ・ブルッカーの
 トランペットとトム・スコットのテナー・サックスが入り、最後の2小節だけ、
 右からカーンのギターのカッティングが入る。 そして、フェイゲンのヴォーカルが
 入ると同時に最初から鳴っていたギターのパターンが変わる。  

 ひとつの無駄のない45秒。  それは、楽器間の隙間すら芸術に変える。
  
 それぞれの楽器の奏でる音色や、全てが合わさった時のバランス。
 1音、いや、コンマ単位でのタイミングのズレも狂いもない精度の高さ。
 ひとつでも足りない音、逆に、ひとつでも余分なプレイがあったのなら、
 全く成立しなくなる精密さ。 誰をも寄せ付けない孤高の響き。
 このイントロには、「GAUCHO」の美学が集約している。

 私としては、ギタリストの話は、蔑ろにできないんで、続けますが・・。
 主だっているのは、ベッカーと、スティーヴ・カーン、ヒュー・マクラッケンの3人。
 ギター・ソロも、効果的に曲のアクセントを付ける程度の要素が強く、 
 “Glamour Profession”での、カーンのソロは、ロブ・マウンジーのピアノと
  交互にフューチャーされて、クルージング・サウンドに華を添える。
 “My Rival”では、カーンのソロのバックで、なにげに、ハイラム・ブロックと
 リック・デリンジャーがカッテング合戦を披露。 実にクールかつスリリング。

 そして、フェイゲン/ベッカーが、わざわざNYへ呼び寄せ、鳴り物入りで参加の、
 “Time Out Of Mind”のマーク・ノップラーのフィンガー・ピッキングだ。
 (この曲は元々、パット・メセニーを起用する予定でいたそうだが)
 ディレイの掛け方も絶妙で、やはりこのタッチは誰にも真似できない。 まさに、
  この響きは“いぶし銀”。 でも当時ダイア・ストレイツは新人バンドだった・・。
 ラストの”Third World Man”のラリー・カールトンの絶品のオブリガードも見事。
 (「AJA」時にボツになったテイクを復活させたもの) アルバムでも異彩を放つ。

 淡々とした音の一つ一つの研ぎ澄まし方、こだわり方は、やはり尋常ではない。
 凄腕ばかりのメンツなのに、派手なソロを排し、各ミュージシャンの個性すら
 排したような楽曲アレンジは、更に徹底したクールネスの理論で貫かれている。

 しかし、それは同時にスリルと開放感を抹殺してしまうことに。
 過度な美学の追求は、退屈と倦怠への始まりでもあったのだ。
 (その反動で、この形態では20年も音楽制作ができなくなってしまうわけで・・。)

 とは言えども。
 恐るべしスティーリー・ダン。  その偏執狂的なまでの完全主義への執着。
 究極の音楽オタクぶり。 それを見事に結晶化してしまうとは。

 極限にまで磨き抜かれた7つの宝石のパッケージ。
 それが、「GAUCHO」だ。

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2009/10/31 Sat. 23:15 [edit]

Category: スティーリー・ダン

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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