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愛、絶望、苦悩、孤独、未熟・・ゆえに、“ふたりぼっち”。 

     JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND  ジョンの魂

         

          Mother  マザー(母)
          Hold On  しっかりジョン
          I Found Out  悟り
          Working Class Hero  労働階級の英雄
          Isolation  孤独
          Remember  思い出すんだ
          Love  愛
          Well Well Well  ウェル・ウェル・ウェル
          Look At Me  ぼくを見て
          God  神
          My Mummy's Dead  母の死


 もう30年になるのか・・。
 1980年12月8日にジョンを凶弾で失って、今年で30年経ったんですね。
 そして、去る10月9日は生きていれば、今年で70歳の誕生日だった。

 ジョンのアニバーサリー・イヤーとして、最新BOXセットが発売されて、
 またまた、新たなるベスト盤「POWER TO THE PEOPLE」も登場して、
 今年巷で、ジョンの曲が溢れ、メディアがこぞって特集し、今年もスーパー・ライブ
 が開催されて、いつもよりジョン関連のイベントも多いのは、これが理由だ。

 思えば、私のブログは、ポールのことばっか書いてたなぁ・・って。
 ごめんね、ジョン。  けっして避けてたワケじゃないんだけど・・。
 ジョンの記事を書くのは、なんと5年振り。
 この“お祝ムード”に思いっきり乗っかるつもりじゃないんだけど、
 遅ればせながら、ジョン・レノンの話に、よろしくお付き合いを。
 
 では、久し振りのジョンの記事にどの作品をレビューしようか迷ったけど、
 今回は“実質的”な1stソロ・アルバムとなる「ジョンの魂」にしようと思う。

   

 芸術肌で、ずば抜けたロックンロールの才能とセンスを持っているが、
 繊細かつナイーヴで、人間的には屈折してて未成熟。

 誤解されるのを承知で書くけど、私は、ジョン・レノンという“人間”に対して、
 こんなイメージを持っている。

 いい年こいた30過ぎの大人が、幼いころに捨てて行った親に対して、
 「母ちゃ~ん!」、「父ちゃ~ん!」、「行かないで~!」と泣き喚き、
 くじけそうになる自分自身を実名で呼んで、「がんばれ、がんばれ」と励まして、
 挙句の果ては、これまで自分が愛し、頼り、信じ切ってきたものを列挙して、
 「あれは要らないし、これも要らない。 もう信じるもんか」と放り出してしまう。

 これらは、幼児性が高く、いつまでも大人になれないでいる一人の未成熟な男の、
 独りよがりな感情表現を恥ずかしげも無く、赤裸々に語っている以外の何ものでもない。

 ビートルズ時代のジョンが書いた素晴らしい楽曲群は、天才的感性と極めて芸術的で、
 比喩的な表現が特徴的なリリック(歌詞)になって、ポールとは全く異なる、
 独特の世界観を形成していた。

 しかし、このアルバムでは、、そういった世界観は完全に排除されていて、
 表現方法はジョン自身の感情、感覚に対して直接的でプライベート過ぎ。 怖いくらい。
 まるで、見ちゃいけない彼個人の日記を覗き見しているかのような錯覚にさえ陥る。

 ビートルズのジョンの曲のように、「聴いて癒される」とか、「表現が素晴らしい」とか、
 「前向きなエネルギーをもらった」みたいな気持ちになりたい人は、
 おそらく聴かない方が身の為だと思う。  いや、聴いちゃいけないアルバムだ。

 「ビートルズのジョン・レノン」は、ここにはいない。  もう存在しないのだ。

 ビートルズ解散のショックやダメージは、ジョン自身、想像以上だった。
 これを克服するため、1970年に、アーサー・ヤノフというアメリカ人精神科医が提唱する
 「プライマル・スクリーム(原始の叫び)」という精神治療法に興味を持ち、その年の
 4月から3ヶ月に渡り、治療を受けた。
 幼少期の心の傷やトラウマを告白し、正面から対峙して、叫ぶことで“心の病”を
 取り去る療法。  過去の苦痛や恐怖と“戦うこと”で解き放るのだ。

      

 この療法で、過去の内面に閉じ込められた潜在意識と向かい合えるようになった
 ジョンは、最も“己とは何か”という、真摯な問いの中に自らの表現を掘り下げていき、
 あらゆる信条を捨て、ヨーコとの愛の道を選ぶと決意したのが、この「ジョンの魂」だ。

