永遠のエヴァーグリーンは、“魔法の鼻歌”。
A LONG VACATION 大滝詠一

君は天然色
Velvet Motel
カナリア諸島にて
Pappi-doo-bi-doo-ba物語
我が心のピンボール
雨のウェンズディ
スピーチ・バルーン
恋するカレン
FUN×4
さらばシベリア鉄道
1981年3月21日。 今からちょうど30年前のことだ。
“BREEZEが心の中を通り抜ける”との帯を付けた
一枚のアルバムが発売された。
永井博のリゾート・イラストをパッケージングした
忘れられないジャケット。
「A LONG VACATION」。 通称「ロンバケ」。
これが、日本のポップスの永遠の金字塔となるとは、
当時誰が想像できただろう。
日本語ロックの草分け的伝説のバンド「はっぴいえんど」の
一員としてデビュー。
シーンに多大な影響を残すも3年で解散。
後にソロ・アーチスト、プロデューサーとして、
75年にフィル・スペクターの「フィレス」をモデルにした、
大滝の名前からヒントに、自身のレーベル「ナイアガラ」を設立し、
当時の日本アングラ・シーンの中でも異彩を放つ。
東京・福生の自宅兼スタジオに籠って、
60年代ポップスへの愛情と知識をフル稼働しながら、
数々の名CMソングを提供。
マニアックな洋楽やオールディーズをベースにしながら、
音頭や民謡をも飲み込んだ日本の歌謡史に、
それに融合させるという、あくまで日本人的視点
から“趣味趣味音楽”を模索(?)。
誰も真似できない独自のポップ・ワールドを構築。
日本ポップス界のカルト的存在で、一部のマニアから絶大な人気を博す。

山下達郎や大貫妙子らによる「シュガーベイブ」をプロデュースし、
自身も奇妙奇天烈な冗談なのか本気なのか理解に苦しむ
“奇特”な音楽性のソロ作品を短期間に連続的に発表するも、
到底一般的に認知されるワケがなく、
ナイアガラの70年代は全く売れない“不遇の時代”だった。
(初のレーベル配給元の“エレック”が倒産し、
“日本コロンビア”に移籍がなされたが、16トラック・レコーダー
を寄与する代わりに、1年でアルバム4枚するという契約で、
「売れなきゃ作れ、数打て」という論理なのか、
大量生産を余儀なくされた結果だという)
この第1期ナイアガラ時代の終焉後、約3年のブランクをおいて、
CBSソニーに配給元を移籍。
膨大な時間と手間ヒマと手塩にかけて、
練りに練られた“一世一代”の大傑作を生み出す。
当時信濃町にあったCBSソニーのスタジオに約1年籠って、
レコーディングをスタートさせる。
ただ、今まで“まともに売れたことがなかった”御隠居に、
印税収入などあるわけがなく、
福生スタジオの機材を売り払ったとはいえ、
高価なスタジオ経費を払う財力などある訳がない。
疑問が湧く。
しかし、捨てる神がいれば、拾う神も当然いたのだ。
音楽出版社の経営者の朝妻一郎氏
(「ロンバケ」のエグゼクティブ・プロデューサー)だ。
彼との出会いが“運命の出会い”だった。
彼がスタジオ経費を保証したのだという。
朝妻氏もオールディーズの大ファンだったそうで、
御隠居の夢の実現に手を貸した。
「もう最後なんだから。 今までやってこなかったことをやろうと。」
無謀ともいえる数々の失敗から裏打ちされ、
“気が付いた”というメロディアス路線への転換。
「今度こそはいける」という自信を持った稀代の才能と、
敏腕経営者の勘が見事スパークし、
共に背水の陣を敷いた“大きな賭け”。
これが「ロンバケ」の誕生に繋がった。
結果は、野球通である御隠居からすると、
センター前クリーン・ヒットどころか、
150メートル級場外逆転満塁ホームラン。
第2期ナイアガラは、“奇跡”からスタートする。
それは、80年代初めのバブル到達以前の若者のトレンド志向、
AORやフュージョンの主流に合わせるように、
「~しながら、音楽を聴く」という、BGMとしてのライフ・スタイルや、
ウォークマンの発売やエアチェック、カーステレオなどの
音楽環境の変化も相まって、
このアルバムは、じわじわと若者を中心に浸透していき、
空前のロングセラーを記録。
週末の昼間にAMラジオでやってた歌謡曲の電リク番組。
