ROCKでもない奴。

  42歳音楽バカ。 通称たか兄。 ここは、洋邦、ジャンルを問わず音楽を語る場所。  

クスリから救えるのは真の友達?

              ERIC CLAPTON'S RAINBOW CONCERT         

                 

                     (Original Released)
                    Badge
                    Roll It Over
                    Presence Of The Lord
                    Pearly Queen
                    After Midnight
                    Little Wing

                 

                    ('95 Remasterd Released)
                    Layla
                    Badge
                    Blues Power
                    Roll It Over
                    Little Wing
                    Bottle Of Red Wine
                    After Midnight
                    Bell Bottom Blues
                    Presence Of The Lord
                    Tell The Truth
                    Pearly Queen
                    Key To The Highway
                    Let It Rain
                    Crossroads

   世間を騒がせた、例の“覚せい剤”の話。   新事実が、毎日続々と・・。
   いまだに、ニュースや紙面を賑わせております。

   正直、もう、うんざりなとこなんだけど、 やっぱ、避けては通れません。

   いかんものは、絶対いかん!!!! 

    もいちど、言います。

   いかんものは、絶対いかん!!!! 

   罪の重さは、殺人と同じくらいに、人として絶対やってはならないこと。

   思えば、この“ギターの神様”と呼ばれる彼も、一時は、目も当てられないほど、
   ひどいジャンキー(ドラック中毒者)だった・・。

   クスリの話から、ブログ再開して、約3年振りのクラプトンの話をするのは、
   今現在の彼の活躍ぶり、達者ぶりからして、誠に失礼だとは思うんだけど、
   重度のヘロイン中毒だった彼を、何とか救うきっかけを与えるために、
   動いてくれた仲間や、真の友達がいた・・。
   
   当時のクラプトンの状況は最悪の一言。
   まず、ドミノスがセカンド・アルバム制作中、メンバーの衝突で空中分解になり、
   輪をかけるように、親友のデュアン“スカイドッグ”オールマンが、バイク事故で他界。
   失意のどん底に。 また当時はジョージ・ハリスンの妻だったパティ・ボイドに対する
   猛烈な“横恋慕”に、 プラス。育ての親代りだった祖父の死もあったりと・・・。
   耐えられなくなり、ヘロインに頼って逃げてしまうわけです。 (同情の余地はあるが)

   自宅に引きこもり、ヘロインに明け暮れる彼を、「一度ステージに立ってみろ」と、
   けしかけたのは、ピート・タウンゼント(ザ・フー)で、そのカムバック計画というのは、
   イギリスのEC参加を祝う「ファンファーレ・フォー・ヨーロッパ」のイベントの一環で、
   ロンドンのレインボー・シアターで行われるコンサートの、ピートが集めたバンドに、
   クラプトンを担ぎ出してやろうというもの。 公のステージで復活、演奏すれば、
   悪い習慣も断つきっかけになるだろうとの考えからだった。

   その仲間たちってのが、ピート・タウンゼント(ギター)を筆頭に、
   もう一人のギタリストにロン・ウッド(現ストーンズ)、ベースにリック・グレッチ
   ドラムにジム・キャパルディとジミー・カーシュタイン。 リボップのパーカッション。
   そして、キーボードとヴォーカルが盟友スティーヴ・ウィンウッド。
   簡単に言えば。ピート+ロン+トラフィックというバンド構成だ。

         

   73年1月13日、レインボー・シアターでの2回のステージをパッケージングしたのが、
   コレ。 ただ私自身、これを初めて聴いた時は、継ぎ接ぎした6曲で35分くらいの
   中途半端さもあったけど、モコモコとした音質の悪さに、以後あまり耳するライブ盤
   ではなく、歴史上重要な記録程度の思い入れしかなかった。
    (音が悪かった理由は、ステージ上には十分なマイクの数が足りていても、
     8トラック録音のため、(あのメンバーの数ではトラック数がとても足りません)
     ドラム2台とベースが同じトラックに入ってしまって、ミックスダウンが困難に。
     ブートみたいな、オーディエンス録音と変わらない音質に陥ってしまったワケ)

   しかし時を経て、録音技術、リマスタリング技術の発展に伴い、95年に、この
   歴史的ステージのマスターテープからの修復作業により、音質がクリアになり、
   臨場感あふれるステージの全貌が(完全ではないけど)、明らかになった。 
   (曲もセットリスト順にして、8曲追加)

   これが出てからは、コレばっか。 魅力を再発見。 そんなに悪くない、コレ。

   まずオープニングの“Layla”。  危なっかしい。  ゆるいんだ、コレが。
   今じゃ、ステージ・ハイライトとして、計算し尽くされ確立したリリシズムあふれる
   “Layla”に聴き慣れてしまってるんで、 失礼を承知で言わせてもらうと、
   ヘタウマの“Layla”の魅力がここにある。  (このルーズさがたまらん)

