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妥協なきトライアングルが築いた、和製「RAM」。 

          Keisuke Kuwata     桑田佳祐 

          

          哀しみのプリズナー
          今でも君を愛してる
          路傍の家にて
          Dear Boys
          ハートに無礼美人 (Get out of my Chevvy)
          いつか何処かで (I feel the echo)
          Big Blonde Boy
          Blue ~ こんな夜には踊れない
          遠い町角 (The wanderin’street)
          悲しい気持ち (Just a man in love)
          愛撫と殺意の交差点
          誰かの風の跡

 もう一週間経ちましたが・・。
 そろそろ書かなきゃ・・と思ってたとこに、あの衝撃的ニュース。

 安心しました・・。  早く見つかってよかったです、ほんと。  
 あえてここで“ガン”について、蒸し返さないですが、一報を聞いたときは、
 「ガ~ン」と真っ暗になりましたよ。 ・・・。  でも、不幸中の幸い。
 ラジオで肉声を聞いたら、とても元気でなによりでした。
 手術も無事に成功し、その後の経過も良好で驚くほどの回復ぶりとのことですが、
 ここはじっくり療養に努めて、一日も早い“戦線”復帰を願いたく思います。

 あなたは、日本音楽界の最大の“至宝”。
 いなくなってもらっちゃ、困るんです。 まだまだ倒れてもらってはいけないんです。

 今宵は、私があなたの“虜”になったきっかけのソロ第1弾を語って参りたく思います。
 よろしくお付き合いを。

 (このレビューの便宜上、以後、「桑田さん」とは記さず、申し訳ありませんが、
  “呼び捨て”で書かせていただきます。  師(マスター)お許しくだされ。)


 コレが出た時のことを今でもよく覚えているけど、「あれ~?」って感じだった。

 当時の背景を思い出してみると・・。
 84年に、サザンが正面切って“デジタル”と対峙して、渾身の力で見事に結実させた
 大傑作「kamakura」を完成後、ハラボー(原由子)の長男出産、次男妊娠の産休により、
 サザンは活動休止に。 残ったメンバーらは、それぞれソロ活動を展開し始めた。

 桑田のソロは、他のメンバーに比べてスタートは遅く、まずは、サザンの“殻”を破り、
 学生気分に立ち戻り、“ロック”の世界にどっぷり漬かり直そうと、1年間限定で、
 フライト・ジャケットやタンクトップよろしく、男臭い集団「KUWATA BAND」を結成。

 活動終了後、2枚のソロ・シングルを発表。
 デビュー・ソロは、“悲しい気持ち (Just a man in love) ”。
 軽快なモータウン・ビートのR&Bテイストあふれるポップ・チューン。
 フィル・コリンズが“You Can't Hurry Love”をカバーして、大ヒットさせたみたいに、
 この頃は、こういうオールディーズっぽい曲調を今風にアレンジしてるのが流行ってた。

     

 2ndソロは、“いつか何処かで (I feel the echo)”。
 うってかわって、ミディアム・シャッフル・ビートとノスタルジックなメロディが
 印象的な、初期のエルトン・ジョンをテクノ化させたような真摯なラヴ・ソング。
 小林武史のアレンジと藤井丈司のプログラミングが存在感あふれる名曲だ。

 88年はサザン結成10周年の年で、記念シングル“みんなのうた”を発表。 
 サザン10周年「大復活祭」たるツアーを夏に敢行。 大成功を収める。
 (前の「あれ~?」ってのは、サザンのアルバムだと思っていたからでした)

 KUWATA BAND活動中は、レコーディングはスタジオセッションで比較的短時間で仕上げ、
 ライブやテレビ出演も精力的に行ったものの、それらの活動が終わった後、このバンド
 での活動に疑問を感じ(テクニック至上主義バンドの実験と限界)、サザンに“帰還”
 する前に、もう少ししばらくソロとしての時間が欲しい、今度はスタジオにじっくり
 篭って、曲作りに専念したいという、この桑田自身にとって、ある種“自信”を感じて
 いた時期。 その勢いに任せて、アルバム制作が始まった。

 87年夏から、約1年掛かりでレコーディングは続けられて、サザンのデビュー10周年の
 時期と重なってしまい、 サザン復活の直後の88年に、このソロアルバムをリリース
 ということになってしまったワケだ。

 ここで桑田は、2人のクリエイティヴな若き才能の持ち主とスクラムを組む。

 まず一人は、藤井丈司。
 コンピューター・マニピュレイター兼アレンジャーの第一人者で、後期YMOでの
 活躍がきっかけで、サザンの“ミス・ブランニュー・デイ”でのシンセ・アレンジを
 担当。 あのイントロのキラキラした響きは、時代が経った今でも鮮明だ。
 以後、桑田の信頼を得て、「kamakura」での全面的デジタル・ワーク、プログラミング
 は、まるで“和製トーマス・ドルビー”ごとく、重厚かつ大胆だ。
 
 もう一人は、小林武史。  
 今では“泣く子も黙る”天才プロデューサーも、当時は新進気鋭のアレンジャーだった。
 しかしながら、卓越した知識と彼の持つ独特な“洋楽テイスト”な音楽観は、桑田に
 多大な影響を及ぼして、90年代初めまでのサザンの“ブレイン”として貢献した。