大好きでよく聴いてました。
いつも通りに何気に聴いてると、ある曲が流れてきた。
すると・・。
当時持ってた、ちっぽけなラジカセのモノラル・スピーカーでも分かる、
聴いたことのない重低音がズンズン響く。
歌は鼻歌っぽく聴こえるけど、何だか耳に残る曲、いや、“音”だ。
「君は天然・・ん?」
曲名はおろか、当然歌ってるのも誰だか分からずじまい。
しかし、他の歌謡曲とは明らかに違う“音質”であったことは、
当時のガキでも分かった。
これが中1の私が聴いた、真の“初ナイアガラ体験”であった。
(いや、テレビっ子だった私は、当時に御隠居が“食いっぱくれ”にしてた
数々のCMソングを耳にしていたにも関わらず、
当然気付くことなどなかったから、初体験ではないのだが)
そんな、たかだか“ナイアガラ歴30年”の鼻タレ小僧であるこの私が、
このアルバムをレビューし語るなど、
生息も甚だしく恐れ多いんですが、あくまで我々はリスナーであり、
ファンなのであります。 いくら送り手が“尊大”でも、
受ける側はあくまで平等なはず。
良いものは評価し、ダメなものはモノ申す。
100人いれば、100通りの“答え”がある。
いまだにビートルズやストーンズ、ディランを
「あーだこーだ」言ってるのも同じで、
芥川龍之介や太宰治を読んで、
感想文を書いてることと同じだと思ってます。
だから私も“単なる感想文”を書いてる一人であります。
前振りが長くなり過ぎたましたが。
日本のポップ・シーンのマエストロ(巨匠)であり、
ポップス史の研究者であり、実証主義者であり、
見識高い文化人でもあり、論客者でもあり、日本で最も偉大なる
“音楽ニート”(失礼・・)と揶揄されるも、現在でも業界内やアーチストら
に多大な影響を与える“福生の仙人”こと大滝詠一
(御隠居と呼ばせて頂きます)が生み出した、
30年経った現在でも、
日本ポップスに永遠のエヴァー・グリーンの輝きを放ち続ける
金字塔である「A LONG VACATION」の話に、
よろしくお付き合いを。

「 いや、もうできあがったときは、
これは10年、20年は軽く持つっていうふうに豪語したんだけど。
でも、わからないよ。
売れたことがないから(笑)。 」
「ロンバケ」生誕30年を記念して、30th Anniversarry Editionが、
2011年3月21日に発売された。
1982年に邦楽初のCD第1号としてソニーが、「ロンバケ」(35DH1)を
選択し発売以来、1889年に再発した際にリマスターし、
“さらばシベリア鉄道”をカットして発売(27DH5300)、
1991年3月(10周年にあたる)の“CD選書シリーズ”
(薄プラケースで1500円)では、オリジナルの10曲に戻して、
オリジナル・アナログ・マスターからは最後のリマスター。
2001年の20周年記念盤は、
ギターやオルガンでリードさせた限定インスト盤だった
「Sing A LONG VACATION」を全曲追加収録して、
念のために88年に作っておいたデジタル・マスターを利用した
初の“デジタル・トゥー・デジタル”によるリマスターで、
今回の30周年記念盤は、御隠居イチオシの純カラオケと
“君は天然色”のオリジナル・トラックをボーナスで収録させた
通算5代目になる「ロンバケ」のリマスター盤だ。
私は、評論家でもプロのエンジニアでもございませんので、
専門的な違いはわかりません。
あくまで“素人耳”で30年間聴き続けてきた“感”だけ
でしか書けないのですが、20周年盤の時は、
「おお、歌が前に出てるじゃん」と、デジタル・マスター効果による
中域の幅を強調させたせいか、御隠居の“歌”を際立たせる感じで、
大いに楽しめた。
今回の30周年盤を初めて聴いた時の印象は、
「全体のバランスが元に戻った感じ」だった。
変化が大きかった20周年盤に慣れてしまっていたので、
余計に印象が違ったように思うけど、
今回のリマスター源は、なんと突然発見されたアナログ・マスター
(2世代目だが極上モノ)かららしく、
タッチが限りなくアナログの音感やバランスに近づいた「ロンバケ」に感じた。
ただ劇的な音質UPとか変化があったかと言われれば・・。