 ビートルズの音楽は大好きだ。 ジョンもポールもジョージの曲も。 当然リンゴも。
 今までの私のブログを読んで頂けたら、どれだけ深く愛しているか解ってもらえると思う。
 しかし、このアルバムには、音楽以前の問題において好きにはなれない部分もある。

 “Mother”だ。 この有り得ない凄みを帯びた絶叫に度肝を抜かれた。 最初は。
 (ちなみに、この“Mother”のテスト・プレス時のアセテート盤のテイクを
  聴いたことがあるが、発狂したかの大絶叫は恐怖すら感じる。 このオリジナルすら
  “まとも”に聴こえるくらいだった。  とても発売できるモノではなかった)

 ジョンの母親に対する思い、それはこの歌唱、いや叫びを聞けば痛いほどよく分かる。
 しかし・・。 あえて世間一般の評価に反旗を翻してしまうと・・。
 それは、先妻シンシアとその間の息子ジュリアンのことである。

 たぶん一部では、昔から指摘されていたことではあると思うし、死後ますます神格化
 されていく、ジョンの伝説にケチをつける気は毛頭ないのだけれど、 近年魅了された
 若いファンにも知っていてもらいたいし、世間一般の評価は、あまりに盲目過ぎて、
 “真のジョン”の姿を捉えていないと思うからだ。

 ジョンがヨーコに“走った”頃、ジュリアンは5、6歳。  捨てて行ったんです。
 この曲が発表された頃、ジュリアンはまだ7、8歳だった。
 発表当時は解らずも、この曲を聞いたジュリアンは、こう思ったに違いない。
 「パパはそう歌うけど、僕だって、“パパ行かないで”って、叫びたかったよ」と。
 ジョンも、母親と同じ事を繰り返しただけなのだ。

 ジュリアンのレコードの本質も理解せず、まともに聴いたことがない私に、
 ジョンを批判する資格は欠けているだろうし、これはきっと少数派の意見だろう。
 ただ今までのジュリアンの発言を知る限りだと、彼はこう言っている。
 ヨーコに対しては、「彼女は僕の親父を奪った一人の女に過ぎない」
 ジョンに対しては、「僕は彼に可愛がってもらった覚えはない」    と。

 だから、私はジョンに対して、こう思うのだ。
 ジョンは、天才ではあったが人間的には死ぬまで“子供”だったと。


 ・・・・。   とはいえども。


 このアルバムが、ロック史上燦然と輝く超名盤である称号に疑いの余地はない。

 テープの回転数を落とした弔いの鐘の音が、寒気がするほど不気味に幕を開けるが、
 このアルバムの真の音楽性は、ジョンの偉大なるヴォーカル力にある。 凄すぎるのだ。
 悲鳴から絶叫に至るロック・ヴォーカルのあらゆる音色の違いを、プロデューサーである
 フィル・スペクターの絶妙なサポートもあり、電気的に実に上手く処理されている。
 エコーの掛け方、フィルターのかぶせ方、ダブル・トラッキングにして厚みを持たせて、
 左右のスピーカーから、時には弁証法的に互いに違って聴こえてくるようにするなど、
 狂気とリアリティ(現実味)の表現の限界に挑んでいる感じすら覚える。
 
 そして、バックは必要最小限のアンサンブルに削ぎ落とす、シンプルの極み。
 ジョンのピアノ、ギター、そして、最大の楽器である“声”。
 まるで血流の如く、脈々とラインをなぞるクラウス・フォアマンのベースに、
 まるで鼓動の如く、正確に坦々とリズム刻む、リンゴのドラムのみ。
 (曲によって、たまにビリー・プレストンやフィル・スペクターのピアノが加わるが)

 このシンプル極まりない布陣が、背筋が凍りつくほどの緊迫感を演出して、
 ジョンの“内面からの独白”の重要性を高めて、ロックンロールの本質を限りなく
 追求しているのだ。 現状に対する不安、希望を抱いているこその反発、批判。
 ジョンの“叫び”は、縦ノリ横ノリの激しさ、8ビート重視だけが“ロックンロール”では
 ないということを証明している。

  

