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格式高きレーベルの“塀”から抜け出した、晩年の天才。 

      BAND ON THE RUN  PAUL McCARTNEY & WINGS

           

            Band On The Run
            Jet
            Bluebird
            Mrs. Vandebilt
            Let Me Roll It
            Mamunia
            No Words
            Helen Wheels   ※ 米CAPITOL盤収録
            Picasso's Last Words (Drink To Me)
            Ninteteen Hundred And Eighty Five

 今宵は、1年ぶりにポールの話をしましょう。 
 またまた、ガッツリと参ります。

 以前の記事で、2007年にポールがビートルズ時代から44年もの長年に
 渡り在籍していたEMI、キャピトル系グループから、ユニバーサル傘下で
 スターバックスが出資参加していた新興レーベル 「Hear Music」に移籍し、
 アルバム「MEMORY ALMOST FULL」をリリースした話題をしましたが・・、

 ここにきて、ポールの作品を管理する音楽会社「MPL」と、
 独立系レコード会社である
 Concord Music Group(ユニバーサル傘下のジャズ系レーベル)が、
 ポールのこれまでにリリースしたソロ作品全て(ウィングスも含む)の
 配給権を EMIグループから、
 Concord Music Groupに、完全移籍すると正式発表した。

 ということは、現在EMIグループよりリリースされているポールのソロ作品は
 全て廃盤となり、
 今後は、Concord Music Groupより新装・再発売されることになる。

 このConcord Music Groupへのカタログ完全移籍は、
 ポールのEMIとの完全な決別だ。
 ポールは今年2月に「McCARTNEY」から
 「CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARDまでの配給権を
 すべてEMIから買い戻してるけど、ビートルズの配給権はそのままEMIに残る。
 今後配給予定のカタログ内容はこうだ。

    

● Paul McCartney    
 McCARTNEY (1970)
 RAM (1971)
 McCARTNEY II (1980)
 TUG OF WAR (1982)
 PIPES OF PEACE (1983)
 GIVE MY REGARDS TO BROAD STREETS (1984)
 PRESS TO PLAY (1986)
 FLOWERS IN THE DIRT (1989)
 OFF THE GROUND (1993)
 FIAMING PIE (1997)
 DRIVING RAIN (2001)
 CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD (2005)
 MEMORY ALMOST FULL (2007)
 GOOD EVENING NEW YORK CITY (2010)

● WINGS
 WILDLIFE (1971)
 RED ROSE SPEEDWAY (1973)
 BAND ON THE RUN (1973)
 VENUS AND MARS (1975)
 WINGS AT THE SPEED OF SOUND (1976) 
 WINGS OVER AMERICA (1976)
 LONDON TOWN (1978)
 BACK TO THE EGG (1979)

 その他で、
 Percy “Thrills” Thrillington (1977)、 THE FIREMANの作品。
 シングルでリリースした楽曲。 (ベスト盤等のリリースは未定)

 おや? 抜けてるアルバムがあるなぁ。 
 特にライブ盤がごっそり抜けてる。
 晩年の活躍、ライブ活動復活の火付け役となった
 「TRIPPING THE LIVE FANTASTIC」に、
 「PAUL IS LIVE」に、「BACK IN THE US 2002」も。 
 「UNPULGGED(公式海賊盤)」に、
 往年のリバプール魂が復活した「RUN DEVILS RUN」
 までも除外されてる。
 (対になる、
  ソ連向けロックンロール・アルバム「CHOBA B CCCP」も当然除外に)

 ・・・。 う~ん。 でも、なんかちょっと寂しいなぁ。
 最近のEMIのプロモーションや運営方針に疑念を抱いてた
 ポールが決めたんだから、
 仕方ないんだけど、なんか一抹の寂しさを感じてしまうのは、
 私だけかなぁ。

 今の若者は、
 ダウンロードで音楽を買う人が増えている(ほとんど?)んで、
 どこの会社やレーベルから発売されようが、
 全く気にしないのでしょうが、
 レコードやCDで音楽を買うのが当たり前だった私たちや
 先輩の方々にとっては、
 私の気持ちが、少しでも分かってもらえるんじゃないかなと思います。

