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"悪魔の帝王”と“翼の折れたエンジェル”との化学反応。 

      BLIZZARD OF OZZ    OZZY OSBOURNE 

          

             I Don't Know
             Crazy Train
             Goodbye To Romance
             Dee
             Suicide Solution
             Mr. Crowley
             No Bone Movies
             Revelation (Mother Earth)
             Steal Away (The Night)
 

 みなさん、W杯盛り上がってますでしょうか。
 私もサッカー・ファンの一人として、毎晩毎晩、ペンをそっちのけで
 世界の超一流のプレーに一喜一憂、堪能しております。

 いかんいかん。 今日はペンを進めます。

 最近は、気分的にも、割と“ソフト”な記事ばかり書いてましたんで、
 今回は、久々に“ハード”で、ガツンと参りますよ。


 今の若きメタルマニア、若きギタリスト達も、彼の存在を知っているだろう。
 
 ランディ・ローズ。
 ハードロック界のジェームス・ディーン。

     

 彼は、彗星のごとく現れ、花火のごとく散っていった・・。
 まるで“生き急ぐ”かのようだった。
 その天才ギタリストの存在は、時が経った今でも、“神聖化”されて
 私たちの記憶に生き続けたままだ。
 これが、あたかもジェームス・ディーンのようで・・。
 やはり君は、間違いなく凄かった。  ほんとに凄かった。

 今宵はまた、若くして逝った一人の天才ギタリストについて語りたく思います。
 よろしくお付き合いを。


 70年代後期、エディ・ヴァン・ヘイレンが、誰もがブッ飛ぶ、ライト・ハンド
 (タッピング)奏法を引っ提げて、ハードロック・シーンに華々しく登場してきた。
 80年代初め、マイケル・シェンカーが速くてメロディアスなギタープレイと、
 “フライングV”を自在に操り、一世を風靡した。

 そして、その双方の要素をうまく取り入れたギタリストとして、ランディが現れた。
 加えて彼には、“クラシック”の要素という、当時、圧倒的な人気を誇っていた
 リッチー・ブラックモア的側面も有するという特異な気質も兼ね備えていた。

 更に、あのルックス。 アイドル歌手にも引けを取らない超イケメン。
 人気が出ないワケありません。

 オジーに見出され、「BLIZZARD OF OZZ」で、その卓越した才能を開花させ、
 そして、「DIARY OF A MADMAN」で魅せられる更なる進化を遂げたギターリフ。
 まるで既存のハード・ロック概念を破壊するかの様な、凄いプレイで
 あっという間に、ランディは“スーパー・ギタリスト”の仲間入りをした。

       

 彼の素晴らしいギタリストとしての資質は、生い立ちを知ると理解できる。
 
 早く父親を亡くし、母親ひとりで3人の子供を育てたが、ランディは末っ子。
 ランディの母親は、高校で音楽教師をしていたことから、幼いころからギター
 を学ばせる。 アコースティックから習い始め、クラシックの理論や読譜法も
 母から教わった。 しかし、ロックに興味を憶えると、エレキも握り出す。

 普通、厳格な音楽理論者の母親なら、「ロックなんて」と毛嫌いするのが
 パターンだと思うが、ランディの母は違った。
 息子の良き理解者として、バンド経験のあるギター教師に指導を依頼して、
 初歩から、きちんと習わせたのである。

 ランディが10歳のころには、その教師いわく。
 「ランディには、教えることは何もない」と言わせたくらい上達したという。

 ランディが、その辺のちょっと“上手い”ギタリストと違ってるとこは、
 この英才教育ともいえる音楽環境で培った“土台”がしっかりしてること。
 また彼は、「今まで尊敬するギタリストはいない」と語ってたように、
 “クラシック”が彼の基本。 だから影響されて、誰かが弾いていたような
 フレーズではなく、あのオリジナリティにあふれたメロディラインが描けた
 ことに、繋がっているのだと思う。

   

