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演じたカルト・ヒーローを宇宙へ葬った“時代と寝た男”。 

        SCARY MONSTERS    DAVID BOWIE 
      
          

           It's No Game, Pt. 1
           Up the Hill Backwards
           Scary Monsters (And Super Creeps)
           Ashes to Ashes
           Fashion
           Teenage Wildlife
           Scream Like a Baby
           Kingdom Come
           Because You're Young
           It's No Game, Pt. 2


 秋深し。  いかがお過ごしでしょうか。
 公私とも、日々追われの毎日。 有難く思う反面・・。
 ゆっくりじっくり、このページと向き合う時間も限られてしまうのも事実。
 こんな時私は、自分のページで「何を書いてきたか」振り返ってみたりします。
 けっこう“ひらめいたり”して、ペンが進んだりするんで。

 こうやってみると・・
 ずいぶんと記事を書き留めてきたように思います。 
 が。  まだまだ書いていないビッグ・アーチストも、たくさんいます。 

 デヴィッド・ボウイ。  なんとしたこと。  まだ書いてませんでした・・。

 今宵は、時代と共に“変わり続けた”男の話に、よろしくお付き合いを。


 いきなりですが、「YOUNG OH! OH!」って、昔のテレビ番組知って見えます?
 関西の方ならご存じでしょうが、(これは全国ネットだったのかなぁ)
 吉本芸人の大御所から若手芸人まで登場する伝説的公開総合バラエティ番組。
 (この番組のスポンサーのおかげで、“カップヌードル”の存在を知りました)

 三枝師匠が“サニー”の愛称で司会して、「八方、文珍、きん枝、小染」のザ・パンダ
 に、若手の急先鋒だった、さんまが入って(まだ掛布や小林の野球モノマネをやってた頃)
 「SOS(サニー・オーサカ・スペシャル」。 阪神巨人に、紳竜、ぼんち、のりおよしお
 が加わって、「チンチラチン」(だっけ?)といった、現在の番組制作でも用いられる、
 “ユニット結成”というの若手芸人の売り込み方のプロトタイプを確立したのも画期的
 だったし、吉本の全国進出のきっかけをつくったのも、この番組だった。

 コレが大好きで、毎週日曜夕方は「笑点」ではなく、ウチじゃこれを見てました。

 何故こんな話を書いたかというと、この番組は歌手も出演して歌ったりもしたんだけど
 (「全員集合」みたいに、セットの途中で)、総合司会が川村ひとし(龍一)さんで、
 なんと洋楽を紹介してくれるコーナーがあったんですよ。 ノーランズとかアラベスク、
 ABBA、ポリス、EW&Fなどなど、夕飯食べながら、なんだかラジオで聴いたことがある曲が
 ドンドン紹介されるワケです。 (今考えると、スゴい番組だよなぁ)

 そこで紹介されたんです。 ボウイの摩訶不思議なビデオを。

     
   
 「なんじゃコレは・・?」
 ピィヨ~ンとした変な音に、ピエロの恰好した男が溺れてる姿は脳裏に焼きついた。
 もちろん誰なのかは知る由もなく、当時のガキでは理解不能です。
 これが私のボウイとの初対面。  意外な場所での出会いでした。
 (後になり、「ベストヒットUSA」で再び見た時には、「あ~!」って声が出ましたよ)

 常に新しいことに挑戦し、これまでの己のキャリアのことを顧みることなくことなく、
 “変わり続け”、常に突き進み続ける男デヴィッド・ボウイ。
 その七変化はリスナーを追随させず、常に最前線にあろうとする。

 青白い顔にメイクした美しいピエロに扮したボウイの写真がジャケット表裏の所々に
 散りばめられ、明るい配色で並べられている。 

 この前3作がブライアン・イーノと組んで、ヨーロッパ美学を構築したいわゆる
 「ベルリン3部作(「LOW」「“HEROES”」「LODGER」)」だった。
 細かく深い情景描写をシンセに織り込み、ギター・アンサンブルで膨らませ、
 調和させた内省的な独自のテクノ・ミュージックは、来たるニュー・ウェイブの
 源流となった。