「ない」と答える。
普通の人が、今までの「ロンバケ」と聴き比べても、
きっと「あまり変わらない」と感じるだろう。
元々アナログ当時から音質については群を抜いて優れた作品だったんで、
あとは聴き手の“耳”の感じ方次第で、好きかイマイチかに転ぶ。
そんなものだ。
内容については、改めて書く必要はないだろうが、
恐縮ながら書かせてもらうなら、
一般的にまず「ロンバケ」と言ったら、やはり“君は天然色”だろう。
第1期から、時間をかけ実験を重ねたフィル・スペクターの手法、構造を、
やっとモノにし、“ナイアガラ流”に発展させて、
決定的な答えを導き出したのが、この曲だ。
この曲で「ロンバケ」の成功は確約されたのだ。
この曲のインパクトはもの凄い。
煌びやかなポップ・ストロークから、ロイ・ウッドを彷彿させるような
大編成されたセッションが一気呵成に
「♪ジャンジャン! スカジャンジャン!」と、ユニゾンする
(同じ音を複数で同時に演奏)三連符と、
残響エフェクトが素晴らしいイントロは、
30年経った今でも、あのちっぽけなモノラル・ラジカセで聴いた感動を
色褪せることなく鮮明に蘇らせて、私の耳と心にダイレクトに響かせる。

御隠居によれば、この曲は“一発取り”で、ミックスは、
ソニー・デジタル・エンジニアの申し子である吉田保氏
(あの吉田美奈子のお兄さんです)が、2チャンネルでカラオケを
作って、それをベースに音を重ねたり、
SEを入れたり、歌を入れてるそうで。
今回の30周年盤のボーナス・トラックのオリジナル・ベーシック・トラックが、
その一発取り2チャンネル版だ。
これが“君は天然色”の原型となってるが、
なんと、「♪想い出はモノクローム~」からのサビは、
一音上がりになっているのだ。
御隠居によれば、イントロはAだけど、歌はG。
ということは・・、
「一音下がった歌で始まってる訳。
で、サビになると一音上がるのよ。(Aに戻る)
つまり、サビ始まりだったんだよ。」
でも、御隠居のキーでは歌えないんで、
オケはそのままにして、サビだけ、ハーモナイザーで一音下げたそうだ。
「凄く悩んで。
もう、構成として大きくしたかったのね、曲は。
Aで始まってGでいて、サビがAでいって、
Gに戻ったら、
また転調したサビになって戻ってっていう風に、
デカイ構成にしたかったから。
なんとしても一音上げのサビはやりたかったんだけども、
「色を点けてくれ」とかさ、
ほんどにもうダメになった中年が青春を回顧してる感じになっちゃって。
しょうがないからさ、一音下げたのよ。
トニック下げは珍していって、C、F、Gのトニック下げに
結果的になったんだけど。で、ハーモナイザーで一音下げたのよ。 」
(山下達郎サンデーソングブック 2011年新春放談より)
※ 専門用語ですが、トニックってのはトニックコード(主音階)
のことで、曲の構成上、特にポップスなんかは
耳さわりがいいんで、曲の初めや終り
なんかによく用いるコード。 でも御隠居は、
このコードでは歌えないんで、主音階を下げるなんてことは
珍しいけど、ハーモナイザーで1音階下げたとのこと。
凄腕のミュージシャン達による
(「20人くらいで、せ~のでやってる」との談)、
個性もテクニックも剥ぎ取り、全て“音の壁”に封じ込めて、
ひたすらギミックのみに道具に使用されて、
2拍3連の連打や変拍子を繰り返すキック・ドラムとチョッパー・
ベースの“キメ”とタイミングの妙が、この曲、いや、
「ロンバケ」の“期待感”と“悦楽感”を呼び込んでいく。
このアルバムで展開されるナイアガラ・ワールドは、
“比類なき多重人格音楽家”である
大滝詠一の歌手、作曲家、編曲家としての
“メロディアス”・サイドの総決算だ。
盟友松本隆に「言葉のプロデュース」を託し、
ボーイ・ミーツ・ガール的な映画のワンシーンみたいに
鮮明かつメランコリックな叙情の世界に、御隠居の優しく柔らかい
メロディに乗せるという全体的な音楽構造は、
60年代から70年代のアメリカン・ポップスを基本に、
歌謡曲やフォーク的テイスト、北欧エレキ・インストをもエッセンスして、
ナルシスティックに酔いしれたかのような、