   当の本人は声の線も細く、ヨレヨレなんで、あのドミノス版での狂おしい愛の叫び
   のカケラもないんだけど、(この時はパティへの心情は歌のまま。 心じゃ叫んでる)
   一生懸命にバックアップするメンバーのおかげで、この名演、いや、“迷演”がある。 
   亡きデュアンに成り替わろうと必死のロンのスライドの頑張りに、 
   ゆる〜く割って入るも、ビシっと決めるクラプトンのソロに、(ピートは控えぎみ) 
   腐っても何とかじゃないけど、“格”の違いを感じさせる。 
   サビで炸裂するコーラスはオーヴァーダブによる加工品だけど、
   ピアノ・ソロまできっちり演奏され、オクラにしてたのは余りにもったいなかった。
   (初めから、2枚組にして出すべきじゃなかったかと。)

   この“Layla”もそうだが、ボツになってて、日の目を見たナンバーが実に興味深い。

   ドミノスの“Roll It Over”あたりから、エンジンかかってきて、周りが生み出す
   独特のグルーヴの渦に、彼もようやく馴染んできて、その微妙な“ヨタレ加減”も、
   グルーヴに変える。 1回目のステージのみだった“Bell Bottom Blues”の
   自信なさそうな、か細いヴォーカルも今じゃ貴重。 (ただソロは編集跡あり・・。)
   ”Key To The Highway”のロンに負けない、ピートのスライドもかなりのもんだし。
   “Crossroads”も、クリームのハード型じゃなく、ブルース・ベースのミドル型で
   (80年代中期によくプレイしたスタイル)、アレンジしてたりもする。

   マニアックなとこなら、この日以降彼の“愛器”となる改造ヴィンテージ・ストラトの
   ブラッキーの初お目見えしたショーで、チェリー・レッドのレスポール・スタンダード
   (ホワイト・アルバムのセッションでジョージに譲ったのを、また借りて使用。)
   との、トーンの違いが分かる。 1回目の方を収録した“Little Wing”と、
   “ベルボトム”と“After Midnight”。 それから、“Let It Rain”のギター・ソロで、
   弦が切れてしまって、パーカッション・ソロでギターを替えてからやった以降は、
   ブラッキー。 (ほとんどはレスポールの音)
   曲によって、その個性を際立たせるクラプトンは、とてもドラッグ中毒とは思えない。
   この日はミスも連発するけど、 さすがは、神様です。

   しかし、こんな凄い仲間の“応援”があったにも関わらず、このライブが終わっても、
   彼は自宅に引きこもり、再びヘロインに塗れた悶々とした日々に明け暮れる。

    (彼がヘロインから断ち切れたのは、体調面、生活環境面、財政面から、
     考えざるを得なくなり、当時の恋人で共にジャンキー化していたアリスの
     父の紹介による、女性神経外科医の過酷な治療プログラムによるもので、
     ヘロインには克服に成功するが、 農場でのリハビリが始まった途端、
     別の"モノ”に乗り換えてしまい、再び依存していくのだけれど・・。)

   もともと、天真爛漫なんだけど、気難しい。  甘えん坊だし、子供っぽいとこも。
   面倒くさい奴なんだけど、放っておけない。 そんな人なんです、クラプトンって。
   だから、彼の周りには、ほんとに“いいヤツ”がいた。
   これから後にやってくる、幾度の失意にも、必ず近くに“いい奴”がいた。

   それを、忘れちゃいけない。    そして、今の彼がいることを・・。


   追伸。
  
   先日、ロックギターの名器を発明し、自身の名で愛された“エレキギターの父”
   である、レス・ポール氏が永眠されました。 94歳でした。
   クラプトンは、いち早く、この名器を有名にし、マーシャル・アンプとの組み合わせ
   によるディストーション・サウンドで、ロック・サウンドの基本を作り上げました。
   この名器を、愛したギタリストは数知れず・・。
   彼をはじめ、ポール、ジョージ、ジミー・ペイジ、ベック、キース、ミック・テイラー、
   コゾフ、ジョー・ペリー、スラッシュ・・・・。 う〜ん、書ききれない・・・。

   あなたがいなければ、 今日のROCKはありませんでした。

   心よりご冥福をお祈りいたします。     合掌。

時代の先駆者となるモダンな二人。

        ROCK'N SOUL PART 1      
                       DARYL HALL & JOHN OATES


                  