 この“Wタケシ”に、桑田の“トライアングル”が融合した名盤がコレだ。
 (しかし、この3人の“天才”は、誰も妥協は許さず、互いに主張を曲げなかった
  ために、アルバム制作が頓挫してしまう可能性もあったとのことだ)

 ジャケットには桑田の“ピカソ風”の肖像画が使用され、歌詞カード内部や裏面には、
 レコーディングスタジオの風景が写されている。 写真には桑田のほかプロデューサー
 兼サポートメンバーの藤井丈司と小林武史も共に写っている。

 

 桑田が、この世で一番好きなアルバムの一枚がポール・マッカートニーの「RAM」。
 あのアルバムがなかったら、今の自分はないかもしれないとまで言い切る。

 “あそこ”まで、ホームメイドで手作りな作風を狙うには、いささか“デジタル”
 が過ぎるが、無機質な音にも、その肌触りと職人気質さが窺い知れる。
 (アルバム中、唯一「RAM」を意識してるのが、ウクレレの音色がリラックスした
  雰囲気を漂わすテクノ牧歌“Dear Boys”くらいだが)
 
 このアルバムのテーマは、
 「コンピュータと生の楽器をいかにうまく同居させて、より良い“楽曲”を作るか」
 だったのではないかと。

 このテーマには、ノッケの10数秒で答えが出てしまうことに・・。
 “哀しみのプリズナー”は、私の中ではサザン、桑田オールキャリアの楽曲の中でも、
 最も好きなイントロ。  シンセとアコースティック・ギターのカッティングの
 バランスのとれた混ざり方、響かせ方、そして、桑田の“歓喜の叫び”の絡み・・。

 素晴らしい。 この数秒で当時ガキだった私の心を鷲掴みにしてしまったんです。

 それと、このアルバムでの、桑田の最大の武器である楽曲レベルやメロディの
 センス、歌詞の韻の踏み方や“空耳”度、造語性などは、もちろん際立っているが、
 彼の“ヴォーカリスト”としての資質の高さには、改めて気づかされる点が多い。

 クレジットを見る限り、このセッションで桑田はギターを手にしていない。
 ゆえに、初のヴォーカリストとしての比重を置いた作品であるともいえる。

 このアルバムのオリジナル・アナログ盤の帯のキャッチコピーは、
 「 くちづさんでいるのは、彼です。 」  なのだから。

    

 “今でも君を愛してる”での多重コーラスはもとより、ナチュラルからシャウトまで
 幅広く、“誰かの風の跡”では、ファルセットを駆使した高難度もこなす。
 桑田の“声色”の器用さ、変幻自在さ、“何でも歌える”度は、サザンの楽曲でも、
 折り紙付きだけど、このアルバムでは、さらに繊細さも成熟度も増した感がする。 

 桑田は、このアルバムでは詩の内容にも力を入れたといい、以前の作品のような、
 語感重視の言葉遊びで終わらせるのではなく、洗練された表現も豊かな内容の詩が多い。

 「 雨に寄り添えば、すれ違いばかり 誰の心に君は眠るの 」  “いつか何処で”
 「 別れた駅に降り立つ度に振り返る街角 」  “遠い町角 (The wanderin’street)”
 「 他人の空似ばかりの行き交う女性(ひと)にあきらめをなぞるような独り言 」
                              “誰かの風の跡”
 なんかそう。

 また、英語部分を前活動のKUWATA BANDの英語詩を担当していたトミー・スナイダーが
 全編に補作しているのも大きいし、桑田夫妻に長男、次男が生まれていた時期でもあって、
 子供の目線での詩やメッセージをテーマにした曲もあるのも関係しているのかも。

 このように、“ビート”に従属しにくい(乗っけにくい)日本語と桑田との戦いは、
 このアルバムで、テクノロジーの力を得て、完全に融合して、音と言葉は一体と化し、
 若き日の小林武史と藤井丈司の協力で彩るサウンド・アレンジ、コラージュは、
 一片の破綻もなく、骨太かつ透明感にあふれつつ、圧倒的にパワフルでメロディアスな
 完璧なる「ポップ・ミュージック」を結実したのだ。

 いったい、どれだけこのアルバムを聴いたことか。
 サザン、桑田信者でない“非サザン系”を好む人からも、どれだけ賛辞を聞いたことか。
 
 こんなに手が込んで、細かい部分まで緻密に作り込まれ、斬新で高レベルなことを
 やってるのに、誰もが親しめて、底抜けに楽しめる作品に仕上げている。

 才能ある人間が、人材とお金と時間を自由に使いこなせば、どういうものができるか
 証明しているようなアルバム。

  

 現在出てる桑田のソロは、3枚いずれとも“性格”が全く異なるにも関わらず、
 どれも目的意識が高く、完成度もズバ抜けて高い。  ほんとにレベルが高い。

 彼こそ、日本のポップスの座標軸。  “宝”なんです。

 まだまだ、失うわけにはいけないんです。
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2010/08/04 Wed. 22:44 [edit]

Category: サザンオールスターズ

Thread:邦楽  Janre:音楽

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