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天高く駆けるスライドの遠吠えと、ちらつくマイルスの影。 

      AT FILLMORE EAST  
           THE ALLMAN BROTHERS BAND        


         

       Statesboro Blues  ステイツボロ・ブルース
       Done Somebody Wrong  誰かが悪かったのさ
       Stormy Monday    ストーミー・マンデー
       You Don't Love Me  ユー・ドント・ラヴ・ミー
       Hot 'Lanta       アトランタの暑い日
       In Memory of Elizabeth Reed
                  エリザベス・リードの追憶
       Whipping Post    ウィッピング・ポスト

 
 もし神様が、一人だけギタリストを生き返らせてくれるという願いを
 叶えてくれるとしたら、あなたは誰を願うだろう。


 数多くの偉大なる天に召されたギタリストがいる中でも、
 私は、迷うことなく彼を神に願う。  

 デュアン・オールドマン。 
 史上最高の天才“白人”スライド・ギタリストだ。
 ロック・シーンにおいて、スライド・ギターに確固たる地位を認識させ、
 定着させて、多大な影響を与えたのは彼だろう。

 
   
 通称“スカイ・ドッグ”。  まさに“空に吠える犬の遠吠え”の如し。
 デュアンがセッション・ギタリストだった時、そのギター・プレイを見た
 ウィルソン・ピケットがこのアダ名を付けたという。
 エルモア・ジェイムス譲りのセンスを、黒人ブルースマンに全く負い目を
 持つこともなく、ハードに、ヘヴィーに、ノイジーにブチかましまくる。

 微妙にフラットした音程で絶妙な指さばきでの、音の溜め方といい、
 低音から高音へと、グイ~ンと競り上がる瞬発力といい、これが妙技。
 キュィ~~ンと上げといて、ピークのとこでスロー・ダウンさせるような、
 「究極のジラしテク」なんかたまりません。 “快感”そのもの。 

 しかし反面、表現豊かに緩急つけて、そこはかとない哀愁も漂わせつつ、
 直径3センチ、長さ6センチの風邪薬の瓶を自在に操る“魔術師”だ。
 その天才プレイは、“神様”と呼ばれることに苦悩していたクラプトンに、
 更なる大きなプレッシャーをかけ、極度のスランプに追い込んだほどだ。

  デュアンとクラプトンは相思相愛でした。 しかし、運命のいたずらか、
  あの悲劇の名盤「LAYLA」の誕生に繋がっていくわけです。 
  その辺の話は、近いうちに、またじっくり書きたく思っております。     


 ちなみに、スライド・ギター(ボトルネック奏法)とは・・。
  普通右利きの人がギターを弾くには、ネックに沿わせた左手の指で
  弦を押さえ、右手でピッキングします。(ピックや爪弾きで) 
  で、問題は左手です。 
  普通は指で出したい音、コードを選んで弦を抑えるんだけど、
  昔ブルース・ギタリストの多くが、ガラス瓶やバーボンの酒瓶の
  首の部分を切り取って指に差したり、ナイフなんかで滑らせて、
  弦の上の抑えるべき場所にスライドさせて弾きました。 
  これを、スライド・ギター(ボトルネック奏法)と呼びました。
  つまり、ブルースマンご用達のアイテムと奏法で、名手も多い。

     

  70年代以降、数々のロック・ギタリストが、こぞって取り入れて、
  70年代のロック・シーンはまさに、“スライド天国”だった。
  ロックならではのフル・ヴォリュームに、エレクトリック感覚を加えた
  豪快な奏法は、ミュージック・シーンに革命を起こすワケです。


 47年12月8日、テネシー州ナッシュビル生まれ。ギターを手にしたのは
 弟のグレッグで、最初はバイクに夢中だった。 でもすぐに弟に影響され、
 12歳でギターを握り、ブルースのコピーを始める。 すぐに才能が頭角を現して、
 強烈なボトルネック奏法を武器にセッション・マンとして下積みを経た後、
 69年に弟らとオールマン・ブラザーズ・バンドを結成。  メンバーは、

 Duane Allman デュアン・オールマン / ギター
 Gregg Allman グレッグ・オールマン / キーボード、ヴォーカル
 Dickie' Betts ディッキー・ベッツ / ギター、ヴォーカル
 Berry Oakley ベリー・オークリー / ベース
 Butch Trucks ブッチ・トラックス / ドラムス
 Jai Johanny Johanson ジェイ・ジョニー・ジョンソン(ジェイモ)/ ドラムス

 

 スゲえ6人だ。 ツイン・ギターにツイン・ドラム。 最強の布陣。
 (この編成は、デュアンが傾倒してたグレイトフル・デッドに倣ったものだろう。
  それに、デュアンから見た、CREAMでの“失敗”も反映されているのでは。
  頭数を倍にして、簡単に“空中分解”しにくく、音にも厚みを増すことができる)