 ビートルズから、英国EMIの伝統レーベル“Parlophone(パーロフォン)”を
 真っ先に引き継いだのはポールでした。 
 本来、真のポール・マニアは、英国パーロフォンで
 カタログ所持するのが筋ってもんです。 
 (英米日と所持するツワモノも多いかと)
 でも、こういったマニア魂ってものも、もう古いんですかねぇ。
 そんな格式の高いレーベルにも、
 全くこだわりをみせない還暦を優に超えたポールの方が、
 私らの考え方よりも若いし、これからも新しいものを生み出そうとしてる。  
 
 これぞ“ロックの偉人”たる所以。  
 エライんです、ポールは。

 ただポールの作品は、他のビートルらの作品より、
 リマスターについては遅れていた。
 EMIによって、ビートルズの本マスター音源が
 厳格に管理されていた事実と比べると、
 ポールのアルバムの(特に初期の)音質とバランスの悪さ、
 音圧の脆弱さは明らかだ。
 (その雰囲気が、
  逆にホームメイド的で親しみやすかった“味”でもあったんだけど)
 それだけに、一刻も早いリマスタリングが必要だっただけに、
 待望の再発となる。
 (ベスト盤「WINGSPAN」では、リマスタリングが施されたが、
  各アルバム単位では、なぜか現在に至るまで全く手つかずの状態だった)
 
 今回のカタログ移籍に伴い、
 ポールの過去の作品が順次再発されていくことになる。

 が。・・
 まず第1弾として、8月31日に「BAND ON THE RUN」が
 最新リマスターされ、マルチ・ディスク盤に
 レアなボーナス・コンテンツやスペシャル・パッケージなどを
 満載したデラックス盤にて、
 何パターンかのフォーマットでリリースが予定されていたが、
 なぜか発売中止になってしまいます。
 (ところが、ここにきて、
  11月2日にめでたく再発されることが決定した模様!)

      

 「BAND ON THE RUN」は、
 ポールのソロ・キャリアの中でも最高傑作だと言われてる。
 新生リマスターの第1弾に、堂々単独リリースするわけなんで、
 ポール本人も
 ソロ・キャリアを代表する、相当の自信作であったことが伺える。
 
 思うに、アルバムの完成度の高さというのは、
 収録されてる曲の良さはもちろん、コンセプトやトータル性、
 ジャケット・アート等も含めて評価する基準だろう。

 しかし、ポールの場合は、
 ちょっと並のアーチストとは少し次元が違ってて。
 そのアルバムに、どれだけ“良い曲”が収められたかが
 最も重要なことで、
 いわゆる「RAM」や「TUG OF WAR」、「FLOWERS IN THE DIRT」のように、
 楽曲は比較的小粒でも、キラリと光る曲群を随所にちりばめてることで、
 “名盤”として成立させてしまう絶対的説得力を持っている。
 (逆に「RED ROSE」の“My Love”や、
 「SPEED OF SOUND」の“Silly Love Song”など、
  大ヒット曲を収録してるせいで、統一感を損ねてるアルバムもある)

 このアルバムもそう。 
 この「BAND ON THE RUN」の完成度の高さは、
 曲は小粒の集まりでも、各楽曲クオリティが際立って高いことにある。

 73年7月、イギリス・ツアーを大成功させて、自信を深め、
 勢いに乗るポールは、すぐさま、次のアルバムの準備にとりかかる。
 「次は、いつもと違うところでレコーディングしてみたい」
 この思いつきから、ボンベイ、リオ、北京、ラゴスなどが
 候補地に挙がる。

 そこで、ポールの頭に浮かんだのは、
 「アフリカ音楽のリズムと休暇」だった。
 で、ナイジェリアのラゴスと即座に決定する。
 (早くからアフリカ音楽を取り入れていた、
 ジンジャー・ベイカー(元クリーム)の助言もあったそうだ)

 しかし、最初の災難が訪れる。
 ギタリストのヘンリー・マカロックが、新曲のリハーサルの最中に、
 そのフレーズについて、どうしても弾きたくないということで、
 ポールと口論になってしまう。
 そのまま出て行ったヘンリーは、電話でウィングスを辞めると言ってしまう。
 しかも、ラゴスに出発する前日に、ドラムのデニー・シーウェルが、
 「やっぱりラゴスには行きたくない。 嫌だ」と、ドタキャンしてしまう。