                  Say It Isn't So
                  Sara Smile
                  She's Gone
                  Rich Girl
                  Kiss On My List
                  You Make My Dreams
                  Private Eyes
                  Adult Education
                  I Can't Go For That (No Can Do)
                  Maneater
                  One On One
                  Wait For Me [Live Version]
                  Family Man [extra track]
                  You've Lost That Lovin' Feeling [extra track]

   皆さんの、洋楽への入り口となったアーチストは誰になります?
   世代によって、それぞれ違うでしょうが・・。

   プレスリー。 ビートルズ。 ストーンズ。 カーペンターズ。 ABBA。 ・・・。
   クラプトンもあるかな。 ロック好きなら、ZEPとか、パープル。 KISSとか・・。
   BCRもアリだし。 クイーンも。 パンクから入った強者もいるし。
   ディラン?(あんま、居ねぇか)。 あと、ビリーとか・・。 マイケルも多いかな。

   でも、同世代の方なら、このスーパー・デュオを挙げる方も多いかと。
   ダリル・ホールとジョン・オーツ。  最強の男性デュオ。 息もピッタリ。
   このコンビに対抗できるのは、“やすきよ”くらいなもの。
   私しゃ、この二人でした。  中2だった、この“マセガキ”を虜にしたのです。
   この“洋楽バカ”っぷりも、二人のせい・・。  いや、おかげです。(感謝)

   「モダン」という言葉。  80年代当時は、よく使われた単語でした。
   「現代的」っていう意味なんだけど、彼らの作品には、やたら登場してくる。
   モダン。 イコール。 都会的であり、オシャレでもあり、最先端。

   古くは50年代末から、白人がソウルを歌う、“ブルー・アイド・ソウル”って
   言われているアーチストは数いれど、時代を追うごとに、その主流の音を、
   巧みに交配させ、(しかも斬新に)、一時代を築き上げ、頂点に立ったのは、
   この“モダン”な二人だけだ。  「モダン・ポップ」とは、彼らの代名詞。

   コマーシャル・ポップでもいいじゃない。
   ソウル、R&Bを骨まで愛して、音楽の中身は、黒人そのもの。

   80年代前半のミュージック・シーンは、ホール&オーツを抜いて語れない。

   この大ブレイク前のフィラデルフィアからデビュー当時の不遇な下積み時代
   (アトランティック・レーベル時代)も、後追いで聴いていくと、実に興味深く、
   彼らが、いかにソウル/R&Bへの情景の深い二人だったかと再認識させられるし、
   (結局、晩年は、初期に回帰するような音に戻っていくわけだし)
   様々な実験もし、(トッド・ラングレンとやったり、デヴィッド・フォスターとかも)
   試行錯誤しながらも、栄光の80年の「VOICES」から82年の「H2O」までの、
   自身プロデュースによる、「モダン・ポップ3部作」までに到達するのだ。

   このベスト盤は、その絶頂期に発売され、新曲2曲も大ヒットした。
   邦題「フロムAトゥーONE」ってのは、LP盤でいう「A面から1面へ」ということ。
   B面(2面)がないのだ。 全部A面。 まさに完全無敵のベスト盤。

             

           このスーパー・デュオに、いらん説明は、いらん。

   今回は、アツく語るの止めて、 私の好きな彼らのベスト5を・・、いやムリ。
   ベスト10を、(それでも、キツイんだけど) 紹介しようかと。

   カウント・ダウンします。

   10位   Your Imagination   シングルの大胆なリミックスは衝撃的でした。
    9位   Kiss On My List   これは、外せないでしょう。
    8位   Out Of Touch  アルバムでのジェットコースター的導入部はスゴい。
    7位   So Close  近年では一番好きな曲。 アンプラグドもいい。
    6位   It's A Laugh  スペクター的音の壁とSAXが印象的。
    5位   Wait For Me  フォスターとのコラボの最高傑作。 
    4位   One On One  「ポワ〜ン」としたリズム・ボックスと擬似モータウン。
    3位   Say It Isn't So  カッコイイ。 今聴いても、カッコイイ。
    2位   Private Eyes  探偵トレンチコート着て、ハンドクラップよろしく。
    1位   I Can't Go For That (No Can Do)  文句無し。

    ベタやなぁ〜・・。  まんまじゃん。
    しかし、何のヒネリもなく、素直に選んでいったら、やっぱこうなった。

    でも、“I Can't Go For That”は、かなりの差をつけて、ダントツの1位。 

    この曲こそ、彼らの最高傑作であると同時に、革命的遺産に値する超名曲。
    アル・グリーンをテクノ化させたような曲だけど、テクノ特有の無機質にならず、
    ダリルのヴォーカルは、ファルセットを巧みに使い分け、あくまでソウル。
    真っ黒。  それに、ジョンのハモリが絶妙に絡み、この傑作が生まれた。
    HOT100より先に、R&B、ダンスチャートでトップになったのは伊達じゃない。
     (この12”Remixが、また凄い。 ビートを強調して、エコーを深くし、
     ダリルのヴォーカルも差し替えたもの。 7”Versionもあった。)
    このシンセ・ラインと、リズム・パターンが基本になり、または進化して、
    後のダンス・シーンやDJらのサンプリングによって、フロアを席巻。
    数多くの子孫が生み出される。 クロスオーヴァーは受け継がれるワケだ。