とうとう歌心に目覚めた(?)御隠居の心地いい“魔法の鼻歌”が
包み込み、過去のノベルティ・サイドでみせた遊び心やヒントも
スパイスさせ完成させた、音頭を封印し、
本気で“売りにいった“初のナイアガラ作品だ。

「ロンバケ」は、先にも書いたフィル・スペクターの
“ウォール・オブ・サウンド(音の壁)”
のナイアガラ流のことばかりが特徴とされがちだが、その象徴的引用は、
“君は天然色”に、“恋するカレン”と“カナリア諸島にて”の3曲くらいで、
思っているほど少ない。
最も“音の壁”を具現化できたのは、“恋するカレン”だろう。
アコギにピアノにストリングス、カスタネットに女性コーラスを
分厚く何枚にも重ね合わせた、壮大なポケット・シンフォニー。
もはやスペクターの模倣なんて次元ではない。
しかし・・。 歌については御隠居いわく。
「出来て、オケ作って、んでぇー“これはやった”と思ったわけよね、
オケ作った段階で。
で、オケ作った段階で廻りの顔色も違うわけよ。
これはいい作品になるって皆思ってたんだけど、
いざ歌い出したらさ、歌えなかったのよ。
頑張って頑張ったんだよ。
何日頑張っても40点しか出ないんだよ~。
最初に入れたのが20点。 ある日たまたま60点。
はぁ~、この程度かぁって。」
(山下達郎サンデーソングブック2010年新春放談より)
それよりもアルバム全体を通して、
アコースティック・ギターの音色を隠し味に多用してて、
“Velvet Motel”や“雨のウエンズディ”や“恋するカレン”など、
さりげなくも効果的だし、 “雨のウェンズディ”では、
ベースに細野晴臣、ギターに鈴木茂なので、変則的だけど、
作詞の松本隆を加えれば、これぞ80's版「はっぴいえんど」が実現して、
叙情感あふれる名曲に仕上がってるし、
鈴木茂のギターをフューチャーしたワイルドな“わが心のピンボール”と、
シンプルだが水彩画的情景が美しい“スピーチ・バルーン”の
コントラストが実に見事。
ラストには、多羅尾盤伴内楽団Vol.1での、
北欧エレキ・インスト路線を継承した
“さらばシベリア鉄道”のような曲もあって、
実に“振り幅”の広い構成なのだ。
さらに洋楽への深いオマージュと憧れと“悪ふざけ”の一歩手前の
ギリギリの展開が痛快な御隠居の相反するノベルティ・サイドの
“いたずら心”も、うまくマイルドにブレンドしてる。
アルバム中唯一御隠居の作詞曲“Pappi-doo-bi-doo-ba物語”は、
ドゥー・ワップの魅力とテレビで何か聞いたことがいるような
フレーズを散りばめたユーモアがたっぷりで、ついつい口ずさんでしまうし、
ビーチ・ボーイズやマニアックなオールディーズをパロッた
お気軽ソング“FUN×4”の2曲がバランスよく配置されて、
紳士的で清涼感あふれる印象がある「ロンバケ」に小粋なアクセントを
加えるとこは、クセモノである“御隠居”ならでは。
しかし今でも思う。
実に意味深なタイトルだ。 タイトルから既に計算してたのかと。
1984年の「EACH TIME」以来、オリジナルアルバムを発表していない。
“長~い休暇”のあと、1997年に突然シングルで“幸せな結末”を発表。
ドラマのタイアップも重なって大ヒット。
活動復活かと思いきや、また“長~い休暇”に。
すると、また2003年に突然シングルで“恋するふたり”を発表。
これが“最新曲”。
「ロンバケ」20周年記念盤の時も、何らかの“動き”に期待したけど・・
無かった。
「90年代に頑張って2曲書いて。
あれ、A,B面書いてるから。 たいしたもんだよ。
2000年代に1曲だから。 よく1曲できたなって。
さすがにね、2曲、1曲だから。
2010年代はないよ。 2、1、0。
2010年代にはゼロということを暗示してるね、既に。」
(山下達郎サンデーソングブック2010年新春放談より)

2021年3月21日発売予定(?)の「ロンバケ」40周年記念盤は、
アナログ盤で復活ってのはどうでしょう。 御隠居。
アナログ盤で始まり、アナログ盤で締める。
もう音楽活動に関しては“お終い”と示唆されてて、
永遠の「ロング・バケーション」となりつつありますが、
いかがなものでしょうか?