 絶頂期の状態でも、ステージ以外も全ての時間をギターに費やしたという。
 ツアーには、必ずクラシック・ギターを持ち歩き、時間があれば、独り部屋に
 閉じこもり、ギターの練習はもちろん、音楽高等理論の本まで読みあさった、
 まさに、ギターの虫。 練習の虫。 更にもっと勉強しようと、バンドに
 在籍しながら、大学で通い本格的に理論をマスターしようと考えていたそうだ。
 こうやって、ヘヴィー・メタルに新しい試みを導入しようと常に努力していた。

 彼が高校でギターを教えていた頃、旧友の故ケヴィン・ダブロウらとバンドを
 結成する。 「QUIET RIOT」。 無名で毎週末クラブを中心に活動していた。
 だが、泣かず飛ばず。 デモテープでレコード会社に売り込むも芽が出なかった。
 しかし、遠い日本のCBSソニーだけが興味を示し、本国より先に日本でデビュー。
 (2ndアルバムを発表後、ベースがルディ・サーゾに交代してる)

 その当時は、ランディも、ドラマチックさとヘヴィーさを兼ね備えているものの、
 まだこれといって、ギタープレイ自体に光るものはなかった。

     

 (ランディ脱退直後も、全然パッとしなかったんだけど、ランディ死後に、
  例のスレイドの曲でドカ~ンと売れちゃったのは、なんとも皮肉なんだけど)

 サバスを脱退(ほぼ解雇)したオジーがギタリストを捜してると教えてくれたのは、
 他ならぬルディ・サーゾ。 でも、「俺なんか受かるわけないさ」と
 オーディションには消極的だった。 でも“母親”にお尻を叩かれて、
 渋々とオーディションと出かける。
 (ギタリストなのに、こんなにエゴや主張が出ないのも珍しいけれど・・)

 とぼとぼ、オジーが泊るホテルへ向かう。
 ギターと小さなアンプを抱えて、部屋に入る。
 そこには、酔っ払ってソファーにふんぞり返る“悪魔”が寝ていた。

 「俺は、ぐてんぐてんに酔っ払って寝てたんだ。
  そしたら、誰かが肩を叩いて起こそうとするんで、薄眼を開けたら、
  そこには、“天使”が立ってたんだ。 それも“可愛い女の子”がね。」

 オーディションに来た“天使”は、おもむろにちょこんと座って
 ハーモニクスを弾き出した。  しかし、その途端・・。

 「もういい、もういいよ。 お前は、俺のバンドのギタリストだ」

 ものの2分ほどの“試験”だった。 ものすごいオーラが出てたのだろう。
 これが、オジーとの運命的、かつ奇跡的な出会いだった。


 ギタリストが決まったオジーは、ドラマーにトミー・アルドリッジを誘うが、
 PAT TRAVERS BANDとの契約が切れないとの理由で断念。 
 オーディションで、元ユーライア・ヒープのリー・カースレイクを起用。
 ベースは、レインボーを脱退したボブ・ディズリーを加え、ゲストに、
 キーボード奏者ドン・エイリーを迎えて、「ブリザード・オブ・オズ」を結成。
 しかし、すぐにオジー名義のバンド名にして、80年3月からロンドンで、
 3ヶ月に渡りレコーディングされた。

  

 ランディを起用したオジーも、“ランディに救われた”と言えるかもしれない。

 オジー在籍時のブラック・サバス後期は、「TECHNICAL ECSTASY」あたりからの、
 アメリカン・マーケットを意識した音作りが悲惨なまでに失敗していて、
 (大体、トニー・アイオミに明るめのリフや曲作りを期待する方が間違っている)
 サバス脱退後のオジーは、方向性も見出せないままの状態だった。