 このアルバムは、1曲1曲について語るべきはないだろう。
 その全てがジョンの人生体験の断片であり、真実であるからだ。

 母を失った悲しみを尋常なく叫び、自らを励まし、拠り所だった宗教を痛烈に批判し、
 “悟り”、ディランになり切り、労働者階級の苦痛をグチるように弾き語る。
 孤独に恐怖するも、少年時代を回想し、過ちをきっちり清算させる潔さもある。

 ヨーコへの愛はシンプルかつ深く優しいが、二人の永遠のテーマには、常に、
 “革命と自由と平和”が付きまとう。 ジョンは荒くヘヴィーにギターをラウドさせ、
 「ふむふむ」と頷くんじゃなく、血反吐が出るほど、狂ったように叫び倒すのだ。
 しかし気が付けば、“僕を見て。 僕は誰なの?”とヨーコにもたれ掛かる始末。

 わがままで、幼稚で無垢。 まるで無邪気な子供だ。 
 母に甘えられなかった想いを、ヨーコの胸に顔を埋める様に甘えるのだ。
 そして、ジョンは結論づける。

 「神とは、苦しみを計るための発想にすぎない」と、物怖じなく繰り返し、
 幼いころからの英雄に、諸々の神々、指導者に教祖の名を連呼し、否定していく。
 そして遂には、自らが抱き続けたロックの尊厳に足を踏み入れる。
 言ってはいけなかった。  ある意味での“冒涜”でもあり、最大の自虐行為だ。 
 エルヴィス、ジマーマン(ディランの本名)に、ましてや“ビートルズ”までも・・。
 「夢は終ったんだ」と。  信じる者は、己とヨーコだけなのだと。

 全てを捨てたジョンは、とうとうヨーコと、“ふたりぼっち”になってしまった。
 とどのつまり、ジョンの深い傷は、幼少期の母との辛い別れが根底にあって、
 母ジュリアをヨーコにリンクさせて追い求めている姿が描かれているのだ。

   


 遺作となってしまった「DOUBLE FANTASY」に、“幸福な人間の魂”を感じるなら、
 この「ジョンの魂」には、“どん底の人間の魂”を感じる。  真実のみだ。

 そして、どちらも同じ“ジョン・レノン”という人間の作ったものだということに、
 改めて、彼の偉大さを感じずにはいられない。
 
 最初の方でキツイこと書いてごめんね、ジョン。  
 きっと、ヨーコに嫉妬してんだよ。  男なのにね。
 あんなスゴい男に、こんなに愛されてさぁ・・。

 今日は、30回目の命日。  ずっとブログ書けなかったけど、間に合ってよかった。

 ただ。  今の私の心には、“Imagine”も“Mind Games”も響いてこない。
 愛と平和も・・、 ない。
 響いてくるのは、ロックンローラー、ジョン・レノンの魂の“叫び”のみだ。

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2010/12/08 Wed. 01:25 [edit]

Category: ビートルズ・ソロ

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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この記事に対するコメント

No title

たか兄さん、こんにちは。
このアルバムだけは正座して聴かなくちゃいけない、ちゃんとジョンと向かい合って聴かなきゃいけない、ついそんな気にさせられてしまいます。
最大限まで削ぎ落として深く魂の底まで手を伸ばそうとしたストイックさに金縛りにあいそうになります。
ただ、これを手放しで絶賛するのはあえて止めておこうとも思います。ジョンが今も生きていたら「GOD」の歌詞に、don't believe John Lennon!と付け足しそうな気がするんです。

goldenblue #- | URL | 2010/12/12 10:35 * edit *

No title

 >goldenblueさん。
 毎度コメントありがとうございます。
 確かに、こんなにピ~ンと張り詰めた緊張感と、自らをとことんまでストイックに追い詰めた
 ロック・アルバムはありませんね。 (私も手放しには褒められませんが・・)
 思うに。 “God”という曲は“とりあえず”のタイトルで、真のタイトルは、
 “Dream Is Over(夢は終った)”が正しいかと。 神を筆頭に、信じていたものは、
 全ては妄想とあきらめに過ぎないのだと結論づけたかった。 追い詰めた結果、
 言われる通り、その内、自らも“否定”していたかもしれませんね。
 ただ。 彼の発言や歌詞の内容を辿っていくと、矛盾してたり、一貫してないとこもあったり・・。
 やっぱ、成熟しきってない。 ヨーコさんがいなきゃダメだったワケで。  
 ジョンは、偉大なる“アダルト・チルドレン”でした。  

たか兄 #- | URL | 2010/12/12 22:55 * edit *

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