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世界一美しくて、未練がましく、みっともない“苦悩の芸術”。 

    BLOOD ON THE TRACKS (血の轍)    BOB DYLAN 

         

        Tangled Up In Blue  ブルーにこんがらがって
        Simple Twist Of Fate   運命のひとひねり
        You're A Big Girl Now  きみは大きな存在
        Idiot Wind   愚かな風
        You're Gonna Make Me Lonesome When You Go
                     おれはさびしくなるよ
        Meet Me In The Morning  朝に会おう
        Lily, Rosemary And The Jack Of Hearts
            リリー、ローズマリーとハートのジャック
        If You See Her, Say Hello   彼女にあったら、よろしくと
        Shelter From The Storm  嵐からの隠れ場所
        Buckets Of Rain  雨のバケツ


 今年、一発目の記事は、ディランにしました。
 (仙人様。 今年一年、“お顔”をお借りいたします。)
 なんか自分の中では、今年はディランが“熱く”なるのではと思うんです。
 特に理由はないんですが・・。  
 昨年末の紅白で、桑田さんが、いきなり出してきた新曲は“ディランもろ出し”
 だったし。  考えれば、今年5月で70歳になる仙人様。

 クラシック界における「3大“B”」と言ったら・・。
 「 ベートーベン、バッハ、ブラームス 」 
 (これがオーストリアに行くと、ブラームスがブルックナーに変わるんですが)
 ROCK界における「3大“B”」といえば、色々意見が分かれるとこでしょうが、
 「 Beatles、Beach Boys、そして、Bob Dylan」 と私は思う。

 それほど、ROCKを知る上、語る上で、ディランは必須科目である。
 
 故にディランを語るには、フォーク・ロックの革命を起こした60年代の作品から
 キッチリ語っておくことから始めるの常套手段なんだけど、私はディランで
 一番好きなのが、70年代。  66年の大事故後の半隠居からカムバック以降、
 型にハマらないROCKのスタイルを形成していき、新たなピークを迎えるという
 開拓者としての仙人様に魅かれるのだ。  私も型にハマるのが嫌な方。
 好きに語らせていただきたく思う。

 「血の轍(わだち)」。   おどろおどろしいネーミングだ。
 しかし巷や一般的には大傑作、70年代の最高傑作の呼び声も高い。
 私は、ディランのような“天才”の作品に順位を付けてもあまり意味がないと思ってるが、
 確かに、この収録曲の誉れ高さは、他の追随を寄せ付けない。
 
 今宵は、75年発表の“苦悩の芸術”である、「血の轍」を語っていこうと思う。  
 よろしくお付き合いを。


 「 多くの人があのアルバムを愛聴していると言う。
   しかし、私にはその理由がよく判らない。
   あのアルバムで歌っているような“苦しみ”を多くの人が愛聴するなんて・・。 」

    

 ディラン自身にそう言わせたとおり、“愛の苦悩”のアルバムが「血の轍」だ。

 72年にコロンビアとの契約が切れ、アサイラムと契約するも、「PLANET WAVES」と
 「偉大なる復活(ライブ)」の2枚で、再びコロンビアに戻ってくる。
 復帰第1弾は、エリック・ワイズバーグ(g)らと74年9月にニューヨークで録音されて、
 テスト盤が完成するも、12月にミネアポリスの地元ミュージシャンを起用して
 半数録音し直して、75年1月に発表された。

 様々な憶測を呼んだアルバムである。
 ユダヤの新年にあたる日(新年祭)の9月16日にレコーディングを行ったとか、
 妻サラと別居したことも・・。

 各曲の歌詞は、言われているほど難解ではない。   しかし・・。
 辛い、とてつもなく辛いのだ。 しかもとてつもなくネガティブ。 
 この世の終わりともいうくらい。 いや、未練がましいくらい、みっともないのだ。
 しかし、何度も聴くにつれ別の感覚も生じてくるのが、このアルバムの凄さでもある。
 愛の苦悩を無数の感情へ拡大したかのような大きなブルースを感じるのだ。

  Like A Cork Screw To My Heart  コルク栓をしたみたいに詰まってしまった。
  Ever Since We've Been Apart   俺達が別れてからというものは・・。

 “きみは大きな存在(You're Big Girl Now)”を、妻サラの事を歌った曲だろうと
 指摘されて、

 「 違う。  この曲は特定の人の事を書いたわけではない。
   そんな風に勝手に解釈するのは聴き手の想像力を制限する愚か者のする事だ。
   過去の体験を歌ったものではなく、
   これから体験する事に立ち向かう姿勢を歌ったものだ。  
   このアルバムを、私の“離婚”に関係があると書いた記事を読んだよ。
   だけど、私たちが離婚したのは、その4年後だ。             」
 
 それを“敢えて”否定している。  ムキになって強弁しているようにも。
 万人に共通する普遍的な愛とその損失が歌われていると説明するように。

  I Hope That You Can Hear     君に聴いて欲しい。
  Hear Me Singing Through These Tears   俺が涙を流しながら歌うのを・・。

