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マイケルのほんとの凄さの秘密って何? 

     the Music That Inspired The Movie
            MICHAEL JACKSON'S “ THIS IS IT ”

      

 今更なんですが、ご覧になりましたでしょうか。 「THIS IS IT」。

 昨年10月の劇場公開当初から、爆発的大ヒットで、確か2週間の限定上映もあり、
 観客の長蛇が絶えず、延長上映が決まった後も人気は衰えず、しかも、
 2010年1月27日に異例の早さでDVD発売する“営業戦略”に、昨年の終わりから、
 現在に至っても、マイケルの勢いは収まりません。 
 (DVDは国内で100万枚のセールスを記録。 このご時世では凄い数字です)

 私も、ミーハー(?)の端くれ。 マイコーの最後の勇士をしかと見届けねばと、
 公開されて、すぐにでも観に行きたかったんですが・・。
 私の住んでるド田舎の、ちっぽけな映画館なんかにゃ、どうせ来ないだろうと、
 仕方なく、DVDが出るまで待とうと、実はあきらめてたんです。

 しか~し。 来たんですよ。 年明けすぐに。 わが街にも来たんです。 
 マイケルがやってきたんです。  オ~!! マイコー~!!

 なので、観たのは正月。  かなり遅くなったけど。  ブラボーでした。
 最後のマイケルは、やっぱスクリーンで観たかったんで、感動もひとしお。
 スクリーンを観ながら、私の心は涙であふれておりましたよ。

 そして、謝ってました。 「マイケル、ごめんよ・・・。」って。

 確か、亡くなったその日は、休みの日で朝から刻々と伝わるニュースを見ながら、
 このブログを進めて、“思い”を一気に書き上げてアップしました。 でも、
 今、その記事を読み返すと、ずいぶん失礼なこと書いてたなぁって・・。
 まだ事実と憶測が入り乱れた状況だったのは、許してほしいんだけど、
 あそこまで、“本気だった”なんてさ。  もう一回謝ります。

 「マイケル、ごめんよ。 本気だったんだね。 ごめんよ、全然知らなくて。」

   

 今更、私がこの映画の凄さを説いたとこで、ほんとの凄さ、偉大さなんて、
 “観れば、わかる”こと。 
 一度、マイケルについては、ちゃんと書かなくてはいけないと思ってたんで、
 ここでは、マイケルの“凄さ”の原点について、
 私なりの思いと映画の話もを絡めて、今宵は語っていこうかと思います。

 マイケルの凄さの原点のキーワードは、2つ。
 「クインシー・ジョーンズ」と、「異文化交配(ミクスチャー)」だ。

 “歌って踊れる男の子”マイケルを看板に、スターダムの頂点にいたジャクソン5も、
 70年代後半になると、父親からの支配からの解放やモータウンとの方向性の違いも
 出てきて、彼らは、ジャーメインを除いて、飛び出し、「ジャクソンズ」と改名して、
 EPICと契約します。 しかし、当初はイマイチ。 低迷してしまいます。

 丁度そのころ、マイケルは運命の人と出会う。 

 78年にダイアナ・ロスがミュージカル映画「WIZ(オズの魔法使い)」に主演。
 これにマイケルもカカシ役で出演します。 その時の音楽監督だったのが、
 あの、クインシー・ジョーンズ。 彼は、そこで、マイケルに新しい可能性を発見。
 マイケルも、クインシーの音楽制作の姿勢と卓越したノウハウに感銘を受けます。

 当時クインシーは、ジャズやフュージョンのアレンジャーとして評価の高い人。
 当時のマイケルは、超人的なリズム感を持ったハイトーンで繊細な天才R&Bシンガー。
 この2人が、タッグを組む。

     
   
 これが、見事にスパーク! 化学反応を起こし、もの凄いことになっていく。

 ジャズ界、映画音楽での名声を確実にして、より商業的な分野に進出していった
 クインシー。 次なるターゲットは、“ポップス界”。 メジャー・フィールド進出です。
 「ボディ・ヒート」(’74)、「愛のコリーダ」(’81)、「バック・オン・ザ・ブロック」
 (’89)。 これが、クインシーの“ポップ3部作”と言われてる。
 これを、マイケルのクインシー3部作と、絡めて見ると、けっこう面白いんですよ。