     

 発表は1980年。  時はまさにニュー・ウェイブが注目を集め始まった時期だ。
 アートとコマーシャリズムを無理なく結びつける巨大都市ニューヨーク。
 アメリカを去ったボウイが、再びアメリカを“意識”し始めた時期でもあった。

 「 タイトルは、お菓子の箱のキャッチコピーからとったんだ。
   「シリアルな箱の中身を食べると、“恐ろしい怪獣たち”と出くわしますよ」
   って、書いてあったんだ。                       」 

 「SCARY MONSTERS」は、その3部作の延長線上の作品といってもいいが、
 辛辣なメッセージを歌詞に載せるも、反動的にサウンドはポップで分かりやすい。
 ベルリンで培ったテクノ感覚、質感をバラバラに解体して、繋ぎ合わせて、
 明るく切り貼りしたコラージュ感が特徴だろう。
 
 一世風靡していたパンク・ムーブメントに乗っかるほど、ボウイは“子供”ではなく、
 己の過去の栄光にすがって生きるほど、彼は燃え尽きてはいなかった。

 時代と“寝てきた”が、けっして尻軽じゃなかった。

 “恐ろしい怪獣たち” 
 それは、様々に“気ぐるみ”した70年代のボウイ自身なのかも。
 ビックリ箱にそれまで演じてきた様々な仮面や衣裳と共に、過去の己の
 カタルシスもパッケージして、ポップアートで包装した作品がコレだ。

 「 シルエットや影が革命をみている。 もう天国への自由の階段は無い・・ 」
 “It's No Game, Pt. 1”で、なんと日本人女性のナレーションで幕を開ける。
 (ニューヨークで知り合った、前衛パーカッショニストのジョージ・ヒロタの
  妻であるミチ夫人が担当している)
 逆回転させたようなロバート・フリップの歪曲的ギターと、ヘヴィーなドラム、
 そして、絶叫するボウイがこの不気味な日本語と絡まって、おぞましさを増幅させる。
 (ボウイの歌詞を日本語で聞くと、こんなに過激だったと思い知らされる)
 ベルリン発ジャーマン・ロック経由ニューヨーク着といった趣きか。
 サウンドに関係なく、あまりにアバンギャルドにフリップが弾きまくるんで、
 ボウイが最後に「シャラップ!!」と黙らせて終わるほどだ。

 でも、このアルバムの“核”は、“Ashes to Ashes”だ。

      

   「 灰は灰に。 臆病者はさらに憂鬱になるだけ。
     私たちは、トム少佐は麻薬中毒だって知ってる。
     天の高みまでハイになってたけど、もがき苦しんでる。
     今は最悪。 ずっと落ち込んだまま。
  
     ママが言うんです。
     やるべきことをしっかりやりなさい。 そして、
     トム少佐と関わってはいけませんよって・・。    」


 “Ashes to Ashes”は、“灰は灰に”と言う意味で、キリスト教の葬儀に使われる
 祈祷の言葉の一節で、「土は土に、灰は灰に、塵は塵に」の中の一部。
 海外映画やドラマの吹き替え無しの物(もちろん英語物)を見て、葬式、それも
 埋葬のシーンが出てくると牧師なんかが、これをを良く口ずさんでいるのがわかる。

 コレは、“宇宙物”でブレイクしたボウイの初期の悼尾(とうび)を飾る葬送曲。
 この曲でデビュー以来、様々な曲で主人公を務めてきた人物をジャンキー(薬物中毒)
 であったと“オチ”をつけて、今までの物語は全てジャンキーの妄想だったと、
 幻想的な初期の己に終止符を打つのだ。