     

 赤裸々。  ぶざまといってもいい。
 これでも、「違う」というのか・・。
 そうなのだろう。   ディランが言うのだから。
 彼の歌に“体験”が反映しないようなことは、考えにくいが・・、
 その関係が特定できたからといって、その歌の本質を理解したことにはならないのも、
 ディランの芸術である。

 ディランのラブソングは、なぜこんなにも美しいのか。
 それは歌詞や言葉の重さとも、ちょっと違うように思う。
 シュールなフレーズが次から次へ湧き出てくるが、常に口語のストーリーがある。
 しかも、まるで言葉遊びを楽しむかのように、聴き手をもてあそぶのだ。
 思うに、彼の曲の重さは、詩や言葉の重さではなく“その歌う重さ”にこそあるのだと。
 
 この曲は、愛の喪失を男が嘆き、意地を張る歌。 決して珍しい歌ではない。
 しかし、ディランが歌う事でその深刻度が増し、聴く者への浸透度も増幅する。
 その歌う重さが、“恐ろしく繊細であり、恐ろしく骨太”でもあるといえるのだ。

 アルバムそれぞれの楽曲は、ある意味、悲しみや辛さを超えてしまっていて、
 苦悩を表出してはいるが、独特のクールネスが貫かれ、決して湿っぽくはない。
 故に、弾き語りがベースのサウンドアレンジの超越した“軽やかさ”が、
 やけにポップで、全体のムードを、とてつもない陰鬱さから救っているのだ。
 表面的なマイナー調メロディーの美しさの奥底に在るブルースの源。
 そこから発せられる、あらゆる苦悩と感情の万華鏡のような歌のアンソロジーが、
 「血の轍」という“芸術”なのだ。

     

「 私は絵画のような作品を書こうとしたんだ。
  一部分だけを見る事もできるし、全体を見る事もできる歌をね。
  特に“Tangled Up In Blue(ブルーにこんがらがって)”で、
  時間の概念を排除し、登場人物の人称を1人称から3人称まで変化させる。
  その結果、聴き手には1人称の人物が話しているのか、
  2人称、3人称の人物が話しているのか判らない。
  しかし、全体を眺めれば誰が話しているのかどうでも良くなるわけだ。   」

 半分言葉遊びのような歌詞だが、一人の男の半生が一人の女性との関わりの中で描かれる。
 スケールを小さくした映画「フォレスト・ガンプ」のような話を思ったらいい。

 デビュー前のディラン自身を彷彿させる「イースト・コーストに向かった“彼”」は、
 そこで既婚の女性と出会うが、「少々乱暴に(A Little Too Much Force)」
 彼女を離婚させる。その後、二人で西部へ向かうが、
 「暗く悲しい夜(A Dark Sad Night)」に別れてしまう。
 歩き去っていく彼に彼女は振り返り、「またいつか出会う(We'll Meet Again Someday)」
 と予言する。

 その後、彼は居場所や職を転々とし、その間いろいろな女性に出会うが、
 彼女を忘れることができない(She Never Escaped My Mind)。
 ある時、ビールを飲みに立ち寄ったトップレスバーで、そこで働く彼女に再会するが、
 彼女は彼に対して「あなたの名前はなんだったかしら(Don't I Know Your Name?)」
 と言う。 ここで彼女が彼の名前を本当に覚えていないのかは疑問だが、
 その後二人がすぐに結ばれているところを見ると、彼女は働いている場所が場所だけに
 そう言ったのだろうと思うのだが・・。

 二人が結ばれるシーンは印象的だ。
 彼女は「イタリアの詩人が13世紀に書いた詩集」を彼に渡すが、
 その言葉の一つ一つが燃える石炭のように燃え上がり(Glowed Like Burnin' Coal)、
 ページの一枚一枚から注ぎ出てくるのだ(Pourin' Off of Every Page)。
 その後の詳しい経過は語られないが、
 どうやら、彼は彼女と別れて荒んだ暮らしをしているらしい。

 最後は混沌として意味不明の歌詞だけど、
 何とかして彼女にもう一度会いたい(I Got To Get To Her Somehow)
 と述べる彼は、やっぱり「ブルーにこんがらがって(Tangled Up In Blue)」いるのだ。

 イーストコースト、グレートノースウッドからニューオーリンズと転々とする男の物語。
 さながら、ディラン流ロードムービーだ。

 でも、私はこう考える。
 歌の“焦点”を明確にする為に、“誰に話しているのかどうでも良くなる”手法を取る。
 矛盾する言葉をコンセプトに同居させるのが、ディラン芸術の核心でもある。
 そのコンセプトが“やけに”リアルな歌詞も、どこかシュールな独自性を漂わす浮遊感
 へと変化させる化学反応。   クールなのだけど、とてつもなく熱い。
 ダミ声と土着的でアーシーな色彩感とのコントラスト。  実に“不思議な芸術”だ。  