 マイケルの3部作が、「OFF THE WALL」(’80)、「THRILLER」(’82)、「BAD」(’87)。
 これ、クインシーのポップ3部作が、きっちり間に挟まってるんです。
 これは、クインシーのポップ・フィールドでの成功のためのプロジェクトの策略なの
 ではと考えてしまう。

 でも、この2人の関係はビートルズとジョージ・マーティンの関係に似てるかな。
 デビュー当時は、彼らの魅力を発見し、それを最大限に伸ばし、可能性を引き出す。
 そして彼らが成長してくると、湧き出てくるアイデアを限りなく実現できるように、
 アドバイスし、時にはサポートに回る。 そして、レコーディング技術から制作まで、
 すべてのノウハウを吸収した彼らは、“師”のもとから巣立っていく。
 
 マイケルもそう。 「WALL」では、クインシー主導で、マイケルの魅力や可能性を
 最大限に引き出すことに成功、「THRILLER」では、成長したマイケルと、ほぼ対等の
 立場になり、様々なアイデアや実験要素を実現しつつ、ビジュアル面の革新性も
 相まって、更に完成度の高いアルバムを作り、
 まさに「レコードセールス・モンスター」の如く、化けてしまい、
 「BAD」では、ほぼマイケル主導制作され、クインシーは、そのサポートに回り、
 マイケルの世界観を実現するために、完璧なまでにデジタルを駆使して、
 サイボーグ化したハイパー・マイケルを完成させるわけで。
 
 まずクインシーは、「ボディヒート」で初めてR&Bの新進ミュージシャンを起用して、
 それに、ハービー・ハンコックを揃えて挑み、ジャズ色が強く残るも、
 80万枚の大ヒットを記録。
 ここで「アレンジァー」という立場から、更に上に立ってプロジェクトを陣頭指揮する
 「エグゼクティブ・プロデューサー」というスタイルを確立する。

 ここで、この時に発掘した元ヒートウエイブのロッド・テンパートンをメイン・
 コンポーザーに大抜擢して、そのエッセンスを総動員して制作されたのが、
 マイケルの「OFF THE WALL」だ。 これが、大当たり。 快進撃の始まりだ。

   

 エンジニアに、ジャズ時代からのパートナーで、“アナログの魔術師”である
 ブルース・スウェディーン。
 メインのソングライターに、前出のロッド・テンパートン。
 (こいつ、いい曲書くんだよなぁ)
 ギターには、あのワウ・ペダル・ギターの開発者のワーワー・ワトソン、
 ベースに、ブラザーズ・ジョンソンのチョッパー・ベースの達人ルイス・ジョンソン。 
 ドラムに、ルーファス&チャカ・カーンのジョン・ロビンソン。
 パティ・オースティンも、“それが恋だから(It's the Falling In Love)”でデュエット。
 シンセ・キーボードのグレッグ・フィリンゲインズに、
 (クラプトンのツアーや末期のTOTOに加入)
 ギターには、デビッド・ウィリアムズなど錚錚たるラインナップを揃え、
 まさに、これぞ「クインシー軍団」で、マイケルを全面サポートする。
 
 自信をつけたクインシーは、更に当時R&Bの最先端を行く
 「愛のコリーダ(THE DUDE)」を制作。 ディスコ・フロアを席巻します。
 幼少のころからクインシーに見入られてたパティ・オースティンや、
 (あの“Do You Love Me”で一躍ディーバに躍り出ます)、秘蔵っ子でもある
 ジェイムス・イングラムを起用。(名曲“Just Once”は、素晴らしい)
   
 そして、「THRILLER」だ。 しかし改めて聴くと、ほんとによく出来たアルバム。
 「THRILLER」は、スタッフ、メンバーほとんど「OFF THE WALL」を
 踏襲していますが、大きく異なる点が二つ。 
 一つは、あのTOTOのメンバーがほぼ総出で参加している点。 
 (前作では、スティーブ。ポーカロが2曲参加したのみ)
 簡単に言うと、前作の「クインシー軍団」 + TOTO = 「THRILLER」。 
 実は、82年のグラミー賞で、TOTOは7部門制覇してる。 彼らをゴッソリ起用して、
 これが翌年のグラミー賞には、「THRILLER」関連で8部門制覇してる。 いやはや、
 クインシーのアーチストを見抜くセンス、眼力はマジで凄い。
 あの“Human Nature”は、曲はスティーヴ・ポーカロが書いて、
 バックはTOTOが固めて、彼らの洗練されたAORセンスと、マイケルの
 ロマンチシズムが生んだ、マイケル流クロスオーヴァーの傑作だ。
 (あの“The Girl Is Mine”も、バックはTOTO。 ポールは歌ってるだけ)