    “ROCK'N SOUL”。
    モダン・ポップと同じく、彼らの音楽を表現した、まさに的確な言葉。
    しかし、“PART1”で止まったままだ。
    晩年のコンテンポラリー・ソウル路線回帰は、昨今のシーンでは貴重な存在。
    そんな、“PART2”が聴いてみたいとも思う。

    80'Sは、“オールディーズ”になってしまった。
    でもこの二人には、いつまでも“モダン”という言葉が一番似合う。
    

仙人の熱く激しいロックのドサ回り。

              HARD RAIN           BOB DYLAN

                  

                 Maggie's Farm
                 One Too Many Mornings  (いつもの朝に)
                 Stuck Inside Of Mobile 
                     With The Memphis Blues Again
                 Oh, Sister
                 Lay, Lady, Lay
                 Shelter From The Storm  (嵐からの隠れ場所)
                 You're A Big Girl Now  (きみは大きな存在)
                 I Threw It All Away
                 Idiot Wind  (愚かな風)

    やっと開けました。  梅雨が。   遅い夏が、ようやくやって来ます。
    しかし、今年はよく降ったもんです。

    雨、 雨、 ちょっと止んで、 また雨。
    時に、「激しい雨」。  と言えば、仙人のこのアツすぎるこのライブ盤だ。

    それにしても、いいジャケだ。  メイク・アップした若き仙人。  いかすぜ。

    彼の数あるライブ盤の中でも、最も熱く極端にルーズでラフな仙人がここにいる。
    「ディランのROCKが聴きてぇ!」と思ったら、コレを聴けばいい。
    ここでの仙人は、アコギで時代を代弁するような、弾き語りの姿などない。
    テレキャスターを握り、コードも変え、原曲を破壊してまでも叫び、
    暴走気味なまでに、血気盛んに疾走する。  とにかく、アツいのだ。
    
    75年「欲望」を発表後、 このレコーディング・メンバーと気の知れた仲間と、
    みんな一緒にツアーをしたいという“欲望”に駆られる。
    有名、無名関係なく。 大所帯でゾロゾロと。 サーカス一座みたいに。  
    アメリカ建国200周年ともあって、仙人のアメリカ巡礼の旅が始まるのだ。
    しかし、まるでジプシーのごとく、”予定は未定”。 小さい会場を中心に、
    次のツアー先は行ってから決める。 告知も直前。 みんなビックリだ。
    「さぁさぁ、ディランがこの街にやってくるよ」とまるでサーカス団みたいに。

    これが、「ローリング・サンダー・レビュー」たる、ゲリラ的ドサ回りだ。

    75年10月、建国の地であるマサチューセッツ州プリマスでスタート。
    12月のNYマジソン・スクエア・ガーデンでお開きとなるが、(第1期)
    翌76年4月に、映画「レナルド・アンド・クララ」の撮影目的で再開して、
    (第2期、通称「ディスタント・サンダー・レビュー」)、資金繰りのために、
    TVフィルムとライブ盤も制作され、5月23日のコロラド州立大学と、
    5月16日のフォートワースでのステージを収めたのが、このライブ盤だ。
    (TV放映もされたが、この発売日と同じ9月10日だった。)

    ディランのテレキャスターの適当な(?)チューニングからして、 まともに、
    リハーサルなんてやってないようなルーズな雰囲気のまま、ライブへ突入!
    怒涛のように、「マギーの農場で働くのなんて、もうまっぴらだ!」と始める。
    オリジナルのコードもバランスのヘッタクレもない。 やりたいようにやる。
    ミック・ロンソン(g)の(やっぱり)微妙に合ってないチューニングのせいで、
    スライドの音も甲高いエレキと、(ディラン込みでギタリストが5人もいる)
    タンタンポンポンと軽いビートのドラムとで、嵐のように突っ走る。 
    この曲でこのライブの“破天荒”ぶりが伝わってくる。
    
    アコーステックもバラードも、劇的に変える。 大胆に。 それも激しく。

         

    「時代は変わる」の、“いつもの朝に”も、「ナッシュビル・スカイライン」の、
    “I Threw It All Way”も、“Lay, Lady, Lay”も、オリジナルは、
    ディラン特有な弾き語りの世界観を持ったラブ・ソングだった。 
    しかし、ここではラフでルーズなワイルド・ロックン・ロールに変貌する。