期待しております。
追悼哀悼加筆
2013年12月30日のあまりに急な旅立ちに
言葉を失い、絶句した思いを記憶してます。
現在の日本の音楽シーン、環境をどんな想いで
見つめていられるのでしょう。
ご意見お伺えないのが、残念でなりません。

君は天然色
Velvet Motel
カナリア諸島にて
Pappi-doo-bi-doo-ba物語
我が心のピンボール
雨のウェンズディ
スピーチ・バルーン
恋するカレン
FUN×4
さらばシベリア鉄道
1981年3月21日。 今からちょうど30年前のことだ。
“BREEZEが心の中を通り抜ける”との帯を付けた
一枚のアルバムが発売された。
永井博のリゾート・イラストをパッケージングした
忘れられないジャケット。
「A LONG VACATION」。 通称「ロンバケ」。
これが、日本のポップスの永遠の金字塔となるとは、
当時誰が想像できただろう。
日本語ロックの草分け的伝説のバンド「はっぴいえんど」の
一員としてデビュー。
シーンに多大な影響を残すも3年で解散。
後にソロ・アーチスト、プロデューサーとして、
75年にフィル・スペクターの「フィレス」をモデルにした、
大滝の名前からヒントに、自身のレーベル「ナイアガラ」を設立し、
当時の日本アングラ・シーンの中でも異彩を放つ。
東京・福生の自宅兼スタジオに籠って、
60年代ポップスへの愛情と知識をフル稼働しながら、
数々の名CMソングを提供。
マニアックな洋楽やオールディーズをベースにしながら、
音頭や民謡をも飲み込んだ日本の歌謡史に、
それに融合させるという、あくまで日本人的視点
から“趣味趣味音楽”を模索(?)。
誰も真似できない独自のポップ・ワールドを構築。
日本ポップス界のカルト的存在で、一部のマニアから絶大な人気を博す。


山下達郎や大貫妙子らによる「シュガーベイブ」をプロデュースし、
自身も奇妙奇天烈な冗談なのか本気なのか理解に苦しむ
“奇特”な音楽性のソロ作品を短期間に連続的に発表するも、
到底一般的に認知されるワケがなく、
ナイアガラの70年代は全く売れない“不遇の時代”だった。
(初のレーベル配給元の“エレック”が倒産し、
“日本コロンビア”に移籍がなされたが、16トラック・レコーダー
を寄与する代わりに、1年でアルバム4枚するという契約で、
「売れなきゃ作れ、数打て」という論理なのか、
大量生産を余儀なくされた結果だという)
この第1期ナイアガラ時代の終焉後、約3年のブランクをおいて、
CBSソニーに配給元を移籍。
膨大な時間と手間ヒマと手塩にかけて、
練りに練られた“一世一代”の大傑作を生み出す。
当時信濃町にあったCBSソニーのスタジオに約1年籠って、
レコーディングをスタートさせる。
ただ、今まで“まともに売れたことがなかった”御隠居に、
印税収入などあるわけがなく、
福生スタジオの機材を売り払ったとはいえ、
高価なスタジオ経費を払う財力などある訳がない。
疑問が湧く。
しかし、捨てる神がいれば、拾う神も当然いたのだ。
音楽出版社の経営者の朝妻一郎氏
(「ロンバケ」のエグゼクティブ・プロデューサー)だ。
彼との出会いが“運命の出会い”だった。
彼がスタジオ経費を保証したのだという。
朝妻氏もオールディーズの大ファンだったそうで、
御隠居の夢の実現に手を貸した。
「もう最後なんだから。 今までやってこなかったことをやろうと。」
無謀ともいえる数々の失敗から裏打ちされ、
“気が付いた”というメロディアス路線への転換。
「今度こそはいける」という自信を持った稀代の才能と、
敏腕経営者の勘が見事スパークし、
共に背水の陣を敷いた“大きな賭け”。
これが「ロンバケ」の誕生に繋がった。
結果は、野球通である御隠居からすると、
センター前クリーン・ヒットどころか、
150メートル級場外逆転満塁ホームラン。
第2期ナイアガラは、“奇跡”からスタートする。
それは、80年代初めのバブル到達以前の若者のトレンド志向、
AORやフュージョンの主流に合わせるように、
「~しながら、音楽を聴く」という、BGMとしてのライフ・スタイルや、
ウォークマンの発売やエアチェック、カーステレオなどの
音楽環境の変化も相まって、
このアルバムは、じわじわと若者を中心に浸透していき、
空前のロングセラーを記録。
週末の昼間にAMラジオでやってた歌謡曲の電リク番組。
大好きでよく聴いてました。
いつも通りに何気に聴いてると、ある曲が流れてきた。
すると・・。
当時持ってた、ちっぽけなラジカセのモノラル・スピーカーでも分かる、
聴いたことのない重低音がズンズン響く。