 しかし、八方塞だったオジーが、ランディとの出会いによって、ソロに転じてからの、
 バンドとしての方向性を、しっかり確立できたんじゃないかと思う。

 ランディを全面に押し出して、スターに育て上げようとする姿勢と、アメリカの
 マーケットを意識した方向で、パワフルでありながら、耳触りのいい
 ギター・オリエンティッドな音作りを軸にしたヘヴィー・メタルを目指すという
 今後も脈々と続いていく、オジーのソロの基本スタイルを、ソロデビュー作から
 早くも導き出せたことが大きい。 もしも、オジーとランディと出会ってなければ、
 この“奇跡のアルバム”は、生まれなかったに違いない。

 このアルバムの内容については、今さら書く必要もないんだけど・・。

 “I Don't Know”の頭の悶絶リフから突っ走り、もうやられまくり。
 “Crazy Train”も、16ビートの疾走感から、キャッチーなリフで暴走しまくる。
  が。 “Goodbye To Romance”で、ミドルに落として、哀愁と涙を誘う。
 「さようなら、また逢えるだろう」 オジーとランディの姿が目に浮かびます・・。
  ランディの“Dee”で、クラシック・ギターを静かに奏でる静寂から、一転。
 “Suicide Solution”は、問題になったいわく付きの、魔界への勧誘ソング。
  (裁判沙汰になったが、結局は無罪。 実際はアル中に警鐘を鳴らす曲だ)
  とてつもなくヘヴィーで地獄へ引きずり込む。 メタル・オブ・メタル。

       

 “Mr.Crowley”は、悪魔と天使との戦いを、壮大かつ悲しく描いた超名曲。
  ランディのソロは、完コピ不可能。 この美しさ、スケール感は、まさに神の域。
 “No Bone Movies”は、ストレートなロックン・ロールで直球勝負。
  そして、神々しい“Revelation”の、胸が締めつけられるようなこの旋律。
  まるで自分の死を予感していたかのような、「死の美学」を昇華しているようだ。
  その不気味さと恐ろしいほどの美しさは、聴いてて怖くなってくるほどヤバい。
  そして最後には、あまりに激しいソロから、“Steal Away”へなだれ込み、 
  再び、熱狂の渦へと誘い出すのだ・・。


 ( マニアの方なら、御承知のことかと思いますが、このアルバムと
   次回作「DIARY OF A MADMAN」という、ランディ在籍時の、
   オジーにとっても、最重要作であるこの2枚が、現在のリマスター盤では、
   なんとベースとドラムスのリズム隊が差し替えられている。

   これは、当時のオリジナル・メンバーだったボブ・ディズリー(ベース)と、
   リー・カースレイク(ドラム)が、印税が正当に支払われていないと、
   オジーと敏腕マネージャーであるシャロン夫人を相手取り、裁判を起こした為、
   これに憤慨したオジー・サイドが、名目は「ランディのギターを最大限生かすため」
   としているが、実は、腹いせに「じゃあ、こいつらのテイクを消してしまえ!」
   とばかりに、あろうことか、メタリカに新加入した“ゴリラマン”こと、
   ロバート・トゥールジロ(ベース)と、マイケル・ボーディン(ドラム)に、
   完コピさせて、ゴッソリ差し替えたバージョンにして再発売したのが、現在のもの。

   でも、どうなんでしょ。  諸氏のご意見はいろいろありましょうが・・。

   正直、私は「×」ですね。 これはダメ。 別物です。
   これは、“リマスター”じゃない。 “リミックス”です。 
   おまけに、肝心なランディのギターも、ラウドさせ過ぎたり、曲によっては、
   フェードさせたりと、不可解な“いじり方”をしてる。

   一言で言えば、“今風”。 音の分離がはっきりして、低音を強調してる感じ。
   ベースは少し音が硬くて、ドラムは若干手数が多いぐらいで、(余計ですよ)
   殆どオリジナルと分からないぐらい見事にコピーしきっています。

   でも、バンド・グルーヴって大事なんですよ。 “上手い”とかじゃないんです。
   ボブのブンブン唸るベース音も柔らかめで、リーの若干シンプルながらも
   タイム感が絶妙なドラミングが歯止めとなって、なんかこんもりとした、
   やはり”ブリティッシュ”な印象を持つリズム隊は、このアルバムの
   特色だったんですよねぇ。 これは元に戻した方がいいんじゃないかなぁ。
  