    アバウトな空気感。  破壊こそエネルギー。  崩し方のハンパなさ。 

    傑作「血の轍」の名バラード“Shelter From The Storm”の変わり様は、
    これこそ、ディラン流ハードロック。 あの美しい原曲がこうも変わるものか。
    スライドの分厚いリフとエッジ鋭いエレキと、独特のグルーヴ感が絡み合い、
    ディランのシャウトも絶叫ぎみに感情を爆発。 曲が進むにつれ更に上昇。
    ドンチャン騒ぎのようなドライヴ感と、もの凄いエネルギーの演奏だ。

    これも名曲の“きみは大きな存在”の、聴く者をも揺さぶる“未練がましい”
    切実な愛の叫びも、この激演では、音をたてて見事なまでに崩れていき、
    クソ長い歌詞を延々と、“得意”の語尾を上げ、ダミ声で絶叫しまくる
    ラストの10分を超える鬼気迫る“愚かな風”で衝撃的に締めくくられる。
    (この大所帯の主役かつベーシストだったロブ・ストーナーの複雑で緊張感
     あふれるプレイは、この地獄絵図についていくだけのバンドの連中の
     中でも特筆すべき。)

    第1期ローリング・サンダー・レビューは、ブートレッグ・シリーズ第5弾で
    現在は、2枚組で“オフィシャル”化して、聴くことができるが、
    第2期は、あまり評判が良くなかったとはいえ、ルーズ度、ヘヴィー度では、
    こっちが上。 4時間近くのごく一部しか収録されてなくとも、軍配はこっち。
    
    仙人は、オリジナルをたえず、新しい曲に“変える”。 いや、ぶっ壊す。
    スタジオでも、ライブでも関係なし。  思うがままに。  やりたいように。
    そして、自らの創造性と才能のもと、新たに息吹を与える。

    あくまで自然体。  これが、ディランなのだ。  それが、ROCKなのだ。
    だからです。  私が、彼を“仙人”と呼んでるワケは。
    

アメリカンリミックスの苦い思い出。

             SLIDE IT IN         WHITESNAKE  

                

         <UK ORIGINAL>            <US REMIX>        
        Gambler                      Slide  It In
        Slide It In                   Slow An' Easy
        Standing In The Shadow           Love Ain't No Sranger
        Give Me More Time             All Or Nothing
        Love Ain't No Stranger           Gambler
        Slow An' Easy                 Guilty Of Love
        Spit It Out                   Hungry For Love
        All Or Nothing                 Give Me More Time
        Hungry For Love               Spit It Out
        Guilty Of Love                Standing In The Shadow

   またCMで流れてますねぇ。   バーン。  紫の炎。
   第2期である黄金期の崩壊後のパープルの代表曲だ。 これもロックのクラシック。
   あの“Burn”を歌うのは、デビカバ。  デヴィッド・カヴァーデイル。
  
   デビカバって言えば、“白蛇”。  WHITESNAKEだ。

   パープルを辞めてから、ソロのプロジェクトが発展していき、パープルを継承
   するような、デビカバの中心のブルージーで、ブリテッシュ王道のロック・バンド。 
   80年代初めにも、「READY An' WILLING」や「COME AN’ GET IT」などの、
   当時、“亡き”パープル・ファンを唸らせる優れたアルバムもあるし、 
   87年のメガヒットした「紋章」の完成度の高さは、誰もが認めるとこだけど、
   私の白蛇は、やっぱコレ。  「SLIDE IT IN」だ。
   
   でも、コイツには、ちょっとした苦〜い思い出があってさ。

   このバンドも、HR系のバンドによくあるメンバー・チェンジの激しいバンドで、
   アルバムが出るごとに、誰かはメンバーが替わってた。
   デビカバのバンドなんで、彼除いて全員替わってしまったなんてのもあるし。

   コイツは、とにかく問題だらけのアルバムで、マネージメントでのもめごとや、
   プロデューサーが降ろされるとか(エディ・クライマーから、結局バーチへ逆戻り)。
   まず、第4期ホワイトスネイクによって、オリジナル盤(欧州、日本)が完成。
      デヴィッド・カヴァーデイル  (Vo)
      ジョン・ロード  (Key)
      メル・ギャレー  (G、Vo)
      ミッキー・ムーディー  (G)
      コリン・ホッジソン  (B)
      コージー・パウエル  (Ds)