 結局ラゴスに向かったのは、
 ポール、リンダ、デニー・レインの3人だけだった。

    

 出鼻をくじかれたウィングスの面々に、さらなる災難が訪れる。

 8月のラゴスは、雨季のド真ん中で、
 暑くてジメジメした気候に加えて、
 EMIのスタジオは未完成だったので、
 音響設備やブースを整えなきゃいけないわ。
 インフラが不完全なんで、排水設備は最悪な上、
 足元はドロドロでズブズブ。
 さらには強盗に襲われ、金目のものはおろか、
 デモテープまでゴッソリ盗まれるわ。
 (ポールは、一曲一曲思い出しながら、すべて書き直したという)

 フェラ・クティに
 「お前ら、アフリカ音楽を盗みに来たんだろう!」と誤解されて、
 スタジオまで抗議に来るわで、
 (セッション・テープを聴かせて、納得させたそう)
 まさに、踏んだり蹴ったりで、終いには、過労がたたって、
 ポールがスタジオで呼吸困難で倒れる始末に。

 そんな何から何までマイナスだらけの
 受難作であったにも関わらず、ポールは、
 それを、"マイナスイオン"のごとく、プラスに転じてしまうのだ。

 ドラムスが辞めたって、
 「待てよ。 僕はドラムを叩くのが大好きなんじゃないか」
 (このアルバムのドラムを聴いた、THE WHOのキース・ムーンが、
  「このドラムは誰が叩いてるんだい?」と
  唸ったという有名な話があるくらい)
 「あの2人(ジョンとジョージ)が、
  辞めて後悔させるような、素晴らしいアルバムを作ろう」と、
 ポール天性の音楽センスと、
 いい意味での開き直りと“鈍感力”が生み出した
 躍動感溢れる、多彩な素晴らしき“マッカートニー・ミュージック”。
 これが、「BAND ON THE RUN」だ。


 もともとは、ビートルズ時代に、
 あるアップルの会議でのジョージの発言に
 インスパイアされたと語ってる。 
 よほど窮屈だったんでしょうね。
 「If I Ever Get Out Of Here (ここを出られたらの話だけど・・)」

 “Band On The Run”は、
 ポールお得意のメドレー風テーマパークだ。
 詩は、塀の中の一団が脱獄して逃走するという内容で、
 これについては、
 “ポール自身が、ビートルズの呪縛から逃れること”の
 比喩(?)なのか、
 異なった2~3曲が組曲形式に、
 詩の表現とサウンドが高次元でシンクロさせて
 コンパクトにまとめる仕上がりは極めて完成度が高い。

 気だるいムーグ・シンセサイザーとギターのサウンドが
 支配するスローな前半部から、
 静かに曲が始まり、塀の中の人間の視点で情景が簡潔に唄われる。
 ここから急にガラリと様相が変わり、
 やや閉塞感の漂うマイナー調のサウンドを
 バックに、囚人たちの脱出願望が語られ、
 そして最後に強引なアレンジでアコギの軽妙な音色が入って、
 陽気に逃亡する一団の様子に展開する曲構成だ。

   

 “Jet”は、強烈なポール流ブラス・ドライブ・チューン。  
 コレ、最高。
 イントロでガツン! ブースターの効いたベースに、
 カッティングのシビれるカッコよさといい、
 ポールの乾いたドラムのドタバタ感も曲に拍車をかける。
 リンダの超ヘタウマな「ヒョロヒョロ」としたシンセ・ソロも
 味があっていい。
 最近のポールのライヴでの“ビートルズ楽曲占有率”が、
 ますます高まる中にあって
 いまだに、早いタイミングでのアップ・ポジションを守り続けている、
 ある意味ウィングス最重要曲だ。