   元々アナログ録音のところに、最新技術とはいえ、デジタル録音を無理矢理
   はめ込んだって、違和感があるに決まってるのに・・。

           

   確かに、オリジナルの音は悪かったんで、(初めのCDは音圧も低かった)
   私は、95年に出た、このジャケットに「OZZY」と縦にプリントしてあるリマスター
   CDがベストだと思ってます。 このジャケットは、イマイチでしたが・・。 
   現在でも探せば入手可能だと思うんで、聴き比べてみてはいかがでしょう。 


   加筆いたします。
   この10月に、ソロデビュー30周年記念盤として、なんと、このアルバムと「狂人日記」
   が、晴れてオリジナル音源のリマスタリングにて発売されることが決定しました!
   おまけに当時のライブ音源がボーナスに!  素晴らしい!  キッズよ、これで泣け。 ) 
    

 オジー・オズボーン = 悪魔。 ランディ・ローズ = 天使。
 悪魔と天使が同居するという、対比の妙も利いていたように思う。
 ランディの美しさは、まさに天使の如く、神聖なものとして崇められてる様だった。

 彼が使っていたギターで、多くの人々の記憶に最も残っているのは、何と言っても
 水玉模様のフライングVタイプだった。(通称、ポルカ・ドットV)
 同じく有名な、白のギブソン・レスポール・カスタム も印象深いけど、
 このアルバムでは、主にポルカ・ドッドを操って、大活躍している。

         

 コラース・エフェクトを多用し、空間的広がりを持たせながらも、
 音色は、とてつもなくヘヴィで、絶妙なディストレーションで歪ませまくる。
 さらに、解放弦を効果的に使用したリフ作りの上手さ、クラシックを意識した
 複雑なコード展開に、効果的な経過音。 
 そして、何よりキャッチーで流麗この上ない、泣きのメロディも織り成す、
 ソロのラインの美しさ。
 その“若さゆえ”に、押さえが利いていない局面も、時にはあるんだけど、
 引っ込み思案な性格とは裏腹に、「とにかく俺の音を聴け~!」とばかりに
 勇猛果敢に弾きまくる潔さは、まさに爽快。 

 “Crazy Train”で、左右のチャンネルから、2本のギターが同じ旋律でバトルする
 ような、同テイクを3回全く同じに弾いて音の厚みをつけるという、
 オジーが「狂ってる! もうやめてくれ」と懇願したという逸話も残すぐらいだ。

 悪魔と天使。 獣と美男子。 邪悪と良心。 狂気と正気。= オジーとランディ。
 この相反する分子が激しくぶつかり、交配する強烈な“化学反応”。
 かくして、ヘヴィー・メタルの歴史に燦然と輝く、永遠の名盤が誕生したのです。

 しかし・・。

 1982年3月19日早朝、フロリダ州レスバーグで悲劇は起きた。
 
 フォリナーとの野外フェスティバルへ向かうその日。
 オジーらと、ツアースタッフはバスで移動していた。
 しかしその途中、ツアーバスの運転手のアンドリュー・エイコックの自宅に寄った。
 なんと、そこには、自家用小型飛行機があった。
 それを見たドン・エイリー(key)は、「おい、ちょっと乗せてくれよ」と頼み、
 エイコックはドンを乗せて、軽く遊覧飛行を楽しんできた。
 ちょっと気分が良かったんで、他のメンバーやスタッフにも「行ってこいよ」
 と誘ったが、ほとんどは乗ろうとしなかった。

 しかし、ランディと衣裳係のレイチェル・ヤングブラッドは乗ってしまったのだ。

 そして・・。
 
 飛行機は落下。 ツアーバスに激突し、そのまま一軒家に突っ込んで大破。
 ランディ25歳。 無残にも、空に散ってしまったのです。 
 こともあろうに、操縦していたエイコックからは、大量のコカインが検出されたのだ。