   コイツが出た84年くらいの私は、ハード・ロックの炎が燃え盛ってる真っ只中。
   絶賛してる友人が、「録音してやるよ」とカセットを渡してくれたのが、コイツだった。
   とにかく、メイデンだ、ジューダスだ、オジーだ、VHだ、なんだかんだと、
   ハードなヤツを、むさぼり聴いてた私を、すぐにコイツは夢中にさせてくれた。

   ただあまりにも、次から次へと、いろんなヤツを聴きすぎていたんで、
   しばらく聴かずに1〜2か月、テープを置いてたんだけど、
   突然、無性に聴きたくなって、いざテープを。 と思ったんだけど・・。
   「ない。 ないぞ・・。 あれ〜?」   どうしたことだ!  どこへやった?
   こういう時ほど、さらに聴きたくなるもので。  
   探しても、探しても、見つからず・・。 

   まさか・・。   あ〜ぁ、やっちまった〜!  
   ツメ折ってなかったんで、 他のヤツを重ねて録っちゃってた。
   タイトルとか書いてなかった、私がバカなんだけどさ・・。
   よりによって、重ねて録ったのが、「フットルース」のサントラ盤とは・・・。

   でも、コイツは、ちゃんと本物を持つべし。  と。
   レコードを買いに走ったわけです。  

   買ってきました。  「スライド・イット・イン」。 
   アメリカン・リミックス・バージョン。 日本特別編集。 デビカバ曲解説入り?
   ま、いいか。 6曲はちと寂しいけど、安かったし。
   たまたま、買いに行ったレコード屋には、コレしか置いてなくて。

   ウ〜ン、ガキの私には、ちとエロいなぁ〜・・と、ジャケを眺めつつ、
   針を落とすと・・。  「♪ジャア〜ジャ〜ジャ! ジャジャジャ、ジャジャ!」
   ソリッドで、ハードな“Slide It In”だ。 このドライブ感がたまらない。
   おお〜。 こんなにエコーがかかって派手だったっけなぁ?
   でも、メリハリ効いてて、コレはこれでカッコイイ。

   しかし・・。 次になると、ボソボソと語りが・・。
   ・・・。  
   デビカバだ・・。 デビカバが語ってるわけです。

   アナログ当時は、インタビュー・レコードってのが、結構あったんですよ。
   今じゃ、考えられないけど。

   白蛇が、米GEFFENレコードと契約する際に、オリジナルのUKミックスでは、
   “アメリカでは売れない”から、ミックスをアメリカのラジオで流れやすいように、
   ヴォーカルをON気味にして、高域を重視したミックスに変えさせ、かつ、
   ホッジソンをクビにして、ニール・マーレー(B)を復帰させて、プラス、
   初期からのデビカバの右腕だったミッキー・ムーディー(G)が辞めた後釜に、
   よりアメリカ受け狙いを図り、THIN LIZZYを脱退したジョン・サイクス(G)を
   加入させ、LAでレコーディングし直し、リミックスさせたのが、コイツ。

   でも聴いてるうちに、その曲の合間の“語り”が、うざくなってきて・・。
   “Slide It In”から、早く、“Love Ain't No Stranger”が聴きたくなって。
   エ〜イ、飛ばしちまえ! とばかりに、プレーヤーのアームをグイっと持ったら、
   手元が滑り、ガリッ! あ〜ぁ・・。 思いっきり傷つけちゃってさぁ・・。
   買ったその日でした。  やってしまいました・・。
   大好きな“Love Ain't No Stranger”は、バチバチブチブチ・・・。
   (結局、必死に小遣い貯めて買い直しました。 しっかり、“オリジナル”を)

   それ以来、このアメリカン・リミックスには、トラウマがあってね。
   今現在は、このUSミックスが、逆に“オリジナル”になってる状態。

   違うんですよ。 オリジナルは、UK盤の方。

   ただ、白蛇マニアでは、このUSミックスに異議を唱える諸氏が多いようで。
   (曲順も、やっぱ“Gambler”から入り、“愛の掟”で締めた方がいいかな)
   UKオリジナルの王道を感じる、ねちっこいミックスの方が彼らの持ち味を
   発揮できていると私も思う。 (サイクスのギターは、やっぱ合わねぇなぁ〜)
   現在は、UKミックスは廃盤になって久しく、USミックスで統一されてるが、
   なんと、ここにきて、この発売25周年記念デラックス仕様が登場する!