 “Bluebird”は、
 ポールお得意のアコギを使ったスロー・メロウだけど、
 決して甘すぎず、
 このリラックスしたクールダウンのタイミングもいい。 
 あの“Blackbird”の二番煎じなんて言わせません。 
 温か味溢れる間奏のハウィー・ケイシーのサックスと
 コーラスの絡みなんか、
 聴いていて、心にポッと灯がともるような感じがする。
 私は、このテイクより、「OVER AMERICA」の
 アコースティック・セットでの
 トリプル・アンサンブルの方が好き。

 “Let Me Roll It”は、
 ジョンとスペクターが「ジョンの魂」で開発した
 バスタイル・エコー・ボーカルを意識した、ジョンへの和解を求める
 ブルースくさい辛口ナンバー。 
 ポール版“Yer Blues”といったところか。 
 コードの変わらない鋭いリフを延々繰り返すだけの
 シンプルなバックに、メロディの起伏と、
 らしくない“こぶし”の入り具合は、ジョンに対抗しまくってるけど。
 たぶんこの曲はジョンが歌った方が、
 もっと“生きていた”曲になったと思うが。

        

 有名じゃない収録曲だって、粒ぞろいだ。
 “Mrs. Vandebilt”での、「ホッ ヘホッ♪」
  という掛け声とリズム・パターンや、
 “Mamunia”では、まるで大草原の真ん中でほのぼの
 ハモってるような雰囲気など、
 ラゴスでレコーディングしただけに、
 アフリカ民族音楽の影響も受けている。

 “No Words”はブルーアイドソウルっぽい小曲だが、
 デニー・レインと共作の隠れ名曲。
 何となく、ジョージっぽく聴こえる穏やかなナンバーだが、
 コロコロ転調するライン、ファルセットの使い方やエンディングの
 ギター・ソロは、ポールならではの味。
 あのトニー・ヴィスコンティの流麗なストリングス・アレンジも光っている。

       

 “Picasso's Last Words(ピカソの遺言)”や、
 ラストの“西暦1985年”では、
 ダイナミックな曲想といい、緊張感溢れるサウンドに、
 これまで登場した楽曲のメロディを再登場させて、
 アルバムとしてのトータル性、構築性を魅せてるけど、
 私としては、トゥー・マッチかなぁ。
 (まぁ、これもポールの癖みたいなもんですから)
 でも最後の大ラストで、頭の“Band On The Run”に回帰する展開は、
 アイデア勝ち。


 “ポピュラー音楽”として、質の高い作品を作りながらも、
 その音楽面を純粋に評価されず、常に重箱の隅をつつくように、
 些末なことでバッシングされてきた
 当時のポールの心境は、いかばかりだったのだろうか。

 本来なら、盟友であるべきジョンからも
 ソロ活動に批判的な態度を取られていた
 ポールのストレスや心労には、察するに余りある。
 (常人なら神経衰弱に陥るか、
  逃げるように引退するかのどちらかだと思う)
 しかし、ポールのミュージシャンとしての情熱は、
 止まることを知らなかった。

 プレスや批評家に噛み付かれても、
 それをバネに精力的に活動し、その結果、
 セールスも伸ばし、それ故に、
 さらにプレスから噛み付かれ、叩かれながらも、
 ポールは創作活動を辞めず、進み続けた。 
 だから、エラいんです。
 (終いには、批評家たちの批判も、
  ほとんど“言いがかり”の様相を呈していた)

 この姿勢には、表では批判的立場だったあのジョンでも、
 心では尊敬していたはず。 
 ジョンは、当時ポールほど“成功”してませんでしたから。
 (この73年くらいから、
  この2人のバイオ曲線がクロスするんですよ。
  今後、ポールはどんどん上昇。 
  ジョンはだんだん下降していく。 )

 そんな不当な評価をねじ伏せてしまったのが、
 この「BAND ON THE RUN」だった。
 ポールに罵声を浴びせていた者たちを、
 屈伏させるだけのクオリティに彩られる
 「音楽に対する愛情」というより他ない、
 “気力”によって作り上げられた
 難産の末の産物だった。

 このアルバムを契機に、
 音楽業界のポールに対する評価は完全に覆ることになる。
 そして、ここからポールの“逆襲”が始まり、
 WINGS は全盛期を迎えて、大きく羽ばたいていくのだ。
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2010/08/28 Sat. 22:44 [edit]

Category: ビートルズ・ソロ

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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