 11月に同名タイトルでデビュー後、70年末に「IDLEWILD SOUTH」を発表するも、
 スタジオ録音では充分な真価が発揮できないと、大きな不満を持ってた彼らは、
 「ライブこそ俺たちの真骨頂。 ライブこそ本来の居場所。」と、
 レーベル側の反対を押し切り、3枚目はライブ・アルバムを制作する。

 そして、ロック史上最強最高のライブ・アルバムが誕生するわけです。
 
 まず、このジャケット写真。  これが、またいいんです。
 オールマンズのむさ苦しい服装、長髪、ヒゲ、そして、モノクロに隅のレタリング。
 やたら豪快に「ワッハッハ」と親しげに笑う、いかにも南部野郎な面々。
 やっぱ、時代ですねぇ。 独特の雰囲気がここからもプンプン匂ってくる。
 男。男三昧。男だらけ。 これだけ汗臭いジャケ写もあまりないんじゃないの?

 録音場所には、ニューヨークにあるビル・グレアム経営のフィルモア・イースト。
 映画館跡に築いた伝説のライヴ・ハウスで、68年の開店以来数々の名演を残した。
 (しかし、このライヴが収められた少し後の71年6月に閉店してしまう)
 71年3月11日から13日に出演したうちの、12日と13日の演奏が、彼ら一連の
 プロデューサーであるトム・ダウドの監督のもと、テープ収録された。

         

 ここにパッケージされた彼らの素晴らしい演奏は、デビュー以来、絶え間なく、
 休むことのないコンサート・ツアーの間に練り上げられ、磨き抜かれたもの。
 2年で500回以上のギグ。 時には一日4回のライブ。 最低2時間以上の長丁場。
 スゴい。 スゴすぎる。 まさに、叩き上げ。  
 
 この神懸かり的なテクを持つオールマンズは、ブッチとジェイモのドラムスの
 お互い違ったリズムをキープしながら、精巧なギアが絡みつくように刻み、
 独自のグルーヴを生み出し。 そこに、ベリーのベースが重機の爆音のように
 ドラムスを煽りまくり、そこに、デュアンとディッキーのツイン・ギターが
 即興性の高いリズミカルなアンサンブルで、ソロを自由に延々と弾き倒す。

 でも、デュアンのスライドは聴いてすぐわかるけど、スライドの独特な音色を
 はずすと、ディッキーかどちらかわからない。 ディッキーもそれだけすごい
 ソロを弾いてるんです。 そして、ファンキーで重奏なオルガンの音色に、
 まるっきり“黒人声”のグレッグのヴォーカルが、文句なくカッコいい。
 これは、毎晩毎ギグでメンバー間で相当に練り上げ、練習量をとらないと、
 こんな音は絶対に出ない。 芳醇な酒に酔う感覚に似ている感じだ。

 ディッキーは、彼らのライブの魅力をこう言ってる。

 「 俺たちのジャムは、誰が先にソロを取るかまでは決まってるんだ。
   でも、その途中には、何があるかわからないんだ。
   デュアンが弾いてる最中に、ひらめいたラインを思いつくと、
   3~4回は繰り返すんだ。 僕らはその上に何かを作り上げようとする。
   ソロを続けたり、対するラインを弾いたり、ハーモニーをつけたり、
   こんなマジックが生まれるんだよ。 ほんと素晴らしかったね。  」

 13日の2回目のセットは、明け方まで演奏されたという。
 午前4時半にいったん終了するも、アンコールを求め続けた観客に応え、
 またジャム演奏を延々始め、「もっともっと」と叫び続ける観客に、
 デュアンはこう締めた。
 「今晩はもうおしまいだよ。 ほんとにありがとう。
  でもいいかい。もう朝の6時だぜ。 今夜の演奏は全部録音した。
  これが次のレコードになる。 みんなも含んでるからさ。 ありがとな。」

  

 トム・ダウドによると、大半が13日の演奏であるそうだが、
 
 まずは、デュアンのスライドが爆発の“スティツボロ・ブルース”だ。
 冒頭からグレッグのハモンド・オルガンに、デュアンのスライド・ギターが
 粘っこく絡みつき、いきなりオールマン・サウンド全開だ。
 盲目のブルース・マンだった、ブラインド・ウィリー・マクテルの曲だけど、
 デュアンの演奏は神懸かっている。 レスポールとマーシャルが激しくスパーク!
 あのクラプトンさえも“ぐうの音も出なかった”すさまじいスライドだ。
 (エレキの経験があって、なおかつ、スライド奏法をかじったことのある方は、
  きっとこの“神業”に、あきれるか呆然とするに違いないでしょう)

 まるでギターが身体の一部であるかのように“歌っている”。
 ブルース・ハープを彷彿とさせる音色と、遠くにぶっ飛んでいってしまいそうな
 スケールの大きなフレーズの波。 豪快に空を駆けるかのようだ。
 デュアンの相棒のもう一人のギタリストであるディッキー・ベッツも、実は
 端正にラインを織り成してくる隠れた名手なだけに、善戦はしているけど、
 デュアンのスケールがあまりに大きいスライドの前では、影が薄くなってしまう。