            

   それに、あのUKミックスが(8曲だけなんだけど)、ボーナス収録されるのだ。
   聴きたくてもなかなか聴けなかった方にとっては、このボートラは必聴。

   とにかく全体的に楽曲の出来が素晴らしく、昔からの王道普遍の路線を
   残しつつも、ややブルージーなとこが薄れてるんだけど、
   ZEPをもろ意識してる“Slow An' Easy”は、モダン・ブルースが響き渡る名曲。 
   (デビカバって、後でジミー・ペイジとユニット組んだこともありましたね)
   ここでのコージー・パウエルのダイナミックなドラミングは見事だし、
   ジョン・ロードのハモンドはいいアクセントになって、実に効果的。
   逆に、UK盤ではちょっと浮いてたポップな“Guilty Of Love”は、
   USミックスになると、しっくりしてたりする。 次の「紋章」の布石みたいな曲だ。

   最後に、これあまり人が書かないんだけど、このアルバムに限っていえば、
   メル・ギャレー(G、Vo)をもっと評価しなきゃいけないよ、全く。
   この人の作曲センスは抜群。 ただリード・ソロはパッとしないし、
   地味なんで、この後のビジュアル重視のメンツばかりじゃ、沈没必至でしたが・・。
   
   思い出話に終始したけど、
   皆さんにも、レコード盤のいろんな思い出あると思います。

   CD、いや、ダウンロードが主流の現在。
   一抹の寂しさを思うのは、私だけかなぁ・・。

80'Sの波に挑んだ丘サーファー。

           THE BEACH BOYS       THE BEACH BOYS

                 

                   Getcha Back
                   It's Gettin' Late
                   Crack At Your Love
                   Maybe I Don't Know
                   She Believes In Love Again
                   California Calling
                   Passing Friends
                   I'm So Lonely
                   Where I Belong
                   I Do Love You
                   It's Just A Matter Of Time
                   Male Ego

   7月も半ば。 いよいよ梅雨明け! そして、夏本番がやって来ます。
   そう、彼らの季節がまたやってきます。  “浜辺の男の子たち”の季節が。
   ということで。  またまた月並みではございますが・・。 
   ずいぶんサボってました、かなりお久なビーチ・ボーイズの話で参ります。
     
   とはいえ、晩年のビーチ・ボーイズについては、あまり語られることがないようで。

   やっぱサーフィン・ホットロッド全盛のCAPITOL時代の最も輝いていた初期や、
    (やはりこの時代の彼らが、一番サイコー!! 海、車、そして、終わりなき夏・・。)
   「PET SOUNDS」以降の別次元でのポップ・サウンドの新たな創作期、
    (才気爆発のブライアン恐るべし。 しかし、成功と苦悩。 明と暗。 う〜ん・・。)
   70年代BROTHERレーベルでのブライアンの低迷、模索期などと比べたら、
    (この辺が良く思えるようになったのは最近。 カールの才能を再確認した次第。)
   どうも扱いが軽い。  いけませんよ。  功労者は労わってあげないと。

   私のロックを意識してからのリアル・タイムでのビーチ・ボーイズは、実はコレ。
   CAPITOL時代のベスト盤の「ENDLESS SUMMER」を好んで聴き始めてすぐ、
   もてない男の子が、幼なじみの子の気を引こうと悪戦苦闘するコミカルなPVの
   “Getcha Back”がヒットチャートを昇ってた。  すぐに買いに走って。
   それは初めての彼らのオリジナル・アルバム初体験でもあった。

   針を落とすと、“Getcha Back”の打ち込みドラムがパターン良く軽快に跳ねる。
   そして、複雑かつ心地良く、フェアライトを通した分厚く美しいハーモニー。  

    「やっぱ、ビーチ・ボーイズは、こうでなきゃ。」

   しかし当時は、このアルバムが出るまでの紆余曲折など知る余地もなかった。

   CBS傘下のカリブ・レーベルでの失敗作連発もあり、みんなバラバラだったことも。
   83年末にドラッグと酒でヘロヘロの次男のデニスが、愛する海で溺死したことも。
   それにより、ソロ重視によるBB脱退寸前だった3男カールが復帰したことも。
   長男ブライアンが最悪の状態から、ランディ医師の治療でリハビリ中だった事実も。

                          

   1985年、デニスの死を機に、メンバーが心機一転、一致団結。 と同時に、
   「ビーチ・ボーイズ」として認めえる、ブライアンが全面参加した、最後かつ、
   事実上のビーチ・ボーイズのラスト・アルバム。  残念なんだけど・・。
 
   レコーディングは、84年秋にロンドンとLAで開始、プロデューサーは、CBSから、
   当時カルチャー・クラブで手腕を発揮した、スティーヴ・レヴィンが当てられていた。 
   これは契約の条件としてらしいが、 結果的には、”う〜ん、良し”かなってとこ。
   ただ本音はブライアンにやって欲しかったんだろうけど、 あの“医師”が面倒だし、
   まだリハビリ中の身。 そこまで回復できてなかったから仕方ないか・・。