 これは、ベルリンでの生活で、すっかりドラッグが抜けきって、過去の堕落した
 自分の無軌道、無鉄砲さを自戒し、改心したボウイの自画像でもあるのだろう。

 オーヴァーダブを幾度も重ねた、チェック・ハマーによるギター・シンセサイザーの
 音色の斬新なアレンジに、“ピヨ~ン”としたニュアンスのハーモナイズした旋律は
 かつての“異星人”ジギ-・スターダスト時代のボウイには全くなかったもので、
 “グラム”を自ら捨て去ったのだという決意も感じる。

      

 高度10万マイルに達したところで宇宙船が故障し、“メジャー・トム(トム少佐)は
 「地球は青い。 僕は無力。 できることなんか何もない」 という言葉を残して、
 曲は終る。 管制塔への通信は不通となり、誰もがトム少佐は地球に戻ることなく、
 そのまま宇宙空間の中へ消えていったと思われていた。

 しかし「Space Oddity」から11年後、
 この曲は 「あの男の話を覚えていますか」という問いかけから、
 地上管制塔に、活動家(Action Man)いわゆる“彼”からのメッセージを受け取った
 という逸話が語られていく。 残酷なまでに研ぎ澄まされた美しいメロディラインの
 中で、麻薬中毒に苦しむトム少佐の言葉で埋め尽くされていく。

 または、こんなことが言える。
 ボウイの歌詞が、過去にもSFチックであったり、“演じる”社会派であったりと、
 ロック的思想が、他のロック・アーチストとは視点が違う点も孤高の存在だった。
 宇宙開発の夢が崩れても、相変わらずの“大国”の国益優先主義を嘆いて、
 宇宙に行っても無意味だったという不条理観を、トム少佐を再び登場させ、
 彼を責めてはダメだよと歌う。 ボウイの視線が再び“大国”に向いてきた証拠だ。
 
    ashes 3

 私がガキの時にテレビで遭遇した、ロックビデオ・クリップ史に残る傑作は、
 当時25万英ポンドの巨費を投じて制作され、ニュー・ロマンティックの先駆者である
 スティーヴ・ストレンジと共に、ドーバー海峡の面した内陸側南端の古い歴史の残る
 ヘイスティングスで早朝に撮影された。 ナターシャ・コルニロフが手がけるピエロの
 衣装に、室内シーンは、前年末に制作し新録された“Space Oddity”のビデオからの
 応用で、オスカー・ワイルド的な世界観に、チューブにつながれて浮遊し続ける
 “トム少佐”など見どころに事欠かない。

 あまりに“Ashes to Ashes”が美しく素晴らしいためにクローズアップされないが、
 この曲では弾いていなくも、アルバム全編に渡り、キング・クリムゾンの頭脳である
 ロバート・フリップが活躍して独特なギター・トーンで、アルバムを色付けしている。

       

 このアルバムで残念なのは、後半(B面)で若干パワーダウンする点だろうが、
 2ndシングルの80'sニューヨーク・モードを、みんな同じ方向で“キザな奴”と
 バッサリ切り捨てる、ボウイがNYパンクに呼応した“Fashion”での鋭角的で
 屈折したソロも、“Teenage Wildlife”での坦々とした8ビートで刻む彼の
 ギター・パートは、“Heroes”よりも素晴らしく魅力的で、坦々とした曲調から、
 だんだんドラマティックな展開をしていき、「俺をカリスマとして扱うのはやめろ」
 と衝撃の内容で歌うボウイのヴォーカルも、曲の展開に合わせて、断末魔の如く
 テンションが上がっていく。 この曲のギター・ソロが最も効果的に発揮されていて、
 ボウイのヴォーカルは、ファルセットや重低音の声も含めて、バラエティーに富んだ
 ヴォーカル・スタイルが聴ける。   

 ゆえに、“表現者”としての飽くなき欲求は、留まる事などないのだ。

       

 その後、ボウイは宇宙に還っていく。
 しかし、80年代に彼は新しいポップ・スターとして、再び降臨する。
 ただそれは・・。
 ボウイそっくりの“レプリカント”が、代わりに地球に送られてきたとは言い過ぎかな。
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2010/10/17 Sun. 14:41 [edit]

Category: 80年代ROCK、POPS

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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