 エルモア・ジェイムスの“誰かが悪かっただけさ”を、オリジナル解釈でアレンジし、
 ゲストのトム・ドゥーセットのブルース・ハープのソロがまた渋くキメる。
 T・ボーン・ウォーカーのブルース・カバー曲“ストーミー・マンデイ”も、
 激シブの演奏だ。 グレッグのオルガンも、ジャジーでいい味を出している。
 中盤のソロから、いきなり4ビートになり、本当にジャズっぽくなって、
 スウィングする部分もあり、このバンドの柔軟性とハンパじゃない演奏力が
 “タダモノ”ではないことを示す。

 

 アナログ片面すべて費やしての“ユー・ドント・ラヴ・ミー”では、20分の
 壮絶な演奏を記録している。 特に後半のギター・ソロの独り舞台に、
 ドラムスが乱入してきて、ギターとドラムスの一騎打ちが繰り広げられる。
 (CREAMの“Hideaway”を思い出すけど、コレはそんなもんじゃない)
 力と技のぶつかり合い。 熟練された発想力とアドリブ力。 ハンパない。

 ツアー初演がアトランタで、その日がメチャクチャに暑い日だったことから、
 “アトランタの暑い日”となった即興曲。 これも、それに負けない南部魂
 が炸裂する迫熱のインタープレイに、8分の6拍子の変拍子で畳みかける。

 そして、彼らのタダモノではない演奏力が大爆発するのが、
 インストゥルメンタルの傑作“エリザベス・リードの追憶”だ。
 マイルス・デイヴィス(マイルスもこの時代のフィルモアの常連だ)
 に捧げた演奏といわれているけど、真相はよくわからない。 
 ジャズの要素を取り入れた、この大作は、ロック史上屈指の名演のひとつ。
 オールマンズは、作曲者のディッキーとデュアンの鬼気迫るツイン・リード
 という必殺技で、当日の観客と聴き手である私を完璧にノックアウトする。

 そしてラストは、これまた必殺の“ウィッピング・ポスト”だ。
 デビュー・アルバムでは、約5分で収録されていたこの曲は、
 20分を超える大作として大化けして登場する。 これも完全“狂演”だ。
 やはりスタジオで5分でまとめ上げるなんて土台無理だったんです。
 そして、この「フィルモア」でこの曲は、またもやマイルス・デイヴィスの
 大きな影響が聴き取れる。

    

 曲調は、明らかにマイルスの傑作「Kind of Blue」に収録されていた
 “All Blues”を意識したものだろう。 そして中盤では、当時のマイルス
 の最新作だった「BITCHES BREW」の冒頭部分を引用している。
 当時、彼らとマイルスの接点など、きっとなかったと思ってるんですが、
 おそらくステージで即興演奏を行うので、ジャズ系の音楽も好んで聴いていて、
 ヒントやインスピレーションを養い、ステージではアドリブで曲が展開して
 いったんだろう。  その瞬間を捉えた貴重なドキュメントだ。

 デュアンがギターを弾けばその空間には、強烈な磁場が生まれる。
 デュアン亡き後のライヴ盤「熱風」と聴き比べるとわかるけど、他のメンバー
 のテンションやプレイの密度が明らかに違うように感じてしまう。 
 みんなデュアンのギターに煽られ、ディッキーを始めとするメンバー全員が
 スタジオ盤の何倍もの迫力と集中力で、最高の演奏を聴かせてくれる。

 デュアンの放つオーラが全開となった、この「フィルモア」の誉れ高き理由は、
 決してデュアンのギターだけでなく、そこに核心があるんじゃないだろうか。


 92年になって、これに5曲も追加されて、ショート・バージョンに編集されていた
 曲もフル・バージョンになり、曲順も当時のセットの順に再現して、もともと
 80分だった収録時間が135分(!)になるという「完全版」である
 「THE FILLMORE CONCERTS」が世に登場。 ついでに言うと、現在では
 更に1曲追加されたデラックス・エディションまで発売されている。
 でも私には、このオリジナル・フォーマットがベストだと思ってる。
 

 デビュー以来、ライブに明け暮れ、休む間もなく演奏し続けたオールマンズだが、
 71年秋にようやくバカンスが与えられた。
 10月29日、ベリー・オークリーの奥さんの誕生日にメンバーはベリーの自宅で
 パーティーを楽しんだ。 夕方5時45分。 デュアンが一足先に帰途に着く。
 愛車ハーレー・ダヴィットソンに股がって。 悲劇はその直後だった・・。

 24才だった。  惜しい、あまりに惜しい。 
 誰もデュアンに「イージーライダー」なんて望んでなかったのに・・。
 デュアンの残した音源は余りに少ない。

 もいちど言おう。

 ジミも、ジョージも、ジェシ・エドも、ランディも、レイ・ヴォーンもいて欲しい。
 でも、デュアン。  
 私は一番あなたにいて欲しい。
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2010/05/15 Sat. 22:27 [edit]

Category: アメリカン・ロック

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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