 そして、もう一つは、「ロックとの融合」。 「ミクスチャー」の走りだ。
 ロックっぽいテイストを取り込んだくらいのレヴェルではなくて、
 本格的に“ロック”に取り組んだこと。 これは、前作にはなかった。
 “Beat It”だ。 あのエディ・ヴァン・ヘイレンのギター・ソロの話題を避けては
 通れないけど、まず彼を起用しようと考えたクインシーの“勘”と鋭い洞察力は
 やっぱ普通じゃない。 こんなもの絶対に同化しないだろうって奴を連れて
 きちゃうワケですよ。 当時のR&Bシーンでは考えられないことです。
 TOTOのスティーヴ・ルカサーがほぼメイン・ギター(ベースも彼)で、ドラムも
 ジェフ・ポーカロなんで、これもTOTOで固めて、タイトで決めちゃってても、
 あのエディの火の出るようなソロが、この曲のおいしいとこ、全部持ってっちゃう。
 
  この奇跡のような出来事の一部始終はというと。

  「 エディの自宅の電話が鳴った。 受話器を取ると聞き覚えの無い声が。

   「エディかい? クインシーだよ」
   「え、誰?」
   「クインシーだよ」
   「ふざけんなバカヤロー! だから誰なんだよ!」とキレるエディ。
    クインシーなんて連れ(友人)なんていねぇし。
   「だから、私はクインシー・ジョーンズだよ!!」
   「えぇっ!?」

    電話の相手は 、あのクインシー・ジョーンズ本人であった。

    なんで、あんなビッグな奴が、俺んとこに電話してくんの?
    聞くと、「マイケルのニュー・アルバムで1曲ギターを弾いてほしい」
    とのこと。

    「ん・・?」

    エディは少し戸惑った。
    何故なら、兄のアレックスから、
    「VAN HALEN以外の活動には手を出すな」と釘を刺されてたから。
    だけど、バンドはその時は丁度オフで、しかも、兄貴はバカンス中。

    当時のマイケル・ジャクソンは有名人ではあったけど、
    エディは自分達とは違うジャンルのレコードだし、
    バレやしないだろうと思い、依頼を受ける事にした。

    レコーディング当日。
    何曲か候補に挙がっていた中から、一番ロック色の強い曲が選ばれる。
    ベーシック・トラックは殆んど録音済で後はソロを被せるだけ。
    「エディ、適当にやってくれよ。」
    2テイク録ってクインシー・サイドが気に入った方を選んだ。
    トータル20分ほど。 簡単な仕事だった。
    終わるとスタジオ奥から、マイケルが、
    「君の超スピード・プレイ。 凄く好きだよ」と声を掛けたそう。

    その後、レコードは無事に完成。 
    エディ宛にお礼の手紙が届いた。
    差出人の欄には、『バカヤローより』と書かれてあった。

    「THRILLER」は空前の大ヒット。 
    “Beat It”もNo.1になり、あのプロモも話題沸騰。

    しかし、ほとんど冗談でヤッちゃったんで、なんとノー・ギャラ。
    後で、デイヴ・リー・ロスに「お前バカじゃねぇの」って、
    散々言われたエディなのでした・・。 」

  天才とバカは、まさに紙一重。 そんなエピソードでした。

   


 『 映画のヒットで、もうすっかり有名人になってしまったオリアンティ嬢。
   存在は、一応知ってたんですが、こんなに、すんごい娘だとは・・。
   ロングの金髪で、バービー人形みたいに可愛いだけじゃないですなぁ。
   “華”がある。 いやはや、マイケルのギタリストを選ぶ眼力も並みじゃない。
   “Beat It”のエディのギター・ソロの難しい超人的タッピングを、
   楽々完コピしてる姿なんて、やはり、この姉ちゃんタダものじゃない。 
   ガム噛みながら、“Black Or White”のリハでも凄いことしてる。
   あのシーンだけは、マイケルを完全に“食ってました”。         』
   