   しかし85年当時、時代の“波”はデジタル録音が主流に切り替わった頃。
   彼らにとって、初のデジタル・レコーディングは大きな壁となって試練を与える。
   BBサウンドの命綱である、美しいコーラスは、今までなら、4人(ないし5人)が、
   マイクの前で「せ〜の」で同時にアカペラで録音されていた。(それが出来ていた)
   でも、各個人でパーツを録り、デジタル処理で重ね合わせ、フェアライトを通して、
   コーラスを作り出す手法は、特にブライアンの感性には合わず、難儀だったみたい。

   しかし、みんなが言うほど、出来が悪いとは思わない。  むしろ好き。
   私の初オリジナル体験の意味を差し引いても、及第点はあげたい。 
   65点くらいは。

   その50点分を稼いでいるのが、“Getcha Back”。 BB版の“Get Back”だ。
   マイクなのか、カールなのか、いや、デニスが引き合わせたに違いない。
   BRIAN Is Back。  あの元気だったブライアンが帰ってきたんだ。
   この曲はマイクと旧友のテリー・メルチャーの共作で、初期のBBをなぞった様な
   平凡な曲なんだけど、ブライアンのデジタル処理化した多重コーラスが冴え渡る。

   やっぱBBには、マイクのバリトンとブライアンのファルセットが一番映える。
   ブライアンの歌声には、ドラッグのせいなのか、過酷な治療の産物なのか、
   初期の美しいファルセットは衰えてしまったけど、 コーラス・コードやラインの
   組み立て方のセンスはピカイチ。 逆に中低音域をうまく強調させて、弱い高域を
   カバー。 なんかビリー・ジョエルみたいな雰囲気を醸し出してる。
   でも残念なのは、この曲にカールもアルも、ブルースも参加していないことだ。

   次の“It's Gettin' Late”は、カール作のソロで培ったR&BやAORのセンスを
   取り入れ、過去のBBにはなかった曲。 もろコーラス・ワークはサンプリング。
   しかし、カールの緩急のある表現豊かなヴォーカルは見事だし、
   (スティ−ヴィー・ワンダー提供の”I Do Love You”でも、美声を発揮)
   同じく、“Maybe I Don't Know”は、ギターには、なんとゲイリー・ムーアが!
   打ち込みリズムを潰しちゃうくらい、彼のギター・ソロは迫力満点だ。

   “She Believes In Love Again”は、ブルースの隠れ名曲と言いたい。
   彼得意の甘〜いスロー・ラヴ・ソングだけど、なんという切ないメロディなんだろう。
   ブルースの声が枯れてしまってるけど、カールのヴォーカルが絶妙。
   このアルバムの、“裏”ハイライトは、この曲だと思ってる。  必聴ですぞ。

   リハビリ中とはいえ、ブライアンも積極的に曲作りにも参加。
   アルとの共作が“Crack At Your Love”と王道で元気な“California Calling”に、
   なんともお気軽な“Male Ego”はマイクとの共作。 どれも、まぁまぁ・・。
   
   ブライアン単独の“I'm So Lonely”と“It's Just A Matter Of Time”は、
   彼独特の、のんびりとした“間”が空気感を漂わせる。 ドゥーワップっぽいけど、
   なんか孤独感でいっぱいに聴こえる。  みんながそばにいてくれたのにね。
   この雰囲気は、後のソロ・アルバムにつながっていくことになるんだけど・・。

   80'Sデジタルの波にうまく乗っているとは思わないけど、 残ったメンバーで、
   デニスの死を乗り越える意気で、これだけメリハリの効いた“最先端の音”に、
   何の迷いもなく、果敢に挑んだ姿勢はもっと評価してもいいと思う。

   生粋のサーファーだったデニスは失ってしまったけど、
   “丘サーファー”なりに、時代の波に乗ろうと努力した姿は認めてあげたい。

   しかし、カールが98年に肺がんで天に召され、 ブライアンだけが残った。

   そこで・・。  “THE BEACH BOYS”は、終わったんだ。

   正式な解散発表はない。 どころか。 一応“THE BEACH BOYS”は存在してる。
   マイクとブルースで、名乗ってるけど・・。  認めるわけきゃない、そんなの。
   もちろん、アルとファミリーとで、見事にBBサウンドを踏襲したとしても、
   そして、ブライアン一人で、有り得ないと信じてた「PET SOUNDS」を再現しても、
   もう、“THE BEACH BOYS”じゃない。  

   終わっているんだ・・。  悲しいけど、受け止めなきゃ。

   でも、この季節になると、恋しくなるわけですよ。  彼らのハーモニーがね。
   私にとっては、クーラーや冷たいアイスみたいなものです。 
   ビーチ・ボーイズって。

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たか兄

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 洋邦問わず、マイペースで語ります。

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