歌は鼻歌っぽく聴こえるけど、何だか耳に残る曲、いや、“音”だ。
「君は天然・・ん?」
曲名はおろか、当然歌ってるのも誰だか分からずじまい。
しかし、他の歌謡曲とは明らかに違う“音質”であったことは、
当時のガキでも分かった。
これが中1の私が聴いた、真の“初ナイアガラ体験”であった。
(いや、テレビっ子だった私は、当時に御隠居が“食いっぱくれ”にしてた
数々のCMソングを耳にしていたにも関わらず、
当然気付くことなどなかったから、初体験ではないのだが)
そんな、たかだか“ナイアガラ歴30年”の鼻タレ小僧であるこの私が、
このアルバムをレビューし語るなど、
生息も甚だしく恐れ多いんですが、あくまで我々はリスナーであり、
ファンなのであります。 いくら送り手が“尊大”でも、
受ける側はあくまで平等なはず。
良いものは評価し、ダメなものはモノ申す。
100人いれば、100通りの“答え”がある。
いまだにビートルズやストーンズ、ディランを
「あーだこーだ」言ってるのも同じで、
芥川龍之介や太宰治を読んで、
感想文を書いてることと同じだと思ってます。
だから私も“単なる感想文”を書いてる一人であります。
前振りが長くなり過ぎたましたが。
日本のポップ・シーンのマエストロ(巨匠)であり、
ポップス史の研究者であり、実証主義者であり、
見識高い文化人でもあり、論客者でもあり、日本で最も偉大なる
“音楽ニート”(失礼・・)と揶揄されるも、現在でも業界内やアーチストら
に多大な影響を与える“福生の仙人”こと大滝詠一
(御隠居と呼ばせて頂きます)が生み出した、
30年経った現在でも、
日本ポップスに永遠のエヴァー・グリーンの輝きを放ち続ける
金字塔である「A LONG VACATION」の話に、
よろしくお付き合いを。

「 いや、もうできあがったときは、
これは10年、20年は軽く持つっていうふうに豪語したんだけど。
でも、わからないよ。
売れたことがないから(笑)。 」
「ロンバケ」生誕30年を記念して、30th Anniversarry Editionが、
2011年3月21日に発売された。
1982年に邦楽初のCD第1号としてソニーが、「ロンバケ」(35DH1)を
選択し発売以来、1889年に再発した際にリマスターし、
“さらばシベリア鉄道”をカットして発売(27DH5300)、
1991年3月(10周年にあたる)の“CD選書シリーズ”
(薄プラケースで1500円)では、オリジナルの10曲に戻して、
オリジナル・アナログ・マスターからは最後のリマスター。
2001年の20周年記念盤は、
ギターやオルガンでリードさせた限定インスト盤だった
「Sing A LONG VACATION」を全曲追加収録して、
念のために88年に作っておいたデジタル・マスターを利用した
初の“デジタル・トゥー・デジタル”によるリマスターで、
今回の30周年記念盤は、御隠居イチオシの純カラオケと
“君は天然色”のオリジナル・トラックをボーナスで収録させた
通算5代目になる「ロンバケ」のリマスター盤だ。
私は、評論家でもプロのエンジニアでもございませんので、
専門的な違いはわかりません。
あくまで“素人耳”で30年間聴き続けてきた“感”だけ
でしか書けないのですが、20周年盤の時は、
「おお、歌が前に出てるじゃん」と、デジタル・マスター効果による
中域の幅を強調させたせいか、御隠居の“歌”を際立たせる感じで、
大いに楽しめた。
今回の30周年盤を初めて聴いた時の印象は、
「全体のバランスが元に戻った感じ」だった。
変化が大きかった20周年盤に慣れてしまっていたので、
余計に印象が違ったように思うけど、
今回のリマスター源は、なんと突然発見されたアナログ・マスター
(2世代目だが極上モノ)かららしく、
タッチが限りなくアナログの音感やバランスに近づいた「ロンバケ」に感じた。
ただ劇的な音質UPとか変化があったかと言われれば・・。
「ない」と答える。
普通の人が、今までの「ロンバケ」と聴き比べても、
きっと「あまり変わらない」と感じるだろう。
元々アナログ当時から音質については群を抜いて優れた作品だったんで、
あとは聴き手の“耳”の感じ方次第で、好きかイマイチかに転ぶ。
そんなものだ。
内容については、改めて書く必要はないだろうが、
恐縮ながら書かせてもらうなら、
一般的にまず「ロンバケ」と言ったら、やはり“君は天然色”だろう。
第1期から、時間をかけ実験を重ねたフィル・スペクターの手法、構造を、
やっとモノにし、“ナイアガラ流”に発展させて、
決定的な答えを導き出したのが、この曲だ。
この曲で「ロンバケ」の成功は確約されたのだ。