   


 ただ、ロック、ポップスの最高峰を築き上げた「THRILLER」だけど、
 ファンキーじゃないんだよなぁ・・。 
 (“スタート・サムシング”は、ラテンとアフロを合体させたような
   独特のリズムだし、“ビリー・ジーン”はビート・ポップス。
   あえて言うなら、クインシー軍団で固めた、“P.Y.T.”くらいかなぁ)
 私しゃ、やっぱ、ファンキーなマイケルが大好きなんですよ。
 なので、いまだに、「OFF THE WALL」の方に、軍配を上げるんですが・・。

 さて、その「THRILLER」での、超メガ・ヒットから、“We Are The World”
 なんかをやったりして、次の「BAD」までは5年の歳月を要することに。

 その間に音楽シーンも大きく様変わりする。 楽器とレコーディング技術は完全に
 デジタル中心となり、ベースやドラムの音などは、スタジオ演奏ではなくて、
 シンセサイザーの事前プログラミングによって作られる事が多くなっていく。
 なので、この頃から、ダンス音楽の主流もメロディアスなソウル・ミュージックから、
 電子音中心のユーロビートや、ハウス・ミュージックに変化していくわけです。

 そんな背景の中、「BAD」はリリースされた訳だけど、
 マイケルがエラいのは、第2の「THRILLER」を作らなかったことだ。
 
 マイケル自身の作曲が11曲中9曲(「WALL」3曲→「スリラー」4曲)となり、
 ロッド・テンパートン(「WALL」3曲→「スリラー」3曲)の名前が
 クレジットから完全に消えてしまう。
 そして、クインシー独特の、色気のある音色はほとんど姿を消し、
 ストレートに体に伝わるデジタル・サウンドが中心となってる。

 また、“Thriller”でプロモ・クリップのショート・フィルム化で革命を起こしたのを機に
 ほぼすべてのシングルに、“Thriller”タイプのショートフィルムが標準装備される。
 アルバムセールスは、「THRILLER」に及ばないものの、全米ポップチャート1位を
 5曲も獲得する快挙を成し遂げた要因に、シングル・カットの都度、
 世界の注目を集めるショート・フィルムの威力は大きかったのではないかと思う。
 (スコセッシが撮った“Bad”より、“Smooth Criminal”のダンス・シーンが凄かった)

     

 よくよく考えてみると、この「BAD」が、後に“KING OF POP”の称号となる基本、
 「MJ」のスタイルを確立したアルバムなんだなってことがわかる。
 
 しかし、クインシー・ジョーンズとマイケル・ジャクソンの蜜月時代は終わります。

 いろいろな意見を耳にするけど、私は、明らかに発展的解消であったと思う。
 前人未踏の金字塔を樹立して、数字の記録に負けない価値を“創造”していくには、
 これ以上続ける事は、もうお互いの為にはならなかったのではないかと。
 クインシーが、再びマイケルと仕事をやりたいですか?、との問いにこう答えてる。
 「NO。 もうマイケルとは、やりたいことは全てやり尽くしたしね。」と。

 (マイケルから得たポップ・センスを基に、89年に、クインシーは当時の活動の
  集大成的作品である「BACK ON THE BLOCK」を発表。
  これは、ネイティブなアフリカン・サウンドからジャズ、ゴスペル、R&Bに、
  ヒップホップといった古今東西の黒人音楽をコンテンポラリィーなレヴェルで、
  ブレンドしたサウンドを構築。 それに、もの凄い超セレブなメンツが大集結。 
  まさに驚愕の一枚。 オープニングのクインシーと息子のQDⅢのラップが入る
  幻想的なジングルから、もう違う世界に連れて行かれるような気分にさせられる。)


 また長くなってしまったんで、映画のことがあまり書けなくなってしまったけど、
 マイケルの超人的ダンス・センスと動きとキレの良さ、そして、天才的リズム感と
 飛び抜けた絶対音感の才能は、50歳になっても、全く衰えてなかったって事実は、
 凄いというよりも、ただただ感動するばかりだ。