 ・・・。  なんという、あっけなさ。  なんという、悲劇。
 もし、オジーらも乗ってたらと思うと、考えただけでも恐ろしい。
 
 ( 実は、同じエイコックの飛行機で、リッチー・ブラックモアが移動することに
   になっていたことがあったんだけど、強い霊感の持ち主であるリッチーが
  「あのパイロットには、死相が出ている」と言い、その飛行機で移動することを
   避けて、別ルートでの移動になったそうです。
   そして、その数日後に、この墜落事故が起きたのです・・。         )

   

 志半ば。 夢は儚く・・。  これが“翼の折れたエンジェル”の最期だった。

 神様は、よほど“天才ギタリスト”が大好きなのだろうか。
 私たちの意に反して、やたら、“傍”に置きたがる。
 またも神は、一人の若き天才ギタリストを天に引き寄せたのだ・・。
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2010/06/16 Wed. 23:21 [edit]

Category: HR/HM

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

TB: 0  /  CM: 4

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この記事に対するコメント

No title

たか兄さん、こんにちは。
僕も高校生の一時期HM/HRを聴き狂ってた時期があります。Judas,Scorpions,Whitesnake,IronMaiden,そしてOzzyとMSG。3つ上の兄が大のランディ・ローズ狂いで、兄の留守のときにこっそりいろんなレコード聴きまくってました。兄への反発もあって僕はこのあとパンク系に走るのですが。
でも、かなり聴きまくったんでしょうね、未だにI Don't KnowやらCrazy Trainには脳みそも体もビビッと反応してしまいます。古いカセットテープもどっかいっちゃったのでYOUTUBEで聴いてみましたが、ハードなリフからどこまでも伸びていくようなソロまでやっぱりめちゃくちゃかっこいいですね。
ちなみに兄は今もメタル好きで、死んだら葬式でクワイエット・ライオットのThuderbirdを流すことになっています(笑)。

goldenblue #- | URL | 2010/06/19 13:40 * edit *

No title

 >goldenblueさん。
 毎度です! コメントありがとうございます。
 私たち同世代って、洋楽聴き出した頃は、なぜか必ず
 ハードロックの道は通りますよね。
 私は多重人格なのか、ハードロックと、ブラックとビートルズに、
 まとめてハマるという奇特なヤツでした・・。
 パンクやブルース系なんかも、ちょっと後にほぼ同時に聴き出し、
 ジャズまでも、手を伸ばしたりなど、もう変態ですね(笑)。
 おかげで、今のブログの肥やしになっております。

たか兄 #- | URL | 2010/06/20 11:19 * edit *

m(_ _)m

ヌォ~ Randyだぁ~

リッチーの話は以前ジョー・リン・ターナーの話で「マジ?」と思いましたよ。
しかしこのアルバムはOzzyとRandyの見事なケミカルですよね
当時はカーステでカセット聴きまくりの日々でした!
ギターでもコピーしまくり誰もが、Crazy Trainを弾いていた!
ジャケT-shirtまで買って準備万端だったのに・・・3月19日

ジュンビキ #- | URL | 2010/06/24 06:15 * edit *

No title

 >ジュンビキさん。
 毎度どうも。 いつもコメントありがとうございます!
 まさに、メタルキッズのバイブル的なアルバムですね。
 ランディになりきって、みんな弾きまくってました。
 私は、アルバム全体の完成度は、「狂人日記」の方も、
 負けじと優れてると思ってるんですが、
 なにせ、この衝撃度といい、インパクトは凄かった。

 ルディ・サーゾ曰く、ランディは、生前に
 「サード・アルバムはもっと凄くなるぜ」と語っていたそうで。
 かなり年月が経ちましたが、やはり残念ですね・・。

たか兄 #- | URL | 2010/06/24 16:09 * edit *

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