この曲のインパクトはもの凄い。
煌びやかなポップ・ストロークから、ロイ・ウッドを彷彿させるような
大編成されたセッションが一気呵成に
「♪ジャンジャン! スカジャンジャン!」と、ユニゾンする
(同じ音を複数で同時に演奏)三連符と、
残響エフェクトが素晴らしいイントロは、
30年経った今でも、あのちっぽけなモノラル・ラジカセで聴いた感動を
色褪せることなく鮮明に蘇らせて、私の耳と心にダイレクトに響かせる。

御隠居によれば、この曲は“一発取り”で、ミックスは、
ソニー・デジタル・エンジニアの申し子である吉田保氏
(あの吉田美奈子のお兄さんです)が、2チャンネルでカラオケを
作って、それをベースに音を重ねたり、
SEを入れたり、歌を入れてるそうで。
今回の30周年盤のボーナス・トラックのオリジナル・ベーシック・トラックが、
その一発取り2チャンネル版だ。
これが“君は天然色”の原型となってるが、
なんと、「♪想い出はモノクローム~」からのサビは、
一音上がりになっているのだ。
御隠居によれば、イントロはAだけど、歌はG。
ということは・・、
「一音下がった歌で始まってる訳。
で、サビになると一音上がるのよ。(Aに戻る)
つまり、サビ始まりだったんだよ。」
でも、御隠居のキーでは歌えないんで、
オケはそのままにして、サビだけ、ハーモナイザーで一音下げたそうだ。
「凄く悩んで。
もう、構成として大きくしたかったのね、曲は。
Aで始まってGでいて、サビがAでいって、
Gに戻ったら、
また転調したサビになって戻ってっていう風に、
デカイ構成にしたかったから。
なんとしても一音上げのサビはやりたかったんだけども、
「色を点けてくれ」とかさ、
ほんどにもうダメになった中年が青春を回顧してる感じになっちゃって。
しょうがないからさ、一音下げたのよ。
トニック下げは珍していって、C、F、Gのトニック下げに
結果的になったんだけど。で、ハーモナイザーで一音下げたのよ。 」
(山下達郎サンデーソングブック 2011年新春放談より)
※ 専門用語ですが、トニックってのはトニックコード(主音階)
のことで、曲の構成上、特にポップスなんかは
耳さわりがいいんで、曲の初めや終り
なんかによく用いるコード。 でも御隠居は、
このコードでは歌えないんで、主音階を下げるなんてことは
珍しいけど、ハーモナイザーで1音階下げたとのこと。
凄腕のミュージシャン達による
(「20人くらいで、せ~のでやってる」との談)、
個性もテクニックも剥ぎ取り、全て“音の壁”に封じ込めて、
ひたすらギミックのみに道具に使用されて、
2拍3連の連打や変拍子を繰り返すキック・ドラムとチョッパー・
ベースの“キメ”とタイミングの妙が、この曲、いや、
「ロンバケ」の“期待感”と“悦楽感”を呼び込んでいく。
このアルバムで展開されるナイアガラ・ワールドは、
“比類なき多重人格音楽家”である
大滝詠一の歌手、作曲家、編曲家としての
“メロディアス”・サイドの総決算だ。
盟友松本隆に「言葉のプロデュース」を託し、
ボーイ・ミーツ・ガール的な映画のワンシーンみたいに
鮮明かつメランコリックな叙情の世界に、御隠居の優しく柔らかい
メロディに乗せるという全体的な音楽構造は、
60年代から70年代のアメリカン・ポップスを基本に、
歌謡曲やフォーク的テイスト、北欧エレキ・インストをもエッセンスして、
ナルシスティックに酔いしれたかのような、
とうとう歌心に目覚めた(?)御隠居の心地いい“魔法の鼻歌”が
包み込み、過去のノベルティ・サイドでみせた遊び心やヒントも
スパイスさせ完成させた、音頭を封印し、
本気で“売りにいった“初のナイアガラ作品だ。


「ロンバケ」は、先にも書いたフィル・スペクターの
“ウォール・オブ・サウンド(音の壁)”
のナイアガラ流のことばかりが特徴とされがちだが、その象徴的引用は、
“君は天然色”に、“恋するカレン”と“カナリア諸島にて”の3曲くらいで、
思っているほど少ない。
最も“音の壁”を具現化できたのは、“恋するカレン”だろう。
アコギにピアノにストリングス、カスタネットに女性コーラスを
分厚く何枚にも重ね合わせた、壮大なポケット・シンフォニー。
もはやスペクターの模倣なんて次元ではない。
しかし・・。 歌については御隠居いわく。
「出来て、オケ作って、んでぇー“これはやった”と思ったわけよね、
オケ作った段階で。
で、オケ作った段階で廻りの顔色も違うわけよ。
これはいい作品になるって皆思ってたんだけど、
いざ歌い出したらさ、歌えなかったのよ。
頑張って頑張ったんだよ。