 ただ、きっとマイケルが生きていたら、こんな“完璧でない自分”を白日に
 さらけ出すような映像を表に出すことはなかっただろう。

 しかし、巨大なピラミッドの頂点に君臨するマイケルの存在感。
 そして、全てのスタッフが、彼を“超一流”であることを認め、彼のすべてに従う姿。
 マイケルは、けっして怒ることも声を上げることもない。
 そこには嫉妬も敵意などない。 彼もスタッフを認めてることがよくわかる。

 この貴重な記録は、ファンならずとも、見ておくべきじゃないかと思う。

 「死」という、最大のプロモーション。 と考えたくはないけど、
 空前の大ヒットを記録するであろう「THIS IS IT」。
 もしも、なにもかもケタ外れのこのステージが実現していたらと考えると、
 ほんとに、この世界遺産的“才能”を失ったというこの事実。
 こんなに残念なことはない。

 正直、それほどマイケルに入れ込んでたわけではなかったけど、
 彼に感謝しなくては。  つくづく幸せだと思う。
 ほんの束の間ではあったけれど、同じ時代に“生”を受け、
 彼の音楽を享受できた事が。

 おそらく、1000年に1人の才能を持つ天才。
 少なくとも、私が生きている間には、彼を超える天才に出会える事はないだろう。
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2010/02/14 Sun. 10:15 [edit]

Category: BLACK

Thread:マイケル・ジャクソン  Janre:音楽

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この記事に対するコメント

No title

たか 兄 さん

すごい!
大『マイケル・ジャクソン』論ですね。
一気にここまで書くとは。

私もジャクソンズのアルバム『Victory』で彼の歴史を学びましたが、
それを凌駕しますね。

映画をみるチャンスがいくらでもあったのですが、見に行ってませんし、
DVDも購入していませんが、 たか 兄の今日のブログを見て、
是非、大スクリーンでみたくなりました。

ミキタカ08 #- | URL | 2010/02/15 21:35 * edit *

No title

 >ミキタカ08さん。
 いつもいつも、長~い文にお付き合い感謝いたします。
 本文でも書きましたが、私は、真のマイケル・ファンと
 言えるほど、モノが言える立場ではないんですが、
 彼の死後、時間が経っていくほど、その存在の大きさを
 再確認するに至った次第でして。

 「THIS IS IT」 機会があれば、ぜひご覧下さい。
 音楽ファンなら、彼の自然体から湧き出てくる
 “天才のオーラ”を映像から感じ取れると思いますよ。

たか兄 #- | URL | 2010/02/15 22:53 * edit *

No title

私はDVDで観ました。すごかったですね。

この映画で私がスゴイと感じたのは、MJのプロデュースぶり。歌や踊りのリハの最中に、即座に、的確に指示を出すその姿は、まるでリハの会場全体を見渡す目が別に付いているかのよう。クインシーもすごかったけれど、あれだけのモンスターアルバムを作り出した理由の一端が、MJの仕事ぶりから見えた気がしましたね。

> 私しゃ、やっぱ、ファンキーなマイケルが大好きなんですよ。
 なので、いまだに、「OFF THE WALL」の方に、軍配を上げるんですが・・。

実は私もです。MJ一番のアルバムがこれ。ロッド・テンパートンいい仕事してます。この人は黒人より黒人音楽を知り尽くした人かも。

ルドルフ #ZEiFTc6U | URL | 2010/02/19 07:11 * edit *

No title

 >ルドルフさん。
 お久し振りです。 コメントありがとうございます。
 あの映画でのマイケルの存在感は、凄いものがありましたよね。
 正直、ここ最近は、シーンの第一線で活躍していたわけじゃなかった
 んで、あそこまで、“できる”とは思ってませんでした。
 オープニングの“スタート・サムシング”での、あの動き。
 あの動きを見ただけで、スクリーンに釘付けになってしまったですよ。

 ロッド・テンパートン。 こいつ、白人のイギリス人なんだけど、
 ファンキー野郎で、確かに、黒人以上にBLACKへのリスペクトは
 ほんとに、奥深いんでしょうね。
 ヒートウェイブって、多国籍な人種ばっかなのに、やたらファンキー
 だった変なバンドだったなぁ。

たか兄 #- | URL | 2010/02/19 21:17 * edit *

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