    75 bob

 アルバム全体は、芸術的美しさの珠玉のラブソングで満ち溢れている。
 私の好きな曲を、ちょっと書きますと・・。

  “運命のひとひねり(Simple Twist Of Fate)”。
 煌々としたネオンの奇妙なホテルにデートで入るような若いカップルの話だ。
 “運命のひとひねり”が、彼から彼女を引き離す。 彼が目を覚ますと彼女の姿はない。
 彼は言葉を喋るオウムと共に港を探すが、結局彼女は見つからない。
 “運命のひとひねり”は、2度と彼と彼女を引き合わせることがないのだ。
 同い年の若いカップルってのは、大抵彼女のほうが一足先に大人になってしまって、
 結局別れてしまうというのは、誰にでも経験があるのでは・・。

  “おれはさびしくなるよ(You're Gonna Make Me Lonsome When You Go)”。
 実にストレートなタイトル。
 ハーモニカとアコギを弾き鳴らして歌うディランの声は、初期のフォーク時代のようだ。
 「君が行っちゃうと僕は寂しいよ」というキメのフレーズ。
 センチな内容だが意外と淡々と歌われ、曲もあっさり終わる。 本当に寂しいのか・・。

  “彼女にあったら、よろしくと(If You See Her, Say Hello)”。
 「彼女にあったら伝えてよ。 よろしくと。 僕は元気だと。」と誰かに託す。
 これまた別れた女性に対して未練のある男の歌だ。  妻サラにも届いたのだろうか。
 別れた恋人の名前を聞くだけで、「“耳のスイッチ”を切るのを学ぶ」彼は、
 自分でも認めているとおり「Too Sensitive(敏感すぎる)」のだ。

  “嵐からの隠れ場所(Shelter From The Storm)”。
 この世はしがないもの。 どこに行っても競争ばかりで疲れてしまう。
 そんな時こそ、恋人からこういう風に言ってもらいたい。 男は救われるのだ。
 「こっちへいらっしゃい。 私が嵐から身を守ってあげるわ。 癒してあげるね。」と。

 しかし、愛ばかりじゃない。    
 70年代の“Like A Rolling Stone”と言っていい、“愚かな風(Idiot Wind)”。
 いきなり4度のマイナーコードから放たれる怒りの矛先は、
 政治家か、資産家か。 とにかく権力を持つ者に対して烈火のごとく攻撃する。
 「君が歯を動かすたびに、“愚かな風”が吹く。」
 「君は愚かだ。 まだ息の仕方を知っているというだけで奇蹟だ。」と実に辛らつに、
 8分にも及ぶ、長大なストーリーが激しく歌われる。  アルバム最大のハイライトだ。

 この“苦悩の芸術”は、同時期にニューヨークで産声をあげたパンク・ロックみたいに
 ロックの歴史を動かす位置にあるアルバムではないだろう。
 しかし、このアルバムで、ディランは60年代の若者のカリスマとしての伝道師から、
 等身大の時代の優れた代弁者、表現者として変化することに成功したのだ。

 思えば、私も幾度も失恋したが、よく聴いたものだ。
 世界一みっともない男の、男にしかわからない、男の為のラブソング。

 “雨のバケツ(Buckets Of Rain)”とは、“涙のバケツ”のことだろう。
 失恋の悲しみにくれる聴き手(そして、おそらくディラン自身)に優しく語りかける。

  人生は悲しい(Life Is Sad)。  人生はバカ騒ぎ(Life Is Bust)。
  君ができることは、全て君がしなければならないことなのだ。

 この言葉で、何度救われたことだろう・・。
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2011/01/04 Tue. 21:15 [edit]

Category: ボブ・ディラン

Thread:洋楽CDレビュー  Janre:音楽

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この記事に対するコメント

> ROCK界における「3大“B”」といえば

ほかにBon Jovi、Black Sabbath、Billy Joel、Bee Gees・・・
Bはじまりは、ビッグネームばかりですね。

ディランはほとんど聴いたことがありませんが、
「愛の轍」はその中でも聴いてみたいと思うものの1つです。

今年もいろいろと参考にさせてもらいます。
よろしくお願いします。

ルドルフ #ZEiFTc6U | URL | 2011/01/07 06:54 * edit *

 >ルドルフさん。
 コメントありがとうございます。
 ROCK3大“B”は、意見が分かれると思うんですよ。
 本来なら、ディランは“D”ですよ。(ボブはこじ付けなんです・・)
 ジェフ・ベックとか、デヴィッド・ボウイとか、リッチー・ブラックモアとか、
 挙げたらキリがありませんね。
 ディランのベスト盤も、いいモノが最近出てますから、良かったら触れてみて下さい。
 今年もよろしくお願いします。

たか兄 #- | URL | 2011/01/07 22:31 * edit *

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