何日頑張っても40点しか出ないんだよ~。
最初に入れたのが20点。 ある日たまたま60点。
はぁ~、この程度かぁって。」
(山下達郎サンデーソングブック2010年新春放談より)
それよりもアルバム全体を通して、
アコースティック・ギターの音色を隠し味に多用してて、
“Velvet Motel”や“雨のウエンズディ”や“恋するカレン”など、
さりげなくも効果的だし、 “雨のウェンズディ”では、
ベースに細野晴臣、ギターに鈴木茂なので、変則的だけど、
作詞の松本隆を加えれば、これぞ80's版「はっぴいえんど」が実現して、
叙情感あふれる名曲に仕上がってるし、
鈴木茂のギターをフューチャーしたワイルドな“わが心のピンボール”と、
シンプルだが水彩画的情景が美しい“スピーチ・バルーン”の
コントラストが実に見事。
ラストには、多羅尾盤伴内楽団Vol.1での、
北欧エレキ・インスト路線を継承した
“さらばシベリア鉄道”のような曲もあって、
実に“振り幅”の広い構成なのだ。
さらに洋楽への深いオマージュと憧れと“悪ふざけ”の一歩手前の
ギリギリの展開が痛快な御隠居の相反するノベルティ・サイドの
“いたずら心”も、うまくマイルドにブレンドしてる。
アルバム中唯一御隠居の作詞曲“Pappi-doo-bi-doo-ba物語”は、
ドゥー・ワップの魅力とテレビで何か聞いたことがいるような
フレーズを散りばめたユーモアがたっぷりで、ついつい口ずさんでしまうし、
ビーチ・ボーイズやマニアックなオールディーズをパロッた
お気軽ソング“FUN×4”の2曲がバランスよく配置されて、
紳士的で清涼感あふれる印象がある「ロンバケ」に小粋なアクセントを
加えるとこは、クセモノである“御隠居”ならでは。
しかし今でも思う。
実に意味深なタイトルだ。 タイトルから既に計算してたのかと。
1984年の「EACH TIME」以来、オリジナルアルバムを発表していない。
“長~い休暇”のあと、1997年に突然シングルで“幸せな結末”を発表。
ドラマのタイアップも重なって大ヒット。
活動復活かと思いきや、また“長~い休暇”に。
すると、また2003年に突然シングルで“恋するふたり”を発表。
これが“最新曲”。
「ロンバケ」20周年記念盤の時も、何らかの“動き”に期待したけど・・
無かった。
「90年代に頑張って2曲書いて。
あれ、A,B面書いてるから。 たいしたもんだよ。
2000年代に1曲だから。 よく1曲できたなって。
さすがにね、2曲、1曲だから。
2010年代はないよ。 2、1、0。
2010年代にはゼロということを暗示してるね、既に。」
(山下達郎サンデーソングブック2010年新春放談より)

2021年3月21日発売予定(?)の「ロンバケ」40周年記念盤は、
アナログ盤で復活ってのはどうでしょう。 御隠居。
アナログ盤で始まり、アナログ盤で締める。
もう音楽活動に関しては“お終い”と示唆されてて、
永遠の「ロング・バケーション」となりつつありますが、
いかがなものでしょうか?
期待しております。
追悼哀悼加筆
2013年12月30日のあまりに急な旅立ちに
言葉を失い、絶句した思いを記憶してます。
現在の日本の音楽シーン、環境をどんな想いで
見つめていられるのでしょう。
ご意見お伺えないのが、残念でなりません。
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我思う。「“日常”の有難さと“普通”の難しさは等しい」 »
この記事に対するコメント
このアルバムは、ワタシの嫁が大好きな作品であります。
大滝氏といえば、「風立ちぬ」「冬のリヴィエラ」「熱き心に」、
そしてアニメ『ちびまる子ちゃん』のOP「うれしい予感」
といった楽曲が思い出深いですね♪
>ぶるじんさん。
しばらくぶりに、コメントいただきありがとうございます。
発売当時は、女性にも人気ありましたものね。
ただ「大滝詠一って誰?」って、みんな言ってたような・・。
テレビには一切出てませんでしたし、今まで“ヒット曲”なんてありませんでしたから。
御隠居が提供した作品は、先に挙げた曲も大好きで、どれも素晴らしい名曲ですが、
特に私が好きなのは、須藤薫の“あなただけI Love You”と、
太田裕美の“恋のハーフムーン”ですね。(マニアックですいません)
小泉今日子の“怪盗ルビイ”もいいなぁ。 挙げたら、キリがありません。
しかし、うなずきトリオの“うなずきマーチ”も、ぜひお忘れなく。
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